◆第十話『想定外の開戦』
「よし、安全地帯まであと少しだ! みんな、踏ん張れ!」
完成したエネルギーコアをバゾッドに渡すため、アッシュは仲間とともに再び白の塔96階へと足を踏み入れていた。
「これでっ!」
ラピスの突きによって最後のホムンクルスが屠られた。
周囲に敵の気配はもうない。
だが、10等級の敵の湧き速度は異常だ。
悠長にはしていられない。
全員が弾かれるようにして駆けだし、正規の空中通路から離れて浮いた床──安全地帯へと飛び込んだ。
と、耳をくすぐるような小さな振動音が聞こえてきた。音の出所に目を向ければ、安全地帯と同様に浮く柱つきの床が映る。ここからでは視認できないが、あの柱に身を隠す格好でバゾッドが倒れている。
「少し休憩してから渡しにいくか」
「それがいいね。なにがあるかわからないし」
レオが少し疲れた様子で頷いた。
休憩が決まった途端、クララが盛大に息をつきながら、どすっと座り込む。
「ほんと、ここまで戻ってくるのも一苦労だよ~……」
「でも、前回よりかなり早く来られたわ」
「ボクたちもまだまだ成長してるってことだね」
ラピスとルナが得物を握りしめながら口にする。
2人の顔に疲労は見てとれるものの、とても充実した様子だ。
10等級階層では死と隣り合わせな戦闘が続く。
だからか、これまでの階層とは比べ物にならないほど得られるものは多い。たった1度の戦闘を経るだけでも成長していると感じるほどだ。
「そんじゃ、これから挑むことになるゼロ・マキーナとやらにも成長の糧になってもらうとするか」
今回、ゼロ・マキーナに挑もうと思った理由に〝面白そう〟という気持ちはたしかにあった。ただ、それ以上に今後の100階戦、さらにその先の神との戦いを見据えたとき、まだ成長する必要があると感じ、利用しようと思ったのが本音だ。
その後、充分な休息をとったのち、全員でバゾッドのいる床に飛び移った。柱の裏では相変わらずのぼろぼろ状態でバゾッドが座り込んでいた。かすかに目元が光っているものの、いつ完全に動きを止めるかわからないといった危うさがある。
アッシュはバゾッドの目の前に立ち、話しかける。
「よぉ、バゾッド。また来たぜ」
「オマエタチ、マエ、キタ、ニンゲン。ナンノ、ヨウダ」
「こんなとこにまた戻ってきたんだ。決まってるだろ」
アッシュはそう答えたのち、ルナに目配せをする。
と、彼女が腰に提げていた拳大の小袋から虹色の玉を取りだした。途端、ぎぎぎと金属の軋むような音を鳴らしながら、バゾッドがかすかに前のめりになった。
「ソレ、エネルギーコア!」
「ああ、約束どおり作ってきたぜ」
「ハヤク、ココ、イレテ!」
バゾッドの腹が横にずれる格好で開くと、ちょうどエネルギーコアが収まる大きさの穴が現れた。その穴に、アッシュはルナから受け取ったエネルギーコアをそっとはめる。
途端、バゾッドの体を巡るように無数の光が迸った。
きぃんと耳鳴りのような音が鳴る中、バゾッドが腹を閉じつつ立ち上がると、自身の体の調子をたしかめるように両肩をくるくると縦回転。さらに腰も横回転させる。傷はそのままだが、もはや先ほどまでの弱々しさは感じられない。
「アリガトウ。コレデ、モトドオリニナッタ。コトバモ、バッチリダ」
「まあ、さっきよりは聞き取りやすくなったな」
後ろではクララが「あんまり変わらなくない?」と首を傾げているが、あえて聞き流すことにした。せっかく力を取り戻したのだ。現実を突きつけるのはあとでいいだろう。
「ナカマノ、キョウリョクハ、エラレタノカ」
「ああ。ばっちりだ」
アッシュは仲間とともに左手の甲を見せた。
バゾッドが目を赤色に光らせ、確認しはじめる。
「カクニン、カンリョウ。タシカニ、ナカマノ、アカシダ」
「なかなか大変だったぜ」
「キョウリョク、カンシャスル。コレデ、ジュンビハ、トトノッタ」
ゼロ・マキーナ討伐を除けば、バゾッドから要求されたものはすべて整えた。ルナが少し緊張した面持ちで息を呑んだ。
「ついに、だね」
「黒の塔の96階だったよな。現地で待ち合わせでいいのか?」
「でも、どこにいるかわからないよね」
言って、クララが眉根を下げる。
隠し通路探しから始めなければならないのか。
ここに辿りつくまでかなり面倒だったこともあり、正直なところ少し億劫だ。
「マチアワセハ、ヒツヨウナイ」
