◆第十四話『委託販売所の悪魔』
ユインの許可を得て、買出しの前に訪れた委託販売所。今日も今日とて、エネルギーコア作成のために必要な硬度上昇の強化石を買いに来たのだが――。
「3万5千……?」
「買い占めたりしてないのに、どうして」
アッシュはラピスとともに思わず唖然としてしまった。
硬度上昇の強化石の最低価格が3万5千になっていたのだ。
少しずつとはいえ、2万1千ジュリー以下で買えた昨日までとは価格帯がまるで違う。かといって売りだされている数に変わりはない。むしろわずかに増えているぐらいだ。誰かが〝必要で買い占めた〟という感じではないように見える。
隣で背伸びをしたユインが同じ箇所を見ながら問いかけてくる。
「硬度強化石のことですか?」
「ああ、いま進めてるクエストでちょっと必要でさ」
「これはすごい値上がり方ですね……」
ユインも相場を知っていたようだ。
この大きな変化に目を瞬いていた。
「やあ、アッシュ。なにかお探しのものでもあるのかな? 良かったら掲示板より安く売るよ」
後ろから覚えのある声が聞こえてきた。
振り向いた先、同じ目線に顔はない。
少し視線を下げてようやくその小さな体が映り込んだ。
ギルド《アルビオン》所属の女性挑戦者。
キノッツだ。
日頃から委託販売所に居座っている彼女だ。
ここで出くわすこと自体はおかしくない。ただ、いまもにまにまと笑っているその顔や、話しかけてきたタイミングからすべてを悟った。
「……お前の仕業だな、キノッツ」
「ん、いったいなんのことかな?」
「とぼけるなよ。硬度強化石が高騰してる件だ」
「あ~、そのことか!」
キノッツが気づかなかったとばかりに目を見開きながら頷いた。なんともわざとらしい態度だ。今回、硬度上昇の強化石を多く買占め、相場を釣り上げたのは間違いなくこのキノッツだろう。
「最近、どこかの誰かさんがまとめ買いしてるみたいだったからね。ノンは買い占められないようにしただけだよ」
「こっちは買占めるつもりなんていっさいなかったけどな」
「購入ラインは2万1千以下ってところかな? 見た瞬間にジュリーのニオイがぷんぷんしたんだよね」
どうやらなにもかもお見通しのようだ。
「……ずっと掲示板に張りついてるだけはあるな」
「大体のことは記憶してるからね。変化には敏感なんだ」
ふふん、とキノッツが胸を張ったのち、にやりと笑む。
「察するに上層でなにか大量に必要になることでもあったんだろう?」
「ちょっとレオの強化に必要になってな」
「取替えなら強化石は消失しないし購入する必要ない。とすればオーバーエンチャント用ってことになるけど、それはそれで大量に必要になるね」
そうして推察するキノッツだが、目は疑念の色に染まっていた。ジュリーに関してだけは本当に鋭い人間だ。こちらがとぼけたことにも気づいているのだろう。
「ま、こっちは急いでないから。必要になったらいつでも声をかけておくれ」
そう言い残して、キノッツは余裕の笑みを浮かべながら掲示板の近くへと向かっていった。
◆◆◆◆◆
「厄介な奴に目をつけられちまったなー」
通りに出るなり、アッシュはため息交じりにそうこぼした。
ユインが困惑した様子で委託販売所を振り返る。
「話には聞いていましたが、本当にジュリーの亡者ですね」
「あいつにとっての塔の頂は、きっと大量に積み重ねたジュリーの山を完成させることだからな。完全に俺たちとは戦いの舞台が違う」
以前、妖精王討伐後に行ったオークションで痛感したが、間違いなく資金力ではキノッツに敵わない。下手に真っ向勝負を挑めば、こちらが損をするのは明らかだ。
「まあ、払えないわけじゃないんだけどな」
「わたしは絶対に払いたくないわ」
ラピスがそう言い切った。
