◆第八話『上を目指すために』
「にしても、まさか《フェニクス》シリーズが落ちるなんてな。しかも胴だ」
アッシュは中央広場に戻ってきたとき、本日の収穫を驚きとともに口にした。
赤の塔でボニーの協力を取りつけたのち、帰還する際のことだった。道中で倒したフェニクスが防具の交換石をポロッと落としたのだ。
「脚と腕はあるから、あとは足だけだな」
「フェニクスしか落とさないレア品らしいから、かなり良いセット効果がついてるかも」
ラピスがそう言うと、仲間の視線がクララとルナに向いた。2人が着ているのは9等級の《ヴァルキリー》シリーズだ。ローブと軽装とあって多少の違いはあるが、意匠はひどく似通っている。
「あたしはまだ《ヴァルキリー》でいいかな。標的にされにくいって効果はやっぱりまだ捨てがたいし」
「だね。それより個人的にはレオの防具を一新してほしいって気持ちがあるかも」
「え、僕かい? 《エンシェント・0》に変えたばかりだしいいよ。遠慮する必要はないんだよ」
「いや、遠慮とかじゃなくて。周囲の目が痛いっていうか……」
言って、ルナが困ったように笑う。
その言葉どおり周囲の挑戦者からレオに視線が集まっていた。くすくすとひそめた笑い声も聞こえてくる。それらを感じとったレオが首をゆっくりと左右に振る。
「こんなに格好いいのに。みんなが理解できないよ」
「わたしはあなたが理解できないわ」
「あたしも、ちょっとそれは……」
ラピスに続いて顔を引きつらせるクララ。
レオがいまにも泣きそうな顔になると、目で救援を要請してきた。
同情はする。
が、こちらの感性も大衆よりだ。
「メンバーの精神状態を整えることも攻略には必須だからな」
「そんな……!」
「ま、4部位揃えて効果を聞いてから決めようぜ。それからでも遅くないだろ」
「アッシュくんっ!」
先ほどとは打って変わって顔を明るくするレオ。
一縷の望みにすがるのは悪いことではない。ただ、チームの総意としても彼はいずれ防具を変えることになりそうな気がしてならなかった。
と、ルナが少し疲れたように息を吐いていた。
目ざとくそれを見ていたこともあり、ばつが悪そうに笑うルナと目が合った。
「今日は少し疲れちゃったから外食でいいかな?」
「もちろんだ。ただ、飯を食うにしてもまだ少し時間があるな」
空は端のほうが赤く染まりはじめている。
開いている店はあるものの、腹の空き具合的にもう少しだけ遅い時間に食べたいところだった。
「それじゃ先に水浴びしてきてもいい?」
ラピスが肌に貼りついた一房の髪を鬱陶しそうに耳にかけながら言った。彼女の隣ではクララがローブの胸元を摘みながら顔を歪めている。
「あたしもー。防具はなおしてもらったけど、汗が気持ち悪くて……」
「赤の塔は暑いから、どうしてもね」
ルナも汗で湿った前髪を整えている。
彼女が生まれ育ったマリハバの地は比較的気温が低い。弱音を口にしないものの、赤の塔のような暑いところはあまり得意ではないのだろう。
「わかった。そんじゃ一旦解散してまた中央広場で落ち合おう」
「は~いっ」
元気よく返事をしたクララとともにラピスとルナがログハウスのほうへと歩きはじめる。
こちらとしても汗を流したい気持ちはあるが、外食をする挑戦者は少なくないため、あまり遅くなれば席を確保できなくなる。身なりを常に整えておきたい気持ちでは女性陣には負けるため、我慢するほかない。
アッシュは委託販売所を横目に見ながら、残ったレオに言う。
「俺は時間つぶしついでに委託販売所でも覗いてくる。硬度強化石がまた新しく売りだされてるかもだしな」
「僕は知り合いにあたってみるよ。委託販売所に出してない人もいると思うしね」
「頼む。一応2万1千以下を買い取るってことにしてるが……友人相手なら相場に直接影響しないし、少しぐらい高めでも問題ないかもな」
「了解。それじゃ2万3千ぐらいで買い取るようにしておくよ」
金銭面で困っているわけでもないし、なによりこちらは最上位のチームだ。ジュリーが貯まる速度は島でもっとも早い。友人に損をさせるような形をとるわけにはいかない。
「それじゃ、またあとで」
おう、とアッシュはレオに別れを告げ、ひとり歩きだす。
西側通りから角を曲がり、北側通りへと差しかかった。
左手側にベヌスの館、その奥に委託販売所が見えてくる。と、それらとは反対側――視界の右端に気になるものが映った。
ベンチに座った小柄な挑戦者だ。
短めの金髪に褐色の肌、と島では唯一無二の外見とあってすぐに彼女だとわかった。
ギルド《ソレイユ》のメンバー。
ユインだ。
なにやら彼女は俯いているうえに表情も暗い。
というより強張っているように見える。
そっとしておく、という考えも浮かんだが、すぐに振り落とした。もしひとりになりたいのであれば、こんな人通りの多い場所に来たりはしない。きっとなにか思い悩んでいるのだろう。
アッシュは静かに近寄り、そのままユインの隣に腰を下ろした。
「よっ、そんな顔してどうしたんだ?」
「……アッシュさん」
ユインが顔を上げ、目を見開いた。
だが、すぐに視線を下向けてしまう。
きっと悩みを打ち明けるかを悩んでいるのだろう。
そのまま問い詰めずに待っていると、ユインが目を伏せてゆっくりと深呼吸をした。それから真剣な顔を向けてきたのち、意を決したように口を開く。
「いきなりでごめんなさい。わたしに……助言をもらえませんか?」





