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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第三章

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◆第八話『真相』

「ルナさんっ!」


 すかさずクララが駆け出そうとするが、すぐに動きを止める。

 ルーカスがルナの首元に突きつけた短剣をくいと動かしたのだ。


「おっと動くなよ。アッシュは斧を下に置け」


 指示通りに斧を足下に置いた。

 ルナもすでに弓を足下に置かされている。


「2人ともごめん、へましちゃったよ……」


 そう口にしたルナに怯えた様子はなかった。

 それより捕まったことに対する自責のほうが強いようだ。


 とはいえ、転移直後を狙われるとは誰も予想できなかった。

 彼女に非はいっさいない。


 いずれにせよ、いまは現状の整理が先だ。

 なぜルーカスがルナを人質に取ったのか。


「お前、どうして……」

「要求はひとつ。クレイディア姫の命だ」


 ルーカスは端的にそう述べてきた。

 クララの正式名称を知っている。

 つまり――。


「……お前が協力者だったってことか」


 暗殺者たちに追われた直後のことだ。

 ルーカスを見た瞬間、その可能性は頭に浮かんでいた。


 おそらく青の塔に来たことも、ルーカスの作戦のうちだったのだろう。まんまと踊らされていたわけだ。アッシュは思わず舌打ちをしてしまう。


 と、なにやらルーカスが眉根を寄せた。


「いや、たしかに情報は売ったが……協力者ってのとは少し違うな」


 クララのほうをちらりと見やる。


「いいぜ。事情も知らずに死ぬのは可哀相だからな」


 心無い言葉にクララが萎縮する。

 ルーカスは構わずに話を続ける。


「あの黒ずくめの奴らは姫をさらいに来たんだ」

「殺しに来たの間違いだろ。ウォレスから聞いたぞ」

「表向きはそれで間違いない。だが、実際は違う。ある人物――国王の側近に姫の身柄確保って内容に変えられてる」


 彼の話が真実かどうか。

 疑念半分、そうかもしれないという思いもあった。

 なぜなら暗殺部隊の攻撃が思った以上にぬるかったからだ。


「……その側近の奴は、クララをさらってどうするつもりなんだ」

「ライアッド王の対抗馬として姫を担ぎ上げようとしてんだよ」


 クララには王家の血とともに敵討という大義名分もある。

 内乱を起こす際、旗印としてこれ以上ない存在だ。

 クララが信じられないとばかりに首を振る。


「どうして……」

「ライアッドはでかい国だ。謀反を起こす奴がひとりやふたりいてもおかしくはないだろ。姫の親がそうされたように」


 言って、ルーカスは鼻で笑った。

 そのそばでルナが忌々しげに吐き捨てる。


「馬鹿げてる」

「そう、馬鹿な争いだ。だから俺がここにいる。もし姫が島から出ようとしても始末できるようにな」

「あたしはべつに王位なんて欲しくない。敵討だってどうでもいい。ただ、ここにいたいだけなのに――」

「姫の意見なんて関係ないんだよ」


 ルーカスがばっさりとそう切り捨てた。


 やけにクララの情報をたくさん持っていると思っていたが……。

 ルーカスは彼女を監視していたのだ。

 おそらく島に来てから、ずっと。


「誰がそんなことを……」


 ――命令したのか。


 クララは唇を震わせるだけで続きを口にしなかった。

 本当は彼女もわかっているはずだ。

 なにしろ動向を知りえた者はそう多くない。

 それでも信じたくなくて、きっと訊いている。


 ルーカスが少し目を細めたのち、さらりと口にする。


「バルバド公だ」

「……そんなはずない。そんなはずは……」

「残念だが事実だ」


 ルーカスの無情な言葉にクララは完全に沈黙した。

 俯きながら、ただ呆然としている。


 話を聞いた限りバルバド公はクララにとって育ての親も同然だ。

 そんな人間から死を突きつけられたのだから無理もない。


 おそらくはバルバド公も国の混乱を避けるためにやむなしの処置だったのだろう。そうでなければ、わざわざルーカスを監視役につけてまでクララを生かしはしない。


 だが、たとえどんな事情があってもいまのクララには慰めにもならないだろう。


 ふと、ラピスの言葉が脳裏に蘇った。

 レオがあとをつけていたという話だ。


「あいつは……レオもお前の仲間なのか?」

「んなわけないだろ。むしろ俺を警戒してたぐらいだ。あいつ、あれで勘がいいからな」


 内心でほっとした。

 友人だと思っていたルーカスに裏切られたばかりだ。

 レオまでとなっていたら自分の目をくり抜くところだった。


「さて、話は終わりだ。クレイディア姫。友人のため、国のために死んでくれるか?」


 その淡々とした口調に腸が煮えくり返りそうになる。

 だが、怒ったところでできることはない。


 どうにかして隙を突き、ルナを助け出せないか。

 そう思考を巡らせはじめたときだった。


 ルナが静かに口を開いた。


「……ボクはマリハバの戦士だ。仲間の命を犠牲に生きるなんてことはできない」

「まさか言ってみたかったセリフってやつか?」


 冗談めかして言うルーカスを無視して、ルナが微笑む。


「叶うならきみたちともっと塔を昇りたかったけどね」

「おいおい、嘘だろ……」


 ルナが自らの首を短剣の刃に近づけていく。


「なにしてんだ、ルナ! おい、やめろ!」


 アッシュは制止の声をあげるが、ルナは止まろうとしない。

 ついに刃が首に食い込もうとした、そのとき。


「ダメだよ、ルナさん」


 クララがやけに落ちついた口調で待ったをかけた。

 見れば、彼女は顔を上げて真っ直ぐに前を向いていた。

 とても失意の中にあるとは思えない。


「あたしだって友達を犠牲にしてまで生きたくないよ」

「でも、このままだとクララが――」

「ルナさんがなんて言おうと、これはあたしの問題だから」


 そこには有無を言わさぬ迫力があった。


「ここは好きだよ。やっと作れた居場所だもん。でもね……あたしなんかとチームを組んでくれた友達のほうがもっと大切なの」


 死を前にした者とは思えない飛び切りの笑顔だった。


 これまで孤独の中で戦い続けてきた彼女が自身の命を犠牲にしてまで守りたいと思った仲間。その中にいることを心から嬉しく思う。だが、同時に胸が締め付けられるような感覚に陥った。


