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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第三章

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◆第九話『フロストクイーン』

 ふわり、とフロストクイーンが舞い上がる。

 足先まで届くほどの長い髪や、大きなドレスのせいか。

 その存在は、より巨大に感じられた。


 ふと視界の端で硬直するルナが目に入った。

 弓を握る手がかすかに震えている。

 かつて攻略に失敗した恐怖がまだ残っているのだろうか。

 アッシュはルナの肩に手を置く。


「なに硬くなってんだ。楽しんでこうぜ」

「ほんと……アッシュはいつでもアッシュだね」


 大したことは言っていないが、気休めにはなったようだ。

 ルナの体から緊張が解けていた。

 相反して、いまだ不安を抱いている者もいるが。


「あたし、気を抜いたら真っ先に倒れる自信あるよ……」

「あ~……クララだけは別だ。いつでも全力でいいぞ」

「うん、そうする。……って、あたしだけってなんか納得いかないんだけどっ」


 クララが眉尻を吊り上げながら詰め寄ってきた、そのとき。


「来るよ、2人とも!」


 ルナの声が広間に響き渡った。


 ほぼ同時、フロストクイーンが手を広げた。指を下向けた右掌をこちらに向け、そっと空気を撫でるように上方向へそらす。と、右掌から筒状の吹雪が噴出した。


「避けろ!」


 静かな挙動に反して吹雪は猛烈な勢いで迫ってきた。

 全員が身を投げ、間一髪のところで避ける。


 後方の壁に激突した吹雪が轟音を鳴らした。

 ちらりと背後を確認すると、広範囲に渡って凍った壁が映り込む。


「……当たったら心置きなく涼めそうだな」

「涼しいじゃ済まないと思う……」


 クララとそんな会話をする中、ルナの警告が飛んでくる。


「また来るよ!」


 フロストクイーンが今度は左手から吹雪を放出していた。

 アッシュはまろぶようにして回避する。と、先ほどまで立っていた床に吹雪が衝突した。まるで水を零したように広がり、瞬く間に氷となって固まる。


 吹雪のせいか、あるいは恐怖のせいか。

 一気に体温が下がったような感覚に見舞われる。


 クイーンはなおも吹雪を飛ばしてくる。リズムこそ単調だが、まるで淀みがない。足を止めれば瞬く間に氷漬けになること間違いなしだ。


「このぉっ」


 クララが右手を突き出し、ウインドアローを放った。吹雪に負けない速度で突き進み、見事クイーンに命中――したかと思いきや、硝子の割れるような音を鳴らして直前で砕け散った。


「えぇ、なにそれ!? ずるい!」


 なにやらクイーンの前に薄い氷の壁が出現していた。ウインドアローの影響か、かすかに亀裂が走っていたが、見る間に修復してしまう。


「なんだ、あの壁は!?」

「あれのせいで矢も効かないんだ!」


 ルナが証明するように矢を放つと、先のウインドアローと同じく氷壁に阻まれた。

 牽制も兼ねてか、彼女は広間を駆け回りながら矢を放ち続ける。だが、やはりどの矢も氷壁を打ち破るには至らない。


「近接ならぶっ壊せそうだが……あれじゃ届かないな」


 クイーンは現れてからずっと最奥で浮遊したままだ。

 鞭でも届かない場所とあって、近づいたところで攻撃する手段がなかった。

 吹雪を避けたばかりのルナが起き上がりざまに叫ぶ。


「下りてくるタイミングはある! けど近づくのはかなり難しいよ!」

「難しくてもやるしかないだろっ」


 そう叫んだときだった。


 クイーンがドレスをはためかせながら高度を下げた。耳をつんざくような奇声を発しながら、そっと床に両手をつける。直後、霧が現れ、まるで波のごとくこちらへと向かってきた。霧が通りすぎた床から順に一瞬にして凍りついていく。


「2人とも跳んで! あの霧に触れると足が凍って動けなくなる!」


 霧は膝高ほども高さがあるうえに、かなり速い。

 アッシュは限界まで接近を待ったのち、前方へと飛び込んだ。氷の上を転がったのち、すぐさま立ち上がり、ほかの2人の様子を確認する。


 ルナは無事に躱していたが、クララが氷に捕まっていた。

 膝までを見事に覆われている。


「クララ!」

「アッシュくんっ」


 すぐさまクララのもとへと向かう。が、氷上とあってなかなかうまく走れなかった。ある程度、勢いがついてからあえて尻をつけて滑り込む。辿りつくなり斧を振るい、クララを拘束していた氷を砕いた。


 アッシュは斧を地面に打ちつけて勢いを止め、振り返る。


「無事かっ!?」

「う、うん。ありがと……」

「アッシュ、クララ! 上だ! 上から来る!」


 ルナの切羽詰った声に促され、見上げる。と、天井に数えきれないほどの氷柱が生成されていた。大きさはどれも人一人分とかなり大きい。


 一斉に切り離された氷柱が広間全体へと降り注がれる。逃げ場はない。アッシュはすぐさまクララのもとまで駆けると、落ちてきた氷柱をハンマーで打ち砕いた。飛び散った破片がぱらぱらと舞う。


