◆第十二話『凍結のヒュージ』
突然、オートマトンの声が聞こえてきた。
その姿はクラーケンの巨大な頭部によって隠れて見えない。
いったいどんな援護をしてくれるのか。
そう思った矢先、クラーケンの頭上を越える軌道で山なりに氷弾が飛んできた。
青の塔の通常型オートマトンが使う氷弾と同じく、丸くて硝子のような見た目だ。ただ、こちらのほうが圧倒的に大きい。3倍はあるだろうか。
氷弾が1本の触手に命中すると、弾けるように砕けた。氷の破片が飛び散る中、その1本の触手だけが綺麗に凍りつき、力を失くしたように湖へと落ちた。ばしゃんと大量のしぶきを散らしたのち、触手は湖にぷかぷかと浮きはじめる。
「アッシュ、これなら!」
「あぁ、足場にできる!」
アッシュはラピスとともにすぐさま凍った触手に飛び乗った。足場として充分に機能していることを確認後、一気にクラーケンの頭部へと疾駆。勢いに任せて互いの得物を突き刺した。
かなり深くまで刺したが、敵は悲鳴すらあげない。
巨体なこともあって虫に刺された程度の損傷なのかもしれない。
「……気持ち悪い」
ラピスが引き抜いた自身の槍を見て顔をしかめた。
クラーケンの肌はぬめっているせいか、変な粘液がついてきたのだ。
「こりゃ、今夜の手入れが楽しくなりそうだな」
アッシュはそう皮肉を言いつつ、2撃目を繰りだした。
そのとき、後方から騒がしい金属音が聞こえてきた。
この音はレオだ。
彼もまた触手を渡ってきた勢いのまま敵頭部に剣を突き刺した。体重を乗せた一撃だったからか、クラーケンの頭部がぶるんと揺れる。
「レオッ!」
「お待たせっ!」
どうやらクララの《ヒール》で完全に回復したようだ。
先の損傷など微塵も感じさせない動きで連撃をしかけはじめる。負けていられない、とアッシュはラピスとともに攻撃を再開。前衛組でクラーケンの肌をえぐるように攻撃しつづける。
「気をつけて! 氷が溶けかかってる!」
後方からクララの声が飛んできた。
足下の触手はまだ凍ったままだ。
慌てて肩越しに振り向いて確認する。
と、触手の先から氷が溶けはじめていた。
このままでは湖に落ちてしまう。
「一旦後退だ!」
アッシュは前衛組とともに反転し、急いで陸に戻る。
視界の中では、いまだにルナが触手に襲われていた。
あれだけ攻撃してもまだ標的を前衛に持ってこられないらしい。厄介なことこのうえないが、それだけ先のルナの攻撃がクラーケンに大きな損傷を与えていたということだ。やはりルナに再び攻撃をさせる、という手段は間違っていない。
「エンゴ、スル!」
オートマトンの声が聞こえてきた。
ひゅるひゅる、という間抜けな音とともにまたもクラーケンの頭上を越して飛んできた氷弾が1本の触手に命中。凍結させ、湖に敵本体までの道を作ってくれた。
再びの援護には感謝しかない。
ただ、ひとつだけ問題があった。
凍った触手が遠く離れた位置のものだったのだ。
「援護はありがたいが、できれば同じ場所に撃ってほしいところだな……っ!」
「ネラウ、ニガテ。ハシレ! ガンバレ!」
完全に開き直っている。
ココロがあるらしいが……。
あのままもし人間となれば、間違いなく大雑把な性格だっただろう。
その後もオートマトンの予測不能な氷弾によって凍った触手を伝って、クラーケンの頭部を攻撃。幾度か繰り返したところで、ついに変化が起きた。
「そっちに向いた!」
ルナの切羽詰まった声が聞こえたかと思うや、影が差した。見上げるまでもなく触手が襲ってきたと判断。前衛組は揃って後退する。と、敵が凍結した触手の根元を、べつの触手で叩く格好となった。奇しくも、それが凍結状態を解除させた。
ぐわんとたわむように足場の触手がうねる。
このままでは湖に投げだされかねない。ただ、いまもほかの触手が迫ってきている状態だ。こんな中で湖の中に入れば間違いなく命はない。