「心温まる話をしてるとこ悪いが、姫が命を差し出すってんなら、さっさとやるぜ」

「先にルナさんを放して」

「無理だ。3対1だぜ? 姫を殺してから解放する。……と言っても手が空いてないからな。アッシュ、姫にスティレットを渡せ」


 ルーカスが顎をくいと動かして指示を出してくる。

 いまのクララに武器を渡せば本当に自害するかもしれない。


 もう手は残っていないのか。

 そう思ったとき、強い視線を感じた。


 ルナからだ。

 彼女のほうを見ると、なにやらゆっくりと口を動かしていた。

 読唇術は得意ではないが、単純な単語だったうえに状況からすぐに推察できた。


 ――気を引いて。

 彼女はそう言っている。


「なにしてる、早くしろ」


 少し苛立ったようにルーカスが声をあげた。

 アッシュはクララの様子を窺ったあと、足下の斧を見る。


「斧じゃダメなのか?」

「姫に持てると思うか?」

「……無理だな」


 肩をすくめながら答えた。

 直後、つい先ほどまで凛々しかったクララの顔が一気に崩れた。


「……ちょっと待って。それぐらいあたしだって持てるよ」

「いや、これ結構重いぜ」

「持てるよ! アッシュくん、あたしのことバカにしすぎっ」


 クララは勇み足でそばまで来ると、両手で斧を掴んだ。

 んんっ、と気張りはじめる。


「おい、なにしてる! 勝手な真似は――」


 ふいにルナがルーカスの顎に頭突きをかました。

 ごっ、と音がする。

 あれは痛そうだ。


「くそッ!」


 しかし、ルーカスも熟練の戦士ゆえか。

 怯んだのは一瞬で、すぐにルナの背中へと短剣を突き刺そうとする。


 直前、アッシュは手に取った鞭を勢いよく繰り出した。

 ルーカスの腕に命中し、強烈な破裂音を響かせる。


 いま出せる最高の衝撃を与えたが、ルーカスの手には短剣が握られたままだ。

 しかし、その手はまるで時が止まったように硬直している。

 麻痺の強化石の効果だ。


 1個だけとあって効果は一瞬だが、ルナが抜け出すには充分だった。彼女は素早く足下の弓を回収し、こちらまで駆け寄ってくる。


「ほ、ほら……っ! 持てた、でしょっ」


 緊迫した状況の中、いまさらクララが持ち上げた斧を見せつけてきた。

 あまりに踏ん張りすぎて周りが見えていなかったようだ。


 その呑気な姿に思わずアッシュは笑ってしまった。

 斧を受け取ったあと、荒々しくクララの頭を撫でる。


「ああ、よくやった」

「え……ルナさん? えっ?」


 ルナが近くにいることにようやく気づいたようだ。

 目を瞬かせている。


「クララのおかげで助かったよ。ありがとう」

「ど、どういたしまして……?」


 ルナに感謝をされ、首を傾げるクララ。

 なにがなんだかわからないといった様子だ。


「麻痺の強化石、やっぱり使って正解だったね」


 隣に並んだルナが得意気に言ってきた。


「ああ、まったくだ」


 アッシュはそう答えながら、ルナとともにルーカスを牽制するよう武器を構える。

 当のルーカスは顎を撫でながら頭を軽く振っていた。

 よほど先の頭突きが効いたらしい。


「これで形勢逆転だな。さすがに3人が相手なら無理できないだろ」

「そう、だな。3人だったらな。っと、ちょうど来たようだ」


 ルーカスがにやりと笑いながら意味深な発言をした、直後。

 彼の背後の魔法陣から青い燐光が幾つも噴き上がった。


「なっ」


 アッシュはルナととももに思わず驚嘆の声をあげてしまう。

 現れたのが10人という大人数だったこともある。

 だが、それ以上に見覚えのある者がいたのだ。


「ルミノックス……ッ!」


 ルナが苦々しく口にする。

 アッシュは《ルミノックス》のメンバー全員の顔は知らない。

 だが、ルナとチームを組んでいた者たちの顔はしっかりと覚えている。


「遅かったな」

「こっちはお前と違って集団なんだよ。集まるのに時間かかるっての」


 ルーカスの愚痴に、《ルミノックス》のメンバーが吐き捨てるように答える。