どうやらご立腹のようで鋭い目を委託販売所の扉に向けている。あれが魔物だったなら彼女は間違いなく自身の血統技術――《限界突破》をぶっ放していただろう。
「たしかに今回のキノッツはやり過ぎだな。っても、かなりの数が必要になるからなー」
「そう言えば、どれぐらい必要なんですか?」
ユインがそう質問をしてきた。
キノッツ相手なら一蹴していたところだが……。
ユインは一時期ともに戦ったことがあるうえに、それ以降もなにかと交流のある信頼できる友人だ。彼女になら正確な数を教えても問題はないだろう。
「50個必要で、いま持ってるのが16個だ」
「ということは、あと34個ですか。かなり多いですね」
「ああ。だから正直、いまの段階でキノッツに目をつけられたのが面倒なことこのうえないって感じだ」
急いでいるわけではないが、できれば協力者集めとクリスタルドラゴン討伐が終わったのち、すぐにゼロ・マキーナに挑めるようにしたい。あまり期間が空いてしまうと、バゾッドの依頼遂行に向けていた熱が冷めてしまうような気がするからだ。
と、ユインがなにか思案するように俯いていた。
「たしか元の相場が大体2万2千でしたよね。2個持ってるのでよければその価格で売りますよ」
「本当か?」
「はい。いつも防具には属性石をつけてるので、あまり使う機会がなくて」
硬度上昇の強化石を使うのは大抵が盾役や魔術師だ。
ゆえに前衛の挑戦者はよく余らせている。中には武器の硬度を上げるために使う者もいるが、やはり少数派だ。
「あ~、でも友人からは2万3千で買い取るって話してるんだ。っても、この価格でもいまじゃ安過ぎるってことになりそうだが」
「問題ありません。硬度強化石はなかなか売れないので、わたしみたいに売りださずに置いている人って結構いると思いますから、きっとすぐに戻ります」
ユインはそう見解を述べたのち、さらに話を続ける。
「ギルドのメンバーにも当たってみましょうか?」
「そこまでしてもらうのは悪いな」
「声をかけるだけです。それに……アッシュさんには返しきれない恩がありますから。これぐらいお安い御用です」
言って、淑やかな笑みを向けてくるユイン。
普段、無表情が多いこともあってか。
こうして時折見せてくれる笑顔はなにより魅力的だった。
「わたしも友人を当たってみるわ」
ラピスがきりりとした顔で言ってきた。
表情からもユインに対抗心を燃やしているのがありありと伝わってくる。
やる気になるのは大いに歓迎だ。
ただ、彼女の場合は大きな問題がある。
「あ~……こういうこと訊くのもなんだが、ラピス。俺たち以外に挑戦者の知り合いっているのか?」
「…………いないわ」
ラピスが思い切り目をそらしながらそう答えた。
かと思うや、はっとなって口を開く。
「ヴァ、ヴァネッサとは少し話す……かも」
「ユインと被るな」
しまったとばかりに顔を歪めるラピス。
すぐさま空気を読んだユインが問いかける。
「ではマスターにはラピスさんからお願いできますか?」
「……やっぱりいいわ。あの女にそういうこと頼むと、あとが面倒そうだから」
「そ、そうですか」
ひどく渋い顔をしたラピスに、ユインが困惑気味に応じる。
ヴァネッサの性格からして、ラピスの弱味を握れば間違いなく弄り倒すだろう。その光景も見てみたところではあるが……ラピス本人からすれば避けたいと思うのも無理はない。
「そんじゃ今回は甘えるとするか。ユイン、頼んだぜ」
「はい、任せてください」
ユインが力強く頷いて応じる。
寄り道をした先で思わぬ出来事に時間をとられてしまったが、本来の目的は買出しだ。硬度上昇の強化石の件はここで一旦置いておくことにして、アッシュは2人とともに飲食物が売られている露店に向かって歩きだした。
「さてと、さっさと言われたものを買いにいくとするか。あんまり遅くなるとルナに怒られそうだしな」





