◆第九話『エネルギーコアの秘密』
アッシュは思わずきょとんとしてしまった。
仲間たちも同様に言葉を失っている。
そんな中、誰よりも先に反応したのはクララだった。
「材料費だけでも約140万だよっ!? それをタダって……」
「しかも集めるのに苦労したからな。それ以上の価値はあると思うぜ」
属性石に関しては供給も多いため、問題なく集められた。だが、硬度上昇の強化石に関しては、委託販売所での売りだしが少ないうえ、キノッツの妨害もあって集まるまで予想以上に時間がかかってしまった。
知人の協力もあって当初に想定した出費で済んだが……あの苦労を思いだせば、140万は安いと感じるぐらいだ。
レオが心配だとばかりに話しかける。
「リリーナ嬢、なにか困っていることでもあるのかい? もし良かったら僕が相談に――」
「わたしはべつに困ってることなんてない! っていうか勘違いしてるよ! タダでもらうけど、ちゃんときみたちにも見返りはあるよ!」
必死になってそう説明するリリーナ。
途端、クララがごくりと喉を鳴らした。
「140万の見返り……」
「クララ、涎が出てるよ」
ルナに指摘され、クララが慌てて口もとを拭う。
そんな彼女たちをよそに、レオがうーんと唸っている。
「でも、そんな額に見合うものってまるで想像がつかないね」
あるとすれば装飾品のたぐいだ。
ただ、装飾品は安いものでも100万ジュリー。
高価なものだと軽く一千万を越え、逆に吊り合わなくなる。そもそも鍛冶屋のイメージと装飾品があまり結びつかない。
リリーナがエネルギーコアを左手で掴み、得意げに胸を張る。
「実はこのエネルギーコアがあれば、オーバーエンチャントの成功確率を大幅に上げることができるんだ」
物々交換と思っていただけに予想外だった。
クララが前のめりになって食いつく。
「そ、それってどれぐらい!?」
「うーん……大体、10回挑戦して3回成功するぐらい?」
「かなり高いわ」
ラピスが目を見開きながら呟いた。
うん、とルナが頷いて話しはじめる。
「8等級装備のオーバーエンチャントでも300回挑戦して成功するかどうかって確率みたいだしね」
「10等級も全員の挑戦回数を合わせればすでに100回は超えてるよね……」
クララが痛ましげな顔で言った。
階が上がるにつれ、強化石が出やすくなる環境とあって、最高等級の階層では属性石のたまり方が凄まじかった。最低でも1日10個は貯まるほどだ。
さらに交換石を購入するといったことがなくなったこともあり、その分余ったジュリーを属性石の購入に当てられる。そういった経緯もあり、どんどんオーバーエンチャントに挑戦しているのだが、結果はクララが話したとおり散々だった。
「10等級装備のオーバーエンチャント品なら、140万どころじゃないよね」
「一千万でも安いぐらいよ」
ルナの言葉に、ラピスが力強くそう言った。
オーバーエンチャントに成功した8等級武器を以って、71階をひとりで生き抜いていたラピスのことだ。どれだけの優位性を得られるかは誰よりも知っているだろう。
と、急にリリーナが困ったようにまなじりを下げた。
「ただ、難点があってね。5回しか使えないんだ」
「えぇっ、どうして!?」
「エネルギーコアに込められた力が5回で尽きるってだけの話さ」
絶望交じりに質問したクララに、端的にそう説明するリリーナ。
10回中3回という、おそろしく高い成功率だ。改めて考えてみれば、神アイティエルがそんな生易しい挑戦を何度もさせてくれるわけがない。
「ま、そんなにうまい話があるわけないか」
「でも、5回挑戦できるだけでも大きいわ」
「だな」
おそらく1人1回といった形になるだろうか。
もちろん、エネルギーコアを渡した場合の話しだが。
「アッシュくん、どうする?」
「正直、かなり魅力的な話ではあるよね」
レオとルナがそう訊いてくる。
そのそばでは、ラピスとクララが瞳に期待の色を滲ませていた。
「たしかに俺もそそられるが、だめだ。バゾッドとの約束がある」
約束を交わしたのだから破るわけにはいかない。
リリーナが心底理解できないといった顔を向けてくる。
「相手はオートマトンだよ? 約束を守る必要はあるのかい?」
「でも〝ココロ〟があるんだろ。だったら不義理をするわけにはいかない」
そう言い切ると、静観していたレオが「うん、アッシュくんならそう言うと思ったよ」と頷いていた。ほかの仲間たちも少し惜しそうな顔はしていたが、最後には納得してくれたようだ。
アッシュは「それに」と口の端を吊り上げながら話を続ける。
「エネルギーコアの材料はわかったんだ。また集めれば何回でも作れるんだろ?」
「やっぱ気づいちゃうよね~」
リリーナが髪をかきながらなんとも言えない顔を見せた。
やはり予想は当たっていたようだ。
クララが打って変わって興奮しはじめる。
「そっか! そうだよね! じゃあ、いつか全身をオーバーエンチャント品で固めるとか夢じゃないかも!?」
「ただ、クリスタルドラゴンが湧くまで時間があるしな」
「硬度強化石集めも大変だよね」
アッシュはルナとともにクララをそういさめた。
ただ、絶対に無理という状況でなくなったのはたしかだ。
「これは黙っておいたほうがいいね」
「ええ。もし知られたら硬度強化石の価値が跳ね上がるわ」
思案顔で頷いたレオに、ラピスが力強く同意する。
リリーナが手に持ったエネルギーコアを見つめながら口を開く。
「まあ、あのバゾッドの依頼を受けない限り、実力不十分ってことでこれは作らない決まりになってるけどね」
「俺たちが必要だってわかったら価格をいじってくる厄介な奴がいるんだよ」
「なるほどね。それは注意しないとだ」
今後、おそらくクリスタルドラゴンが復活するたびにエネルギーコアを製作することになる。ゆえに、硬度上昇の強化石をたくさん集めなければならないが……。
委託販売所から購入するときは細心の注意を払う必要があるだろう。キノッツに気づかれればまた面倒なことになりかねない。
「ま、わたしから話すことはないから心配しないでいいよ」
「そっちの心配はまったくしてないな」
まだ明らかになっていない塔の情報について、ミルマは原則として話さない。稀にうっかり喋ってしまうミルマがいたりするが、基本的にはそのとおりだ。
「ってことだ。当初の予定どおりバゾッドに渡す方向で行くぞ」
「はーい!」
仲間たちが頷く中、クララがひとり元気な声で返事をする。
またエネルギーコアを製作すればいいと気づいてからは、ずっと浮かれたままだ。とはいえ、こちらも彼女と同じ気分だった。なにしろ10等級のオーバーエンチャント品を手に入れられるかもしれないのだ。
いずれにせよ、まずはバゾッドの依頼――。
ゼロ・マキーナを討伐するのが先だが。
「あ~……本気で強いから気をつけなよ」
リリーナが不安げな表情で言ってきた。
アッシュは思わず目を瞬いてしまう。
「なんだ、心配してくれるのか?」
「面倒な属性石の付け替えを何度も要求してくるのはあれだけど、なんだかんだ一番金払いが良い客だからね。死なれたら困るってだけさ」
ミルマが心配してくるほどの相手だ。
相当な強さを誇っているのだろう。
だが、すでに100階を目の前にしているのだ。
100階の主、さらにその先に待つ神に打ち勝つには、こんなところで負けるつもりはない。アッシュは仲間と顔を見合わせたのち、リリーナに勝ち気な笑みを向けた。
「大丈夫だ。また面倒な客として訪れるから待っててくれ」





