◆第十三話『友人たちの結果』
真っ白な視界がすぅと色を持った。
眼前に広がるのは、見慣れた青の塔前の広場だ。
「青の10等級は1番疲れるね」
ふぅ、と盛大に息を吐きながらレオが剣を地面にざくりと突き刺す。
帰還する際、予想どおりティアマトの《ツナミ》に流されるだけでなく、ヴリトラと追いかけっこをするハメになった。そんな経緯もあり、ただでさえ重い装備のレオが疲労困憊となるのも無理はなかった。
「マキナさんたちはどこかなーっと……あ、あそこにいたっ」
クララがきょろきょろと辺りを見回したのち、あるほうを指差した。
辿った先にいたのは、岩場に腰掛けた4人組――マキナチームだ。昨日、同じぐらいに終わるかもしれない、とユインと話していたが、実際にそのとおりになったらしい。
「……なんだか空気が重そうだね」
ルナが気遣うような声でそうこぼした。
たしかに全員が俯いたうえに晴れない顔をしている。
見たところ数は減っていない。
要因としてほかに考えられるのは、彼女たちが本日挑戦すると言っていた60階戦の結果だ。
いずれにせよ、このまま遠目に窺っているだけでは事情を知ることはできない。アッシュは仲間とともに彼女たちの近くへと向かった。
こちらの接近を見て取ったか。
ちらりと向いたマキナが絶望した顔を向けてくる。
「アシュたん、ほんとどうしよう……」
「……まさかダメだったのか?」
マキナチームは塔を昇る速度こそゆっくりだが、メンバーの実力は決して低くない。60階を突破する力は間違いなく持っているはずだが……。
なんと声をかければいいのか。
そうして言葉を選びはじめた、直後。
「突破しましたぁー!」
マキナが弾けるような笑みを浮かべながら、右手に作ったピースを向けてきた。そばのユインやザーラ、レインたちも笑顔を向けてくる。そこにはもう、先ほどまでの暗い空気はない。
「え、えっ!?」
ひとり目を瞬かせるクララを見ながら、マキナチームが満足気に話しはじめる。
「いやー、アッシュたちが来るって言ってたからさ」
「マキナちゃんの提案で驚かせようって」
「はい。すべてマキナさんの悪巧みです」
「ちょっとちょっと! みんなも結構乗り気だったじゃんー! わたしだけ悪者にしないでよーっ!」
アッシュは肩を竦めながら笑みをこぼした。
この笑みは呆れ半分、安堵半分といったところだ。
「ったく、驚かせるなよ」
「ふふふ~、いつも弄ばれてますからね~。これぐらいの仕返しはしとかないと」
言って、マキナがしたり顔を向けてくる。
彼女には悪いが、騙されて悔しい気持ちはほとんどない。あるのは彼女たちが60階を突破したという事実への嬉しさだけだ。
ようやく状況を理解したのか、クララがゆっくり息をしていた。
「びっくりしたー。でも、本当に良かった。マキナさん、おめでとうっ」
「ララたん、ありがとーっ!」
両手を合わせながら喜ぶクララとマキナ。
そのそばでは、ルナがザーラとレインに向かい合っていた。
「おめでとう。きっと突破できると思ってたよ」
「ありがとな。けど、ルナがいたらもっと早くに突破できてたかもなー」
「本当に、いまでもルナちゃんがいたらって思うわ」
「あはは……あのときは本当にお世話になりました」
昔、ルナは自身の実力不足を感じて悩んでいた時期に、マキナチームに在籍したことがあった。結局、ルナは戻ってきたのだが……。
そのときのことを交えた冗談か本気かわからない言葉に、ルナが困ったような笑みを浮かべていた。
と、ユインが目の前に立った。
さらさらの金の髪をかきあげたのち、大きな瞳を向けてくる。
「突破できたのはアッシュさんがくれた助言のおかげです」
「力になれたなら良かった。けど、勝てたのはユインたちの力だ。誇っていい」
本心からの言葉だ。
ただ、ユインから返ってきたのは複雑な笑みだった。
大方、助言をもらった手前、自分たちの力だけではないと感じているのだろう。
「ま、攻略法を知ってても結局は実行できなけりゃ突破できないからな」
「そう、思うことにします。でも次からはアッシュさんの助言を活かして、攻略法も自分たちで見つけられるように頑張ります」
はっきり言ってユインとは戦闘能力に開きがある。
それでも彼女はずっと隣に立とうと必死に追いかけてくれている。
「ユインのそういうひたむきなとこ、やっぱりいいな」
「ほ、本当ですか?」
ユインが驚いたようにまぶたを跳ね上げた。
かと思うや、顔を俯けて髪をいじりはじめる。
と、マキナがぬっと顔を間に割り込ませてきた。
そのままにたぁといやらしい笑みを浮かべる。
