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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【機巧戦線】第ニ章

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◆第五話『真夜中の一戦』

「……なんでさっきからずっとにやにやしてんだ」

「だってついにアッシュくんが僕を受け入れてくれたんだ。嬉しくないわけがないよ」

「って、さりげなく近づいてくるな」


 アッシュはレオとともに安全地帯の入口で見張りについていた。


 時間帯的には、そろそろ日をまたいだ頃合だろう。もちろんずっと見張りについていたわけではない。夕食後に仮眠をとり、前任のラピス、ルナ組と交代したところだった。


 奥では女性陣が静かに眠っている。夕食後、大いに盛り上がっていたようだが、やはり戦闘の疲れには勝てなかったのだろう。


 と、しのびよってきたレオの手を叩き落とした。


「手も伸ばすな」

「相変わらず堅いね。僕より盾に向いてるかも」

「背後が心配で前に集中できないから無理だ」


 レオへの警戒こそ厳重にしているが、見張りの緊張感はいっさいない。


 道中では結晶型の飛竜も存在したが、入口の大きさからして翼が引っかかる。まず入ることはできないだろう。また挑戦者にしても、8等級に到達しているチームはベイマンズたちのみ。友人でもある彼らと戦闘になることはまずありえない。


 それでもここは神アイティエルが創った塔だ。

 万が一という可能性もあるため、こうして交代で見張りをつけていた。


「今日は本当に驚いたね」


 レオが横穴の外に目を向けながらしみじみと口にした。


「ヴァネッサたちと会ったことか?」

「それもあるけど、僕たちの成長ぶりにね」

「あぁ、そっちか」


 8等級階層に足を踏み入れた際は本当に1体の竜を倒すだけでも一苦労だった。それがいまや何十体とかかってきても怖くないと思えるほどになったのだ。レオが驚くのも無理はない。


「正直なところ、装備のおかげもあるんだろうけどな」

「でも、その装備を得られたのは僕たちが強くなったからだと思うよ」


 新たな装備を手に入れるため、上の階に挑戦するには自身の成長が必要となる。また新たな装備を入手しても、それを活かすために成長が必要となる。レオの言うとおり、装備の入手には、常に成長がともにあった。


「そうだな。壁にぶち当たっては出直して、今度は壁を壊して。そんな機会がここにはたくさんあるからな」

「うん。いやでも成長するってものだね」


 神アイティエルによる修行を受けているのではないか。時折、そんな錯覚を抱いてしまうときがある。それほどジュラル島の塔は、人間が成長するのに打ってつけの場所だ。


 ふいにレオが視線を下向けた。


「チームに入ってから少しの間、実はちょっとだけ疑念があったんだ。でも、いまは確信を持って言える。僕たちは必ず100階まで辿りつけるってね」

「当然だ。でもって神の討伐もな」


 島に来た当初はとてつもなく遠く感じた100階。

 それがいまや、あと少しというところまで来ている。以前よりも100階到達が現実のものとなっているのは間違いなかった。


 うん、とレオが力強く頷いたかと思うや、雰囲気を台無しにするほどの大口を開けた。目尻には涙が溜まっている。


「大きなあくびだな」

「実はあまり眠れなくてね」

「まあ、大盛り上がりだったからな」

「僕にとって女性の声は良い眠り薬だよ。単純に今日はいつもと違って足りないものがあったからね」

「……酒か。だからって樽を背負って狩りには来るなよ」

「それは良い案だね」

「勘弁してくれ」


 互いに笑い合うと、レオがのそりと立ち上がった。


「それじゃ悪いけど休ませてもらうよ」

「ああ。明日のためにもしっかり休んでくれ」


 レオは微笑を残し、そばから離れていく。

 よほどのことがない限り、彼は自ら「休ませてほしい」とは言わない。つまり、先に休もうとしたのはべつの意図があったということだ。


 去っていくレオの足音とはべつに、こちらに向かってくる足音が聞こえた。どうやら〝彼女〟が起きたのが理由のようだ。優しい花の香りがふわりと漂ってくる。


「変態のくせに気を利かせてくれるね」


 言いながら、隣に座ったのはヴァネッサだ。


 彼女は胸に垂れていた長い髪をかきあげ、後ろに流した。簡素な布着姿なこともあり、島随一の大きさを持つ胸の膨らみがより際立って窺えるようになる。もちろん、深い谷間もだ。


