◆第十九話『撃沈のキノッツ』
5人組の女性挑戦者がこちらに向かってきた。
全員が《ソレイユ》のメンバーとあって見知った仲だ。ヴァネッサたちに次ぐ成績のチームで全体的に大人びた雰囲気を持っている。
「どうしたんだ?」
「硬度強化石を集めてるってユインちゃんから聞いたのよ。3個しかないけど、いい?」
「ああ、もちろんだ。2万3千ってことにしてるが、いいか?」
「充分よ。……はい、たしかに受け取りました。アッシュくんところにはうちのみんながいつもお世話になってるからねー。こういう機会がないと恩返しできないし、ちょうどよかったわ」
投げキッスをしたり、ウインクをしたり。小さく手を振ったりと様々な別れの挨拶を残して彼女たちは去っていく。
彼女たちの後ろ姿を横目に見つつ、ルナがにっこりと笑う。
「ユインに感謝だね」
「まったくだ」
これは後日、ユインに改めて礼を言う必要がありそうだ。
キノッツがわずかに面白くなさそうな顔で話しはじめる。
「よかったね。3個だけでも安く買い取れて。でも、ノンの見立てだと、それじゃまだまだきみたちの必要数には満たないはずだ」
まさしくそのとおりで浮かれ気分がさっそく取り除かれたが、対応に悩む時間もなくまたべつの挑戦者から声をかけられた。
「おい、アッシュ。硬度強化石、買い取ってんのか?」
ベイマンズだ。そのそばには彼のチームメンバーであり、同じギルドの《レッドファング》メンバーでもある、ロウとヴァンが立っている。
「ああ。2万3千でよければ売ってくれないか?」
「ちょうどいま5個も在庫があって処分に困ってんだよ。買い取ってくれ」
「助かる。実は結構な数が必要なんだ」
「だったらそこらにいるうちの奴らにも声かけてやるよ。ヴァン」
「うっすっ! アッシュの兄貴のためなら任せといてくださいっ」
ベイマンズの声に応じてヴァンが早速駆けだした。《レッドファング》は島一の在籍者数を誇る巨大ギルドだ。夕方ともなれば中央広場には少なくない数が出歩いている。ヴァンによって次々に硬度強化石を売りにきてくれた。
ただ、売りにきてくれたのは彼らだけではなかった。先ほどと同様にユインから事情を聞いたべつの《ソレイユ》メンバーがまたも売りにきてくれたのだ。さらに見知った顔の挑戦者たちも来てくれて何十人と周囲に集まりはじめる。
「1個だけならあるぜー!」
「ユインちゃんから聞いたよー」
「アッシュさ~ん、1個だけ持ってるので買い取ってください。あと、おまけで決闘してくださぁ~い」
もう軽い騒ぎだ。
約1名、売りつけがてらに決闘を申し込んできた狂人も混ざっていたが、華麗に躱しておいたのは言うまでもない。
「ちょ、ちょっと待ってよみんな!」
キノッツが大声をあげると、焦燥と困惑の入り混じった顔で喋りはじめる。
「いま、委託販売所の最低価格は3万5千だ! なのにどうしてそんな安く売っちゃうんだよ!? おかしいじゃないかっ」
その抗議を受け、集まっていた挑戦者たちが顔を見合わせていた。
「以前、アッシュたちは島を守ってくれたし。そんな奴からぼったくれないだろ」
「それ以外にもアッシュには色々と世話になってっからなー」
「俺も俺も」
「わたしは戦いたいからでぇ~す」
約一名の狂人を除いて、恩を返したいという理由が大半だった。
これまで誰かに恩を売るために行動してきたわけではない。ただ、こうして返ってくると、知らぬ間に多くの挑戦者たちと繋がりができていたのだと実感できた。くすぐったいと思うと同時に、なんだか温かい気持ちが湧き上がってくる。
「というより、あのおかしな高騰はきみのせいだろう。キノッツ」
そう、きつい口調で言い放ったのはロウだ。
さらに冷徹な目もおまけで向けられ、キノッツが「うぐっ」と呻いていた。それを見た周囲の挑戦者たちが眉をひそめる。
「やっぱりかよ。よくあるよな。いきなり値上がったりすること」
「いきなり高騰したら〝だいたいキノッツのせい〟。これ、うちんところの常識」
「それこっちもだぜ。てか島じゃ常識だろ」
「ノ、ノンがしたって証拠があるわけじゃないだろ」
キノッツが必死に抗議するが、誰も取り合おうとはしない。
きっと挑戦者たちもキノッツのせいだと確信しているのだろう。
「ルナ、クララ。どうだ?」
アッシュは振り返ってそう問いかける。
購入した硬度上昇の強化石は2人に預けていた。
それらを合わせて詰め込んだ小袋はでっぷりと太っている。
「うん、今回のでちょうど揃ったよ」
「間違いありませんっ」
ルナに続いて、クララが力強く頷く。
大まかに数えてはいたが、無事に合っていたようだ。
こちらのやり取りを見ていたのか、キノッツが呆然とした様子で両膝をつく。
「そ、そんなぁ……これじゃノンが大損じゃないか」
「意地を張って販売所の相場を維持しても無駄だぞ。わたしが知る中でも、まだまだ在庫はあるはずだからな」
ロウが冷徹な声でそう告げる。
キノッツの財力なら長期間、相場を維持することも難しくないだろう。ただ、硬度上昇の強化石自体の、供給と需要は変えることはできない。結局、本来の価値に落ちつくため、キノッツがひとり損をすることは間違いなかった。
キノッツが脚にすがりついてくる。
「ア、アッシュ~……在庫、買い取らない? 2万8千……いや、この際だ。2万5千でもいいっ」
「2万以下だったらいいぜ」
「それじゃ、元の相場より低いじゃないかっ」
「じゃあ、この話はなかったってことだ」
ぐぅ、とキノッツがついにうな垂れた。
今回は知人たちの厚意に助けられたが、それがなければ大損を食らっていたのはこちらだ。可哀相なんて同情する気はいっさい起こらなかった。
「これを機に価格操作は自重するんだな」
「それはノンに死ねと言ってるようなものだよっ」
キノッツの総資産からしてみれば決して大きな損害ではないだろう。ただ、ジュリーで得をすることに執着しているとあってか、今回の件はかなり堪えたようだ。キノッツは放心したまま動かなくなってしまった。
「属性石のほうは問題なく集まってるし、あとひとつだね」
隣に並んだレオが言った。
エネルギーコアを製作するために必要な材料はあとひとつ。それを入手できる場所――東側にそびえる青の塔を見据えながら、アッシュは頷く。
「ああ、クリスタルドラゴンの心臓だ」