 アッシュは警戒を強めながら問いかける。


「どうしてそいつらが……」

「お前たちに敵対するって話をしたら、快く協力してくれたんだよ」


 ルーカスが得意気に説明すると、《ルミノックス》のメンバーがひとり前に出てきた。

 以前、交戦した者たちのリーダーだ。


「よぉ、ルナ。この前はよくもやってくれたな? えぇ、おい」

「ガナンド……ッ」


 リーダー格の男――ガナンドはルナの苦しげな顔を見て、満足気に笑んだ。


「さあ、形勢逆転だぜ」


 ルーカス、ガナンドが武器を構えたのを機に後ろのルミノックスメンバーも気だるげに戦闘態勢に入った。数で圧倒しているからか、馬鹿にしているのがありありとわかる動きだ。


「どうする、アッシュ」


 ルナが潜めた声で訊いてくる。


「さすがに挑戦者をあれだけ相手にするのは厳しいな」

「だね。かといって逃げ道は――」

「あるぜ、逃げ道」


 アッシュは即答した。

 この状況に陥った瞬間から候補として浮かんでいた。


「……まさか」

「そのまさかだ」


 いまも背中側にある試練の間。

 そこへと逃げ込む。


「おいおい、まさか試練の間に逃げようってんじゃないだろうな」


 さすがにルーカスも敵も気づいたようだ。


「やめとけ。お前たちにはまだ早い。第一、入ったところで無駄だぜ。出口で待っててやるからな」


 たしかに交戦が先延ばしになるだけかもしれない。

 だが、時間を稼ぐ意味はある。


 アルビオン。

 前回も早々に騒動に駆けつけた彼らのことだ。

 今回もここまで来る可能性は充分にある。

 あまり頼りたくはないが、この際仕方ない。


「お前には無理だ、ルナ。お前も、俺もここが限界なんだよ!」


 ガナンドが叫ぶ。

 以前、彼らのチームで青の塔20階の攻略に失敗したとルナは言っていた。

 それがきっかけでチームが崩壊した、とも。


 ルナが弓を握る手を強めながら答える。


「そうかもしれない。でも、いまのボクには仲間がいる。もう一度挑戦しようって気にさせてくれる……信頼できる仲間がね」

「ルナ、てめぇ……!」


 ガナンドが剣を振り上げるが、それが下ろされることはなかった。

 ルナが矢で弾いたのだ。


「クララ走れ!」


 アッシュはそう指示を出しながら、ルーカスの足に鞭を打ち込んだ。

 先に走り出したクララ、ルナのあとを追って走り出す。


「逃がすな!」


 魔法が放たれたのか、後ろから様々な色の光が明滅している。

 どこまで敵の攻撃が迫っているのか。

 振り向く暇なんてなかった。


 3人揃ってひた走り、ついに魔法陣へと飛び込んだ。

 再び地に足がついたとき、暗い空間――試練の間へと移っていた。


 アッシュは隣で起き上がったルナへと声をかける。


「最高の煽りだったぜ」

「あはは……恥ずかしいな」


 ルナは赤くなった顔を見られないようにとそっぽを向く。

 珍しく照れているようだ。


「あの、2人とも……っ」


 クララが改まってなにかを言おうとしていた。

 大方、また「巻き込んでごめん」なんて言葉だろう。


「その問題は解決済みだろ。俺たちは仲間だからな」

「うん……ありがと」

「それに、いまはあいつを倒すのが先だ」


 アッシュは広間の最奥へと目を向ける。


 ゴブレットで揺らめく炎に照らされ、それは正体をあらわにしていた。


 煌びやかなドレスや装飾品を身につけた女性。

 思わず見惚れそうなほど美しい身なりをしている。


 だが、彼女は決定的に人間と違っている。

 その肉体も、服飾も、すべてが氷でできているのだ。


 青の塔。

 20階の主。


 フロストクイーンだ。



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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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