「たしかに変態だが、同じぐらい紳士だぜ」

「ジュラル島に古くからいる奴らはみんな知ってるよ」

「だろうな。じゃないととっくに吊るし上げられてる」

「ははっ、違いない」


 寝ている者たちを起こさないよう、ヴァネッサが声をひそめて笑う。そんな彼女の目はぱっちりと開いていた。とてもいま起きたばかりには見えない。


「うるさかったか?」

「いいや、単純にアッシュと話したくて目が覚めただけさ。最近はなかなか時間が合わなくて2人きりで飲めてないからね」

「お互い、チームで忙しかったからな」


 ヴァネッサたちはシビラチームと合併後、《リセット》を使って塔を1階から昇りなおし。こちらは最難関の10等級階層を本格的に攻略していたこともあり、上手く時間を作れなかったのが理由だ。


 ヴァネッサがかすかに眉根を下げる。


「寂しかったんだよ」

「そういうことも言えるんだな」

「あたしだってそういう気持ちはあるさ。もちろん、こういうことを思うようになったのはあんたが初めてだけどね」


 言って、ヴァネッサがこちらに身を寄せてきた。

 頬をほのかに染めながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。やがてその瑞々しい唇がこちらの口に当てられる、直前。彼女は目をそらし、すっと身を引いた。


 アッシュは平然としたまま意地の悪い笑みを浮かべる。


「強気なわりに踏みとどまるんだな」

「相手が乗り気じゃないと意味がないだろう」

「続けたら乗り気になるかもしれないぜ」

「その気もないくせにからかうんじゃないよ」


 呆れているのか、怒っているのか。

 どちらともとれるような目を向けられた。


 彼女に魅力がないわけでない。むしろありすぎるぐらいで我慢するのが大変なぐらいだ。ただ、やはり塔を攻略するまでという考えは変わっていない。


 ヴァネッサは盛大に息を吐いたのち、静かに語りはじめる。


「いま、アッシュたちがどんなことをしてるのかすらもわからない。それぐらい差が開いた。もう、アッシュが100階に辿りつくまでに追いつくのは難しいだろうね」


 そこには悔しさが混じっていた。

 彼女がどれだけ本気で追いつこうとしていたかがありありと伝わってくる。


「けど、あたしも完全に諦めたわけじゃあない。必ず追いつく。あの子たちと一緒に昇って……あんたの隣に立ってみせる」


 こちらをしかと見据えながら、ヴァネッサが力強い宣言をしてくる。


 彼女の外見的な美しさは魅力的だ。

 男としてそそられるものをたくさん持っている。


 だが、なにより魅力的なのは、その向上心と負けん気だ。彼女と気が合うのも、よく2人で飲んでいたのも、こうした姿勢が心地良く感じたからだった。


「ああ、待ってるぜ。ヴァネッサならきっと辿りつけるはずだ」


 はっきりと言い切った。

 それがヴァネッサにとって意外なことだったのか、思い切り目を瞬いていた。しまいには、困ったように笑みをこぼしはじめる。


「アッシュ、やっぱりあんたはあたしの理想の男だよ。我慢するためにも……少し前払いをもらってもいいかい?」


 返事をする間もなく、ヴァネッサが近づいてきた。その豊満な胸が形を崩すほど身を寄せたのち、そのまま再び唇を近づけようとしてくる。


「交代します、アッシュさん」


 奥側から聞こえてきたのはリトリィの声だ。

 見れば、彼女は薄手の布を羽織った格好で近くまで来ていた。


「やっぱりお預け、か」


 ヴァネッサがため息をついて離れる。

 少し残念そうだが、彼女が大胆になったのはリトリィの足音が聞こえてからだ。どこまで本気だったかはわからないが、悪戯心が混ざっていたのは間違いない。


 アッシュは両手を後ろにつき、見上げる格好でリトリィに言う。


「もう少し寝ててもいいんだぜ」

「いえ、もう充分休ませてもらったので大丈夫です。それとも寝ていてほしい理由でもあるのですか?」

「いいや。そんじゃ、頼むぜ」

「はい、ゆっくりとお休みください」


 アッシュはすっくと立ち上がり、背を向けて歩きだす。


 去り際、「よし」とリトリィの呟く声が聞こえてきた。

 なにかとシビラを推してくる彼女のことだ。見計らったようなタイミングで起きてきたのも、ヴァネッサとの接触を妨害するためだろう。


 もとよりヴァネッサとことに及ぶつもりはなかったので問題はない。ただ、腕には彼女の胸の感触と温もりが残ったままなこともあり、男として惜しいと思う気持ちが湧きあがってくるのを止められなかった。


 ――五つの塔を攻略するまで、か。

 自身に課した誓約だが、なかなかに厳しい条件のようだ。


 アッシュは人知れず深呼吸をして心を落ちつかせたのち、明日にそなえて眠りについた。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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