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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【悪鬼螺旋】第ニ章

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◆第十五話『取り戻した日常』

「よっ、ロウ。怪我のほうはもういいのか?」

「《ヒール》で治せる程度の傷だった。問題ない」


 オルティスとダグライ帝国の狂人が起こした騒動の翌日。

 中央広場の南側通りに置かれたベンチにひとり座っていたところ、ちょうどロウが前をとおりかかった。


 少し話していかないか、とベンチに向けたこちらの視線にロウがためらいなく応じる。どうやら彼もなにか話したいことがあるようだ。


「あ~、ベイマンズは?」

「あまり弱味を見せない男だからな」


 つまり変わりはないということだろう。

 昨日の騒動は聖王ノダスを中心に起きたことだが、ベイマンズも当事者のひとりといえる関係だった。にもかかわらず何事もない、とはさすがの豪胆さだ。


 アッシュはロウから視線を外し、前を向いた。

 視界にはすっかり元通りになった賑やかな中央広場が映っている。


「しっかし、昨日あんなことがあったってのにもういつもどおりに戻ってるんだもんな」

「我々としてはそのほうがありがたいところだが……不気味ではあるな」


 ロウも同様に感じていたようだ。

 騒動が収まってもなお、胸の内がすっきりしない最たる理由だった。


「アッシュ、どう思う?」

「……ミルマのことか」

「ああ。これまで同様のことをしてきた者は追放されたが、今回に限ってミルマは沈黙を貫いた。それどころか気づけば中央広場からいなくなっていた」


 間違いなくミルマ個人の判断ではない。

 おそらくはベヌスの指示。

 あるいは――。


「なにか追放できない理由があった。そう考えるのが自然じゃないか」

「やはりきみもそう考えるか」

「とはいえ、その理由ってのがわからないんだけどな」

「なにか引っかかることはあるように見えるが」


 ロウが見透かすような目を向けてきた。


 個人的にはオルティスが塔内に存在した黒い天使と同じ空気を纏っていたこと。それそのものへと変化しそうになったことがもっとも気になっていることだった。


 ――神アイティエルが創造した塔内の魔物と酷似した存在。


 あれらがもしアイティエルとなんらかの形で繋がっているのだとすれば、ミルマが手を出さなかったことにも納得できる。……ただ、これは完全なる憶測だ。


 アッシュは肩を竦めて応じる。


「いずれにせよ、ミルマに訊いたところで答えは返ってこないからな」


 塔の管理人には笑顔でいなされ、ウルには困った顔を向けられ――アイリスには完全に無視をされてしまった。どうやらミルマたちに話す権限はないらしい。


「すっきりしない結末だな」

「知りたきゃ昇れってことだろ」


 さすがに神なら答えを知っているだろう。

 もし話してくれなければ、そのときは神を倒して〝願い〟でも使って教えてもらえばいい。そう考えることで胸中の靄を一旦外へと追いやった。


「アッシュたちは、今日は塔を昇るのか?」

「俺は余裕なんだが、仲間が疲れ果ててるからな」

「とてつもない数の敵を相手にしたんだ。無理もない」

「そっちは?」

「こちらはこれから出る予定だ」


 ロウが立ち上がり、苦笑した。

 おそらくベイマンズの決定だろう。


 そこには少しでも早く日常を取り戻したいというベイマンズの考えが透けて見えた。弱味を見せないといっても、やはり彼自身に少なくない影響を与えていたようだ。


「では、また」

「おう」


 ロウが去り、またひとりになった。


 このまま中央広場で行き交う人やミルマの流れを見るのも悪くはない。ただ、目に映る光景に少しだけ変化が欲しい。そんな思いから立ち上がったとき、視界に見知った顔が映り込んだ。