「おやおやぁ? おふたりさん、なにやらいい雰囲気ですねぇー。じゃあ、わたしも突破したご褒美としてアシュたんからちゅーを」
言うやいなや、ぷっくり唇を近づけてくるマキナ。
だが、すぐさまその唇は遠退いた。思い切り繰りだしたユインの拳から、マキナが慌てて逃げたのだ。
「ってユインちゃん、待って! 冗談だってばっ」
「わかってます!」
「わかってるならその手を止めて!」
「いろいろ、タイミングが最悪でしたっ」
そのまま追いかけっこが始まった。
試練の間を突破したばかりの挑戦者とはとても思えない走りっぷりだ。
「相変わらず賑やかだね。彼女たちを見てると、疲れも飛んでいくよ」
駆け回るマキナとユインを見つめながら、レオが微笑んでいた。
ザーラとレインがまるで保護者のような優しい笑みを浮かべる。
「いつもだけど、やっぱアッシュたちがいるとさらに元気になるんだよ」
「ふたりとも、アッシュくんが大好きだからねー。ふふ」
そうした力が自分にあるのかはわからない。
だが、本当だとすれば悪い気はしない。
と、隣に立ったラピスが防具の裾をちょんとつまんできた。
「……わかりにくいかもだけど、わたしも元気をもらってるから」
頬をほんのりと赤らめながら窺うような目を向けてくる。
たしかに普段はわかりにくいが、いまだけは一目瞭然だ。
「それはなによりだ」
そう答えた直後、レオが背後から近づいてきた。「僕もだよ」と言いながら、予想どおり尻に手を伸ばしてきたので力の限り叩き落としておいた。
「きょ、今日は一段と強いね」
「疲れてるだろうって気遣ってた自分が馬鹿みたいだと思ってな」
「だから、いまから元気を補充しようとしてたところなんだよ」
「だったらそこらにいる奴らから補充しといてくれ」
言いながら、塔前の広場で待機する男たちのチームに視線を促した。髭を生やしたうえに全員が筋骨隆々と見るからに剛の者たちだ。さぞかしレオも気に入るだろうと思っていたが、どうやらそのとおりらしい。あまりの嬉しさに顔を引きつらせていた。
「ひとまずログハウスに行こうか。今日はお祝いだからね。腕を振るうよ」
「やった! ルナたんの手料理、美味しいから大好きー!」
ルナの言葉にいち早くマキナが反応した。
飛び跳ねながら喜びの声をあげている。
「クララ、手伝いお願いできる?」
「うん、もちろんだよっ」
クララがそう応じつつ、ルナのもとに行く。
すっかり〝料理をする人〟となったこともあり、もはや当然の組み合わせだ。
「うちらも手伝うよ」
「ええ。久しぶりのチーム戦ね」
「わたしもーっ」
手伝いを名乗りでたザーラとレイン、マキナ。
彼女たちに続いてユインも前へと踏みだす。
「では、わたしも」
「ユインちゃんはだ~め」
レインに優しく制され、ユインが小さく唸った。
ユインは料理ができないというより壊滅的という話だ。今回が祝いの席である以上、悲惨な結果に終わることは避けたいので参加は見送ってもらうほかない。
ただ、ザーラとレインの隣に立ち、あたかも料理組として振舞っているマキナの存在に釈然としなかったようだ。
「でも、マキナさんは――」
「わたしは味見役っ」
「マキナちゃんは料理しないけど、ユインちゃんはしようとするでしょう?」
レインの言葉どおりだったようだ。
ユインが口をつぐんで反論しなくなった。
俯いて悔しそうに両手に拳を作っている。
可哀相だが、ここは雑用に回ってもらうしかない。
「そんじゃ悪いが、俺と一緒に買い物組だな」
「悪いなんてことはありません。むしろこちらのほうがよかったと思っています」
上げられたユインの顔は、先ほどまでとは打って変わって晴れやかだった。悔しさは微塵も感じられない。……凄まじい切り替えの早さだ。
「わたしも付き合うわ」
ラピスがすかさず反対側に並んだ。
そんな彼女にユインが無垢な瞳を向ける。
「ラピスさんは、いいのですか?」
「わたしは……今日は料理って気分じゃないの」
ユインと同じく料理ができないだけだろう。
そう口にしようとしたところ、ラピスから機先を制するように鋭い目を向けられた。どうやらここは口を閉じているのが正解のようだ。
「僕はいつもどおり酒樽担当かな。少し時間がかかるし、先に行ってるよ!」
言うや、レオが中央広場に向かって全力で駆けだした。
ラピスが細めた目で冷めた声を発する。
「……さっきまでの疲弊してた姿が嘘みたいね」
「レオにとって酒は命の次に大切って感じだしな」
だからこそ酔うと脱衣する彼の酒癖が厄介なのだが。
しかたないなと嘆息しつつ、アッシュは両隣に並んだラピスとユインを見やる。
「そんじゃ俺たちも行くとするか」