「2人とも僕の腕に掴まって!」
レオがそう叫んだ。
おそらく《エンシェント0》が持つ機能のひとつ。
《ロケット噴射》を使うつもりだろう。
アッシュは即座にレオの腕に掴まる。
ラピスも反対側に掴まろうとしたが、うねった触手によって体勢を崩してしまった。
「アッシュッ!」
「掴まれッ!」
アッシュはとっさにラピスの手を掴んだ。
すでに触手は凍結効果の余韻もなく活発に動きはじめている。これ以上の猶予はない。
「レオ、頼む!」
「了解!」
レオが《ロケット噴射》を展開。
そのまま陸地に向かって飛びはじめる。
すべての触手が鞭のようにしなりながら、勢いよく先端で叩こうとしてくる。アッシュはラピスが敵に捉えれられないようにと腕を振りながら腹の底から叫ぶ。
「もうかなり弱ってるはずだ! クララもいけるなら頼む!」
ルナから矢が空高く射られ、凄絶な光を伴って落下。
強烈な雷撃となって敵を襲いはじめる。
さらにクララも1組15発の《ライトニングバースト》を何度も繰り返すように放ちはじめる。
耳をつんざくような悲鳴をあげながら、クラーケンが暴れはじめた。標的など関係なしといった様子で触手を振り回しはじめる。その1本が薙ぐような軌道で後衛組に向かっていく。
「やらせないよっ!」
レオが盾で触手にぶつかったのち、アッシュはラピスとともに得物を思い切り突き刺す。勢いをわずかに緩めることはできたが、それでも止めるには至らなかった。ずるずると押しやられ、ついに後衛組が弾き飛ばされてしまうかと思った、そのとき。
ぴたりと触手が止まった。
次いで湖の中に引っ込みはじめる。
見れば、クラーケンの頭部が沈んでいた。
その様子からはもう生気は感じられない。
クララが疑念の眼差しで、クラーケンが沈みきった湖を見つめる。
「た、倒したのかな……?」
「みたいだね」
ルナが弓を下ろした。
討伐の証明を示すように真正面の陸地にジュリーが出現した。やはりレア種扱いだったようでかなりの量だ。クララがガマルを追い越してジュリーに駆け寄っていく。
最中、湖の中央からオートマトンが《ロケット噴射》でこちらの陸地に渡ってきた。着地してから間もなく、目を明滅させながら話しはじめる。
「ボク、ヒュージ。キュウジョ、カンシャ、カンシャ」
バゾッドやボニーと同じく、やはり名前があったようだ。
これも〝ココロ〟があるからだろうか。
「バゾッドから聞いてきたんだ。ゼロ・マキーナ討伐に協力してくれるか?」
「モチロン。タスケテ、モラッタ。オレイ、スル」
その言葉を機に、左手の甲に紋様が浮かび上がった。
中央の球を包み込む3つの炎のうちのひとつに光が灯る。これで2体目のオートマトンから正式に協力を得られた、ということだろう。
「トキ、キタラ、ゴウリュウ、スル」
「了解だ。またな」
ぶんぶんと手を振るヒュージ。
まるで人間の子どものような無邪気な見送りに、ラピスもすっかり心が和んだようだ。「ちょっと可愛いかも」とこぼしていた。
わずかな遅れはあるが、ほぼ予定どおりだ。
おそらく夕方前には帰れるだろう。
「ユインたち、今頃60階に挑戦してる頃かな」
隣に並んだルナが空を見上げながら言った。
仲間にはユインたちが60階に挑戦すること。
また突破したら祝う約束をしていることを話してある。
「あいつらならきっと突破するはずだ」
「だね。帰ったらお祝いの準備をしないと」
言って、微笑むルナ。
大人数の食事の準備をするのは決して楽なことではないはずだ。それでもユインたちのチームに世話になった過去があるからか、心から祝福したいという気持ちが窺えた。
「そんじゃ、また水に流されつつ帰還するとするか」
アッシュはにっと笑みをこぼしつつ、中庭から城内に戻る階段を上りはじめた。
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