 神聖王国の聖王。

 ノダス・サリュアンゼだ。


「少しお時間よろしいかな」

「……もう出るのか?」

「この島にいる理由がなくなりましたので」


 南側へと歩いてきたことからそう察したのだが、どうやら当たりのようだった。


「ジュラル島へ向かうよう天啓を受けた際、初めはあなたをミロへと誘うためだと思っていました。ですが、どうやらわたしが助かる道を示してくれたものだったようです」

「あんま天啓とか信じないタチなんだが……たしかにこの島じゃなかったらどうなってたかわからなかったな」


 ミロは決して弱い国ではない。

 だが、ダグライの狂人は死をも恐れぬ戦士だ。

 ノダスだけを狙って襲撃されていれば殺されていた可能性は高いだろう。


 そんなことを考えつつ、アッシュは視線を少し横にずらした。ノダスのそばに控える形で立つ、とても爽やかな顔をした青年へと声をかける。


「で、誰だあんた?」

「キヴェールですっ!」


 聖騎士の象徴とも言える真っ赤な鎧を着ていることから、その可能性は考えていた。だが、ここまで戦いに無縁そうな顔をしているとは思いもしなかったのだ。


「そんな顔だったんだな。ずっと兜被ってたからわからなかったぜ」

「脱ぐつもりはなかったのですが、兜が壊れて上手く被りなおせなくなってしまったので仕方なく……」


 キヴェールは己の顔に自信がないのか、少しだけ恥ずかしそうにしていた。どこかの貴族の社交場で歩いていてもおかしくない顔立ちだ。もしかすると過去に屈強な戦士たちから馬鹿にされることがあったのかもしれない。


 とはいえ、聖騎士にまで上り詰めたのだ。

 そのうえ聞くところによると勇気を出してオルティスに立ち向かったという。立派な戦士として彼には自信を持ってもらいたいものだ。


「英雄の子孫……いや、アッシュ・ブレイブ殿。此度の件、改めて感謝いたします」


 居住まいを正したノダスが深々と頭を下げてくる。

 キヴェールも倣ってあとに続いた。

 アッシュは思わずため息をついてしまう。


「俺はあんたを助けることを優先して動いたわけじゃない」

「それでも助けていただいたことには変わりありません」


 彼らがそう思いたいのなら勝手にすればいい。

 そもそもひとりでは処理しきれなかった相手だ。仮に感謝を受けるとしても、それは騒動を収めるために動いた者すべてのものだ。


 ノダスは頭を上げると、皺まみれのまぶたを持ち上げた。いっさいの淀みがない瞳でこちらをじっと見据えてくる。


「このような立場で誠に恐縮ですが……協力していただく件についていま一度考え直してはいただけないでしょうか。今度は世界平和のためだけでなく、ミロの再興にも力をお貸しいただきたい」