バゾッドがこちらに背を向け、右手を突きだした。直後、ぼわんと間抜けな音が鳴ると、なにもなかった虚空に人ひとりを覆う程度の大きさの黒い靄が生まれた。
「ココヲトオレバ、ゼロ・マキーナノ、ヨウサイダ」
「……本当になんでもありだな、ここは」
まさかの展開にアッシュは思わず目を見開いてしまった。仲間も同様の反応を見せているが、ただひとりクララだけは感嘆の声をもらしつつ興奮中だ。
「これ、前にあたしが欲しいって言ってたやつだ!」
「つまり存在はするってことだね。でも、魔法ではなさそうかな」
ルナの冷静な見解に、クララがぐぅと唸って意気消沈してしまう。特定の場所にいける道具があれば移動時間を大幅に短縮できるが、さすがにそう簡単にはいかないらしい。
「なんにしろ移動する手間が省けたのは大きい。ありがたく使わせてもらうぜ」
離れた場所への移動は、転移魔法陣でも経験している。クララひとりを除いて、とくにためらうことなく黒い靄の中に入った。一瞬の暗転のうち、再び視界に色が戻る。
なにより先に目に入ったのは、黒と若干の紫で彩られたおどろおどろしい空だ。何度か訪れているので見覚えがある。黒の塔10等級階層のもので間違いない。
近くには金属類のがらくたが積まれていた。
離れたところにもがらくたの山は幾つか見える。
なにやら荒廃した空気に満ち満ちた場所だ。
黒い靄から続々と仲間たちが出てきた。
レオとラピスに続いてルナ。慌てて追いかけてきたのか、クララが目をつぶりながら飛びでてきた。最後に出てきたバゾッドが右手をかざすと、すぅと音もなく黒い靄が消滅する。
ラピスが周囲を見回しながら言う。
「空中通路みたいに浮いてるみたいね、ここ」
「つっても、かなり広いみたいだけどな」
遠くのほうをよく見れば、地面に切れ目があった。とはいえ、大きさは島を思わせるほどだ。落下の心配はほぼないだろう。
「みんな、あれを見て」
ルナががらくたの山の端から、身を隠しながら裏側の先を覗いていた。
仲間とともにルナに倣って奥側を覗き込む。と、がらくたが散らばった荒野の先に、巨大な建造物が鎮座しているのが映り込んだ。
「お城みたいに見えるけど……」
「そのわりには見た目が物々しいな」
金属と思しき質感の黒い城壁で守られている。その先では王城などで見られる立派な尖塔の代わりに、灯台のような円筒が幾つも伸びていた。さらには幾つもの光線が空をかき回すように巡っている。
「アレガ、ゼロ・マキーナノ、ヨウサイダ。ナカデハ、タクサンノ、オートマトンガ、セイゾウサレテイル」
「あそこに見えるのは一部ってことだね」
そう困惑気味に言ったレオの視線の先、城壁には多くのオートマトンが配置されていた。大砲と思われる筒も数えきれないほど設置されている。現実にこれほど固められた城が存在すれば、まず間違いなく落とせる国はどこにも存在しないだろう。
「モウスグ、ナカマモ、クル。ソシタラ、イッセイニ、トツニュウ。ゼロ・マキーナヲ、タオシニイク」
要塞の中にも大量のオートマトンがいることを考えれば、仲間だけで挑むのは無謀だ。バゾッドの言うとおり、このまま身を隠して協力者たちの到着を待つべきだろう。
と、ビービーと不快音が頭上から聞こえてきた。
人間の頭部大のハエのようなものが赤い光を点滅させながら浮遊している。
それに呼応するように、なにやら城壁のオートマトンたちが慌しく動きだしていた。さらに城壁に置かれた大砲たちの先が、こちらに向けられる。
「ねえ、もう見つかってるように思うんだけど」
「奇遇だね。ボクもそう思うよ」
淡々と口にするラピスとルナ。
アッシュは盛大にため息をつきながら、隣で待機するバゾッドに声をかける。
「おい、バゾッド。仲間が来る前に戦闘が始まりそうだぜ」
「……ソウテイガイダ」
オートマトンに〝ココロ〟があるのは間違いない。
そう確信できるほど、ばつが悪そうにバゾッドが答えた、瞬間――。
腹に響くほどの轟音が要塞側から聞こえてきた。
アッシュは仲間とともに全力で駆けだした。地鳴りのような音に釣られて振り返れば、先ほど身を隠していたがらくたの山が綺麗に吹き飛んでいる。
猛烈な風を受けて髪が暴れる中、アッシュは隣を走るバゾッドへと叫ぶ。
「次からはもっと安全な場所に出られるよう設定するんだなっ」





