◆第ニ話『交渉材料』
「知ってるのか?」
「はい、一度だけ挑んだことがありますから」
そう答えたリトリィはわずかに渋い顔をしていた。
レオがおそるおそる質問する。
「結果はどうだったんだい?」
「顔を見ればわかるだろう」
ヴァネッサが自嘲気味に言った。
彼女たちでも勝てない中型レア種とは。
思っていた以上に手ごわいようだ。
と、シビラが怪訝な顔を向けてくる。
「それにしても、どうして戦ってもいないのにクリスタルドラゴンのことを知っている? まさかベイマンズたちから聞いたのか?」
「いや、あいつらは知らないはずだからそれはない」
そう断言したのはドーリエだ。
おそらく彼女が現在交際しているヴァン伝いで得た情報だろう。
ヴァネッサがにやりと嗜虐的な笑みを浮かべる。
「愛しのきみの情報なら間違いないね」
「マ、マスター……っ」
ドーリエが焦り気味に赤らんだ抗議の目を向ける。
先ほど魔物をハンマーで豪快に押し潰していたような、勇ましい姿からは想像もできないほど可愛らしい姿だ。どうやら彼女が育んでいるヴァンとの愛は順調のようだ。
「でも、どうしていまになってクリスタルドラゴンを倒そうとしているのですか?」
リトリィがそう訊いてきた。
とくに隠すほどのことではないが、念のため仲間に確認したところ首肯が返ってきたので話すことにした。
「実は10等級で受けられるクエストに、クリスタルドラゴンの討伐が組み込まれててな」
「やっぱりクエストか」
ヴァネッサが納得したように言った。
塔の情報を得るには、3つしかない。
1つ目は自分で確認するか。
2つ目はほかの挑戦者から聞くか。
3つ目はミルマから得るか。
今回、戦ってもいないのにクリスタルドラゴンの情報を知っていたことから、必然的に1つ目は消える。2つ目もドーリエによって可能性がないことを証明されたので消滅。残る可能性は3つ目の〝ミルマから得る〟のみとなる。
おそらくそうした消去法でヴァネッサは答えに行きついたのだろう。
「あたしらの仲だ。奴の棲家を教えてあげたいところだが、どうしたものかねぇ……」
言って、ヴァネッサが自身のチームメンバーたちと顔を見合わせた。なにやら全員が困っている顔だ。ただ教えたくないというだけの反応には見えない。
「なにかあるのか?」
そう問いかけると、シビラがためらいがちに口を開いた。
「いや、先ほど我々がクリスタルドラゴンに敗れた話はしたと思うが……いつかまた近いうちに再戦し、勝利することを目標にしていてな」
8等級まで上りつめたとはいえ、ヴァネッサ・シビラチームはまだ結成から日が浅い。そんな彼女たちが設けた目標だ。討伐で得られる結束力は、間違いなく達成感や戦利品より大きな価値を持つだろう。
「そういうことなら手を借りるのは悪いな」
中型レア種とはいえ、討伐してから再び湧くまで一定の期間を要する。おそらく1ヶ月程度はかかるだろう。彼女たちもすぐに再戦する様子ではないようだが、いつでも挑める状態にしておきたい気持ちはわかる。
それに〝誰にも攻略されていないものに挑戦する〟というのは大きな意味がある。
「ですが、アッシュさんとわたくしの――こほん。わたくしたちの仲です。マスター、どうにかならないでしょうか?」
懇願するオルヴィに、シビラが加勢に入る。
「わたしたちが教えずとも、アッシュたちもいつかは辿りつくだろう」
「……そうだね」
ヴァネッサがなにかを思いついたように頷いたのち、話しはじめる。
「じゃあ、こうしようじゃないか。あたしらはクリスタルドラゴンの棲家までの道を教える。代わりにアッシュたちはべつのレア種の居場所を教える」
「ヴァネッサ、それは……」
「たとえ親しい仲でも、こういうのはしっかりともらっておくもんだよ」
諌めようとするシビラに、ヴァネッサがそう制する。
無償で、というシビラの親切心には感謝する。
ただ、ヴァネッサのように〝ただの挑戦者〟として交渉してくれるほうが後腐れもなくなるため、個人的にありがたかった。
ヴァネッサが自信満々の顔を向けてくる。
「どうだい? 無駄な時間を使うことに比べれば悪くない話だと思うけどね」
「俺はそれで問題ない。というかそのほうが助かる。みんなもいいか?」
装備を集めるためにも10等級階層に早く戻りたいのが本音だ。その考えは仲間も同じだったようで反論は出なかった。
「レア種となると、やっぱりあれかな」
「アンフィスバエナとか?」
「あれは居場所がわかりやすいからね。知ってるよ」
ルナとクララの会話を聞いていたヴァネッサがそう言った。
たしかに大穴を下っていけば行きつく場所だ。
8等級階層で長く狩っているヴァネッサが知っていてもおかしくはない。
ならば、ここは隠し玉を出すしかない。
アッシュはにっと笑いながら話しはじめる。
「そんじゃとっておきだ。赤の塔79階にいるタラスク。こいつは俺たちもまだ討伐してない。いつか討伐するつもりだったが、塔を昇ってるうちにそのままって感じだ」
いまの実力と装備なら間違いなく勝てるだろう。
ゆえに、いまさら挑むのも面白くない、というのが本音だった。
ただ、こちらが1度も討伐したことがない、という言葉がヴァネッサの胸を打ったようだ。驚いたのちに口元を緩ませていた。
「アッシュたちも討伐してないレア種か。そいつはいいね」
「軽く戦ってみたが、かなりの強さだぜ」
「そのほうがちょうどいい」
言って、挑戦的な笑みを浮かべるヴァネッサ。
後ろでは彼女の仲間たちも同様に、やる気に満ちた顔になっている。8等級の装備では厳しい戦いになるだろう。だが、彼女たちならきっと倒せるはずだ。
「交渉成立ってことでいいな」
「ああ。詳しい場所はこれからじっくりと聞かせてもらうよ」
ヴァネッサの言葉にシビラが頷いたのち、続ける。
「そうだな。なにしろ道のりは長いからな」
なにやら含みのある口振りだ。
と、すでにドーリエが先んじて歩きだしていた。突進してきた地竜を盾でいなし、横っ腹にハンマーを打ちつけたのち、肩越しに勇ましい顔を向けてくる。
「ついてきな。案内するよ」