 ルナも無事に迎撃できたようだが……。


「そういうことかっ」


 思わずアッシュは舌打ちしてしまった。

 クイーンが再び浮遊を始めたのだ。


 攻撃をしかけるタイミングはクイーンが床についたときしかない。

 だが、接近するにはまず霧の波と、氷柱をどうにかする必要があるわけだ。


「たしかにこれはかなり厳しいな……」


 床を覆っていた氷は幻のようにすぅっと溶けていく。

 どうやら氷柱が落ちてから一定時間で消滅するらしい。


 と、再びクイーンが吹雪を放ちはじめた。

 全員が四散、敵に捉えられないようにと広間中を駆け始める。


「予め接近しておくのはダメなのか!?」

「前のチームでもそれは試した! けど、それだと地上に下りてこないんだ!」

「ズルはだめってことか……っ」


 クイーンを護る氷壁は斧で力任せに破壊。

 その直後にルナの矢を射れば敵を仕留めることは可能だろう。


 だが、やはり問題は霧の波と氷柱だ。

 あの連撃のせいで接近が非常に困難なものになっている。


 吹雪のほうもずっと躱し続けられるわけではない。

 早々に勝負を決めなければ全滅は必至だ。


 そうしてクイーンを睨みながら思考を巡らせていると、クララから声が飛んできた。


「アッシュくん、氷柱がなくなればどうにかできる!?」

「どうにかできるどころか奴を倒せる!」

「だったらあたしに任せて!」

「任せろって――」

「全部、撃ち落すのっ」


 クララは右手を突き出すと、ウインドアローをストックしはじめた。1つ、2つとみるみるうちに彼女の周りに滞空しはじめる。


 ルナが焦ったように叫ぶ。


「なにしてるんだ!? それは魔力の消耗が激しいって言ったじゃないか! わかってるのか、魔力が尽きれば動けなくなるんだぞ!」

「大丈夫……だよっ」


 吹雪を躱すために駆け回っているからか、クララは息も絶え絶えに答える。

 その周囲にはすでに20のウインドアローが生成されている。


「あたしだって2人の仲間だから……!」


 強い意志を宿した彼女の瞳が青く光る。


 なにかを反射してではない。

 瞳そのものが光っている。

 通常ではありえないが、その現象にアッシュは心当たりがあった。


 これまでも塔を昇る際に片鱗は見せていたが、普段の気の抜けた行いのせいでまさかという思いが強かった。


 だが、いま、確信した。


 初代のライアッド王以来、ついぞどの王にも発現しなかった、すべての魔導師が恋焦がれてやまない血統技術。


 無限の魔力を内包する、それは――。



《精霊の泉》



 アッシュは昂ぶる感情を吐き出すように叫ぶ。


「俺が接近して壁を壊す! ルナはそのあとを狙え!」

「アッシュ! クララはッ!?」

「大丈夫だ、あいつはやれるッ!」


 こちらの企みを阻止せんとしてか。

 クイーンが床へと下り立ち、霧を生み出す構えを取っていた。


 アッシュはクララを信じて前へと全力で駆け出した。

 霧を飛び越えたのち、肩越しに振り返る。


 はなから避ける気がなかったのか、クララは霧に捕まっていた。足が凍りつき、その場に固定されている。だが、彼女の顔は諦めるどころか決意に満ちていた。それを証明するように、そばで浮遊する数えきれないほどのウインドアローが煌いた。


 アッシュは彼女へと思い切り叫ぶ。


「クララ、お前ならできる! 全部撃ち落としてやれッ!」


 一斉にウインドアローが放たれた。

 美しい風の軌跡を残しながら天井へと向かっていく。


 アッシュは命中の瞬間を見ずに走り出す。

 ただ、成功したことは広間に響いた幾つもの破砕音からわかった。


 視界を埋め尽くすように降り注ぐ無数の破片。その中をひた走り、クイーンまであと10歩といった距離に到達する。


 瞬間、クイーンが床から手を離した。


 このままでは飛び立たれ、間に合わなくなる。足から氷上へと飛び、滑り込んだ。直前に達した瞬間、斧を叩きつけて急停止。思い切り氷を蹴りつけ、斧に振られる格好で跳躍した。ハンマー側をクイーンに向け、飛びかかる。


「ぉおおおおおおおおおッ!!」


 クイーンとの間に出現した煌く氷壁。

 そこへ力の限り斧を叩きつけた。

 衝突した箇所から亀裂が一気に走り、氷壁が音をたてて砕け散る。


「ルナ――ッ!」


 叫んだのとほぼ同時、視界の右端をルナの矢が翔け抜けていく。

 最高のタイミングだ。


 破片が舞い落ちる中、クイーンの額にぐさりと矢が命中した。

 クイーンが大きく仰け反り、もがき苦しむように悲鳴をあげる。


 大きな傷を与えたことには間違いないが、まだ消滅していない。アッシュは氷壁を壊した勢いを殺さずに再び体を回転させ、クイーンの脳天めがけて斧を振り下ろす。


 抵抗を覚えたのは一瞬。

 斧は阻む氷の肉体をすべて粉砕した。


 慟哭はなかった。

 クイーンが残したのは、その肉体を構成する氷だけだ。

 それらもいまやあちこちに飛び散り、ぱらぱらと舞いながら音もなく消えていく。


 まるで無数の星が輝いているような光景。

 それが消え失せたとき、アッシュはようやく受け入れた。


 青の塔。

 20階の主。


 フロストクイーンを倒したのだと――。



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
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