◆第三話『8と10の差』
ドーリエの先導で正規の道をさらに進んでいく。
相変わらず現れる竜たちは獰猛で、鋭い牙を剥いて襲ってくる。間違いなく多くの人間が想像する最強の竜を体現しているだろう。
だが、緊迫した空気はいっさいない。
むしろ本当に散歩しているかのように、のほほんとしていた。
「こ、こんな感じかな……」
クララが飛竜を2発の《ライトニングバースト》であっさり沈めたのち、振り返った。その先ではリトリィとオルヴィが揃って唖然としている。
「さすが10等級。凄まじい威力ですね……」
「え、ええ……わたくしたちの2倍はありそうですね……」
威力だけでなく、その大きさも8等級に比べて2倍近い。また纏う雷光の激しさもより増している。10等級に上がったクララの魔法がさらに威力を増していることはもちろん実感していたが、8等級の魔法と比べることでより違いを認識できた。
ガンッ、ガンッ、と鈍い金属音が最前線から聞こえてきた。なにやらレオが地竜の前足の引っかき攻撃を何度も盾で受け、10等級防具の《エンシェント0》の硬さをドーリエに披露しているようだった。
そばで見守るドーリエが神妙に頷く。
「まさか竜の爪でも傷がないとはね」
「そう、まさに最高の防具なんだよっ」
「見た目が良いうえに性能もよし、か。たしかに最高の防具だね」
皮肉ではなく、本当に褒めているようだ。
レオが竜の首に剣を突き刺しつつ、「本当かい!?」と叫びながら振り返った。共感してくれる相手を見つけたのがよほど嬉しかったのか、その目は夜の星にも負けないほど輝いている。
右方の泉から水竜が豪快にしぶきを散らしながら飛びでてきた。手足がなく、蛇のように長い体が特徴的な竜だ。開けられた口はほかの竜と同様に大きく、また鋭い牙を覗かせている。
8等級をうろついていた頃は何度も苦戦させられた相手だ。しかし、いまやもう脅威ではなかった。
アッシュは駆けだし、肉迫の直前に左方へとわずかに移動。すれ違いざまに敵の口から胴体、尻尾の先まで斬り裂く。
あまりの巨体とあって綺麗に上下両断とはいかなかったが、先の攻撃だけで倒すには充分だった。振り返れば、水竜が陸地で力なく横たわっていた。
水竜が完全に消滅し、奥側にいたシビラが映り込んだ。
目を瞬きながら、こちらの剣を見ている。
「……抵抗はほとんどないのか?」
「多少はあるが、問題ない程度だな」
そう答えたとき、べつの泉からも水竜が飛びでてきた。が、待っていたとばかりにラピスが横合いから鋭い突きを繰りだし、一撃で倒してみせた。そばで見ていたヴァネッサが感嘆したような声をもらす。
「ったく、あんたの成長ぶりには驚かされるね」
「装備のおかげだと思うけど」
「そうじゃないとは言わないけどね。でも、昔のあんたよりも大分強くなってるのは間違いないよ」
ヴァネッサにそう言い切られ、ラピスがついと顔をそらした。ただ、悪い気はしていないようで足取りがわずかに軽い。ヴァネッサもそれに気づいたようで口の端を吊り上げて笑っていた。
「本当に少し前とは見違えるほどの成長ぶりだな」
シビラがそばにやってくるなり言った。
アッシュは彼女とともに、最前線のレオとドーリエに続く形で歩く。
「さすがにほぼ毎日10等級でしごかれてるからな」
「だが、それにしても彼女は異常だろう……」
シビラが口にした〝彼女〟とはルナのことだ。
最後方から、遠くの竜たちをもれなく排除しているのだ。しかも地竜は雷矢を落としての処理方法なこともあり、激しい炸裂音とともに派手な明滅があちこちで起こっている。
塔の装備のことを知らない人間が見れば、きっとこの世の終わりだと言いだしてもおかしくないほどの凄惨な光景が広がっている。
「あ~……10等級の弓はやばいからな。それにルナの場合は《オベロンの腕輪》で効果範囲が広がってるから、余計にすごいことになってる感じだ」
「いまの彼女ならひとりでも8等級階層を悠々と歩けそうだ」
「たぶんいけると思うぜ。ルナは視野も広いし、戦闘勘も鋭いしな」
8等級においては、おそらく誰よりも効率的に資金稼ぎができるだろう。それほどまでにいまのルナの殲滅力は凄まじかった。
その後も緩い空気の中、正規の道を進んでいく。
やがて隠し通路があるという広大な空間に辿りついた。ひとまず跋扈する竜たちを排除。その後、最奥の壁の前まで全員でやってきた。
ほかの壁と同じく岩肌がごつごつとしている。
ただ、不規則な場所に3個の穴が開いていた。
その奥には泉でもあるのか、かすかな青い光がもれている。
「オルヴィ、リトリィ」
ヴァネッサの指示を受けた2人が穴の中に《ライトニングバースト》を撃った。いったいなにをしているのかと思ったのも束の間、変化が現れた。
泉からもれる光が白くなり、大樹の根が張るかのごとく岩肌にじわじわと巡りはじめたのだ。やがて最奥の岩肌すべてに光が行き渡ったとき、中央の壁が崩れ、新たな穴が生まれた。はっきりとは見えないが、穴の中は道となっているようだ。
自力で登るのは面倒な高さだが、《ストーンウォール》で階段を作れば問題なく辿りつける場所だった。
「この仕掛け、よくわかったね」
ルナが現れた隠し通路を見つめながら感嘆の声をもらす。
たしかに彼女の言うとおりだ。先ほどヴァネッサたちから教えなくともいずれ見つけるだろう、と言われたが、果たして辿りつけていたかあやしい仕掛けだ。
「わたしが見つけた」
そう言ったのはシビラだ。
言葉こそ淡白だが、どこか得意気だ。
「あたし、《ストーンウォール》出すねっ」
先ほどオルヴィとリトリィに《ライトニングバースト》を使ってもらった手前か、次は自分だとばかりにクララが壁に沿う形で階段を作った。約20段を軽く維持するクララに、オルヴィとリトリィが驚愕の声をもらす。
「あ、相変わらずの魔力量ですね」
「さすがジュラル島、最強の魔導師です」
「さ、最強っ!? そっか……あたしが最強か~。えへへ」
いつの間にかついていた最強という称号に、クララが顔を綻ばせていた。
たしかに純粋な力で言えば、いまのクララに勝てる魔導師はいないだろう。対人戦闘なら非情になれるロウは強いかもしれないが、それでもやはりクララの膨大な魔力と高等級の魔法の前では見劣りしてしまう。
とはいえ、あのクララだ。いまも緩みきった顔を見ると、どうしても〝最強〟から離れているような気がしてならなかった。
「さて、ここからが長いよ」
全員でクララ製の階段を上がる中、そばを歩いていたヴァネッサがそうこぼした。
「すぐに棲家じゃないのか?」
「面倒なことにね」
ヴァネッサが軽く肩を竦めながら言った。
すぐ後ろを歩いていたラピスがかすかに顔を歪める。
「……野営したくないんだけど」
「よかったね、あんたのご希望どおりさ」
「最悪」
どうやら思ったより長い道のりになりそうだった。
相手がいまや余裕のある竜とあって戦闘は少し退屈だが、ヴァネッサたちと一緒なら楽しく先を進めそうだ。