「やることが増えたな」

「まずは内から、とお教えをいただいたので」

「あんた聖王よりどっか普通の国の王が向いてたんじゃないか」


 どう見ても野心家の目をしている。

 このような男がまさか聖王をしているとは驚きだ。……いや、このような男だからこそ腐敗したミロの中でもここまで生き、改革に至ろうと決意できたのかもしれない。


 そんなことを思いながら、アッシュは答えを返す。


「悪いが、俺は見渡せる範囲で手一杯だ」

「残念です」

「とてもそう思ってるようには見えないけどな」

「皺のせいでそう見えたのかもしれません」


 ――これからミロを変えていく。

 おそらくその意志を遠まわしに伝えてきたのだろう。

 本当に王として面の厚さも充分だ。


「そういやルグシャラはどうしたんだ? あいつも帰るんだろ?」


 辺りを見回してもその姿は見つからない。

 どこかではぐれたのだろうか。

 いや、誰かに決闘をしかけている可能性のほうが高いか。


「もう彼女がわたしについてくる理由はないのです」


 それはどういう意味なのか。

 目で問いかけたところ、ノダスの口から驚きの言葉が返ってきた。


「彼女は聖騎士をやめたのです」



     ◆◆◆◆◆


 ノダスたちと別れたのち、アッシュは《アルビオン》のギルド本部前を訪れると、面白い場面に出くわした。


「いいか、ルグシャラ。不審者を見つけたらすぐに本部に報告だ」

「はい、ますたぁっ」

「そしてみだりに戦闘をしかけないこと」

「えぇ~……」

「えぇ~じゃない! 返事っ!」

「はい、ますたぁっ!」

「いい返事だ」


 満足そうに頷くシビラと、ずっとへらへら笑っているルグシャラ。


 その異様な光景に道行く者たちも目を見開いて驚いている。


 なにがどうなっているのかはルグシャラの左肩を見れば一目瞭然だった。そこには《アルビオン》のメンバーである証――盾の徽章が刻まれていた。


「残るとは聞いてたが……まさか《アルビオン》に入ってたとはな」


 アッシュはそう口にすると、シビラが複雑な顔を向けてきた。


「なにをしでかすかわからないからな。いっそ我々が監視する形で面倒を見たほうがいいと思ったまでだ」


 ルグシャラが残ると聞いたとき、はっきり言って毎日が問題だらけで面倒なことになりそうだと思っていた。だが、シビラが面倒を見てくれるのなら心配はいらないだろう。


 と、ルグシャラが抗議をするようにふくれっ面をシビラに向ける。


「べつに悪いことなんてしませんよー」

「夜に徘徊して挑戦者を襲っていたのはどこの誰だ」

「あれは合意のもとですから問題ないですよー。そ・れ・よ・り! アッシュさま、いまから闘いましょ~っ」

「きみはさっきまでなにを聞いていたんだっ」


 ……訂正だ。

 たとえシビラが面倒を見てくれたとしても多少の問題は起こるだろう。

 アッシュは呆れつつ、詰め寄ってきたルグシャラへと問いかける。


「ほんと変わらないな。ほかにしたいことないのか?」

「じゃあ、クルナッツを奢ってください……っ!」


 彼女は一瞬も迷わずに目を輝かせながらそう答えた。

 以前、《スカトリーゴ》で食べた際に気に入っていたようだが……思った以上に彼女の中で大きな比重を持つ存在となったようだ。


 戦うことしか頭になかった彼女からは考えられない変化だ。

 アッシュはにっと笑って答える。


「わかった。そんじゃ、これから行くとするか」

「やりましたぁ~、これで今日の食事代が浮きました」


 そうしてルグシャラとともに中央広場を目指して歩きだしたところ、「え、え?」とシビラが立ち止まったまま混乱していた。アッシュは肩越しに振り返って叫ぶ。


「なに突っ立ってんだ! シビラも行こうぜ!」

「わ、わたしもいいのかっ!?」

「当然だろっ」


 そう答えてから間もなく、後ろから「よしっ」と聞こえてきた。

 もう少し声を潜めたほうがいい、と忠告するのはきっと野暮だろう。


 アッシュはくすりと笑ったのち、隣を歩くルグシャラに視線を戻した。

 楽しみで仕方ないのか、彼女の足取りは弾みまくりだ。


「しっかし、よかったのか? 聖騎士なんてそうそうなれるもんじゃないだろ」


 正直、素行に問題大有りのルグシャラが聖騎士になれたのは奇跡というか謎でしかない。それでも彼女が得た聖騎士の称号は本物であり、多くの者が得ようとしても簡単には得られないものだ。


 おそらく自ら辞めるなんてことは前代未聞だろう。

 だが、彼女からはいっさいの後悔を感じられなかった。


「あんなの、ダグライ帝国と好き勝手に闘うためのものでしたから。ダグライと繋がっててばっちいってわかったいまは、もう関わりたくないです」

「けど、聖王も聖騎士の改革に乗り気だったぜ」

「腐ったところをなおすのにはぜ~ったいに時間がかかります。それにルグシャラはわかったのです……ここで装備を集めて強くなったほうが、ダグライをぶっ潰すには近道だって」


 ジュラル島の装備は、外の装備とは比べ物にならない力を持っている。上層の装備であればなおさらだ。


 ダグライ帝国を潰す、ということが大前提であるなら、ルグシャラ自身が力をつけることはなにも間違いではない。あまり考えていないように見えるが、彼女なりにしっかりと考えているようだ。


「たしかにそっちのほうがいいかもな」

「はいっ、なので――」


 ルグシャラが首を傾け、覗き込むようにして顔を向けてくる。


 アッシュは思わず目を瞬いてしまった。

 これまでの狂人染みた奇行が嘘だったのではないか。

 そう思えるほど純粋な生娘のような笑顔がそこにあった。


「これからもよろしくお願いしま~す、アッシュさまぁっ」




これにて【悪鬼螺旋】は終了。

次回から【機巧戦線】に移行します。


今回は少し塔の話からそれましたが、次回からまたがっつり攻略していきますのでお楽しみにです。


また何度も恐縮ですが、書籍版『五つの塔の頂へ』のほうもよろしくお願いいたします。2巻のソレイユメンバーを拝みたいので何卒……!

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