◆第一話『クリスタルドラゴンへの道』
どしん、どしんと音が鳴り、そのたびに地面が上下に揺れる。決して巨人の足音ではない、また巨人が壁を突いた音でもない。すべて竜が地に伏した音だった。
「ドラゴンってこんなに弱かったっけ……」
消えゆく地竜型を見ながら、クララがぼそりとこぼした。
いましがた、たった2発の《ライトニングバースト》で倒してしまったのだ。彼女がそう思うのも無理はなかった。
アッシュは仲間とともに青の塔78階に足を踏み入れていた。目的はもちろん、エネルギーコア製作に必要な材料――クリスタルドラゴンの心臓を入手するためだ。
「それだけ僕たちが成長したってことじゃないかな」
「10等級で揉まれた分、かなり対応力が上がったしね」
レオが突進してきた地竜を盾でいなしたのち、脇腹を思い切り突き刺して消滅させる。その奥から追加で向かってきた同個体にはルナが落雷矢を見舞い、激しい炸裂音の中で躍らせるようにしてあっさりと倒した。
いまは中間辺りといったところだが、いまのいままで一度も詰まっていない。というより竜が現れた直後には味方が攻撃をしかけ、即座に倒してしまうのだ。ほとんど散歩に近い状態だった。
ラピスが槍の穂先を地面に打ちつけ、前方に閃光の道を走らせる。と、その道中を這いずっていた地竜2体がその場で呻きながら足を止めた。その硬直を狙ってラピスが一直線に駆け、瞬く間に地竜2体を屠る。
「いまならひとりでも8等級を進めるかも」
「また熱で倒れなきゃいいけどな」
「あ、あのときのことはもう忘れてっ」
照れながら抗議してくるラピスをよそに、アッシュはいまも噛みつこうとしてくる地竜の首を素早く飛ばした。どんっ、と重い音とともに竜の頭部が転がると、そのまま腹をつけた胴体もろとも消滅していく。
「にしても見つからないな……」
この階にクリスタルドラゴンがいるという情報はミルマから聞いたものだ。間違いはないはずだが、軽く回ってみても隠し通路の場所がいまだわからない状態だった。
アッシュは剣を鞘に収めながら辺りを見回す。
あちこちに配された大小さまざまな泉。
そこからもれる光は青みを帯び、湿り気のあるごつごつとした岩肌を照らしている。ここが洞窟内であることを忘れるほど明るく、幻想的な光景だ、
80階を突破してからまだ2年にも満たないが、ひどく懐かしいと感じた。9、10等級で狩りをする日々が濃密だったからだろうか。……いや、きっと思い出を振り返る余裕がなかっただけなのだろう。
「もしかして透ける壁とかかな?」
言いながら、クララが近くの岩肌を杖で小突きはじめた。
いろんな可能性を探るのは悪くないことだ。
ただ、その選択が答えであることは避けてほしかった。
「この広さだからな。もしそうだとしたら、見つけるのに数ヶ月はかかりそうだな」
「うげぇ……」
クララが情けない面を見せる中、アッシュはふと違和感を覚えて振り向いた。
とおってきた道を辿ると、崖に行きつく。
その上には1体の地竜が見えるが、ほかにはなにもいない。
「どうしたの?」
「……戦闘音が聞こえる」
とおってきた道のほうからだ。
かなりの速度で近づいてきている。
ルナが音のほうへ目を向けながら言う。
「ここに来られるとなると、ベイマンズたちか、ヴァネッサたちのどっちかだね」
「たぶんヴァネッサたちのほうだな。地鳴りみたいな音がよく響いてる。たぶんドーリエがハンマーで地面を打ってる音だ」
その予想どおり、間もなく5人組の女性挑戦者が崖上に現れた。ヴァネッサにオルヴィ、ドーリエの《ソレイユ》組と、シビラとリトリィの《アルビオン》組が合流したチームだ。
彼女たちは崖上の地竜と交戦状態に入っている。
「すごいっ。アッシュくん当たった!」
「当然よ、アッシュだもの」
クララが興奮した声をあげ、ラピスが勝ち誇ったように頷く。おそらく、そのやり取りが聞こえたのだろう。こちらに背を向ける格好で地竜と対峙するシビラが肩越しに目を瞬かせていた。
「……アッシュ?」
「よっ、奇遇だな!」
気を散らしてしまったかと思ったが、問題はなかった。シビラが地竜から吐かれた氷のブレスを回避。入れ替わる格好で横合いから突っ込んできたドーリエが跳躍し、全体重を乗せたハンマーを地竜の背に叩きつける。
あまりの衝撃に地竜がたまらず腹を地につけた。直後、ヴァネッサが地竜の横腹に勢いよく大剣を突き込み、トドメを刺した。華やかな外見とは裏腹に、相変わらず豪快な戦いぶりだ。
「魔物の湧き方が不自然だったからベイマンズたちがいるのかと思ったが……まさかあんたたちだったとはね」
ヴァネッサが大剣をかつぎながら崖を飛び下りてきた。続いてオルヴィが生成した《ストーンウォール》を足場にして華麗に下りてくると、ヴァネッサを追い抜いて全速力で向かってくる。
「アッシュさんっ! まさかこんなところで会えるなんて……これもやはり強い絆で結ばれているからこそです!」
いち早く到達してみせるといった気概をオルヴィから感じられたが、それはあっさりと打ち砕かれた。
オルヴィの頭上を飛び越える軌道で、シビラが《ゆらぎの刃》で自身を打ちだしてあっさりとそばまでやってきたのだ。「抜け駆けはずるいですっ!」とオルヴィからの批難を無視しつつ、シビラが訊いてくる。
「どうして8等級に?」
「観光って言ったら信じるか?」
そう答えた、直後。
近くに地竜と飛竜が1体ずつ現れた。が、クララが《ライトニングバースト》で地竜を、ルナが緑の属性石によって風をまとった矢で飛竜をあっさりと倒した。
地に伏し、消滅していく2体のドラゴンを横目に見ながら、シビラが肩を竦める。
「そう、だな。資金稼ぎや訓練をしにきた、と言われるよりは信じられるかもしれない」
「ま、実際は行きたい場所に辿りつけなくてうろついてるだけだ」
シビラと話しているうちに、彼女のほかのチームメンバーたちも近くまで辿りついた。
リトリィが首を傾げながら問いかけてくる。
「もしかして探しているのはクリスタルドラゴンの棲家ですか?」





