◆第十四話『争いの果て』
兜が壊れたことでオルティスがいかに悔しがっているのかをはっきりと見て取ることができた。血管が浮き上がるほどに顔を歪ませながら地を踏み、一気に接近してくる。
「アッシュ・ブレイブゥッ!」
剣を振る速度も、剣に込められた力も相当なものだ。
しかし、それでもやはり10等級階層に出現するシヴァほどではない。
アッシュは敵の剣に自らの剣を添え、最小限の力でいなし、幾度もやり過ごしていく。やがて敵の体の重心が大きくズレたのを機に前へと踏みだし、駆け抜けざまに右腹部の鎧を破壊した。
すぐさま振り返って身構える。
と、苦痛ではなく驚愕の色で染まったオルティスの顔が映り込んだ。
「なぜだ……最初に対峙したときとはまるでっ」
「当然だろ。あんときゃ〝人間相手〟だったからな。いまのお前は〝魔物〟と同じだ。手加減する気はないぜ」
アッシュは自ら前へ出た。オルティスの反応は追いつかなかったものの、今度は黒い翼が反応してきた。互いに触れ合ったと同時に弾かれる。
合間を埋めるようにオルティスが剣を突き、払いを繰りだしてくる。それらをアッシュはいなし、またも隙を見つけては敵の鎧を破壊する。交戦時間がかさむほどにオルティスの顔が焦りと苦悶で歪んでいく。
「我が力は《ミロの加護》の力を増幅させ、より神に近づいた力だぞッ! なのに、なぜなんの力も使っていない相手に……!」
途端、オルティスがはっとなった。
「そうか、あの力を……あのおぞましい力を使って――」
オルティスが言い終えるよりも早く、アッシュは肉迫した。後ろに流した剣の輝きは最高に至っている。《ソードオブブレイブ》を放ち、煌きとともに駆け抜ける。描かれた鋭い光の線が消えたとき、オルティスがその場に崩れ落ちた。
「これはブレイブの血が紡いできた力だ。あんなのと一緒にすんじゃねぇよ」
オルティス言う〝おぞましい力〟とは《ラストブレイブ》のことだろう。たしかにまだこの身に宿っている力だが、使った覚えはない。そもそも《アイティエルの鎖》をつけていては発動できない。
オルティスが膝を立て、四つんばいになった。
血を吐きながら荒い息遣いのまま叫びはじめる。
「わ、わたしは負けるわけにはいかないのだッ! この手を汚してでもっ、ミロの繁栄のためにっ!」
ぞくりと悪寒がした。
以前、《アイティエルの鎖》を入手する際に対峙した黒い天使。あれと酷似した空気を先ほどまで感じていたが、それがより強まった。
オルティスの背から生えていた翼が蠢いた。
溢れるように動きだした黒い靄が彼の身を包み込もうとしはじめる。
対処できる〝変化〟を見逃すほど愚かではない。
アッシュは即座に駆けだし、オルティスの背から翼を切断。さらに彼の背を踏みつけて石畳に押さえつけ、四肢が動かぬよう骨ごと剣で貫いた。
「終わりだ、オルティス」
少々むごいことをしたが、彼の危険性を考えればこうするほかなかった。仮にこれ以上の対応を求めるとしても、それは自分の仕事ではない。
「こいつの処遇は任せるぜ」
アッシュは剣を収めながら声を張り上げた。
特定の誰かに言ったわけではない。この場にはオルティスになんらかの因縁を持つ者たちがいる。そうした者たちへと向けたものだ。
戦闘を静観していた聖王ノダスが動きだした。
俯けに転がったままのオルティスのもとに歩み寄り、屈み込む。と、オルティスが目線だけをノダスへ向け、血にまみれた唇を動かしはじめた。
「わ、わたしはただ、ミロのためと思い……っ」
「お前も先人たちの被害者なのだろう。ミロの繁栄のためとそそのかされ、そしてその言葉にすがるしかなくなった」
「自らの意志で動いたまでだ……誰の指示でもない」
「道を間違えたな、オルティスよ。だが、それはわたしも同じだ。お主たちを見ようともしなかった」
ノダスは自戒を込めるように言ったのち、数拍の間だけ目を閉じた。再び開けられたとき、その目は悲しみと厳しさの入り混じったものとなっていた。
「オルティスよ、生きて罪を償うのだ。そしてお前が犯したことにより潰えた命のため、もう一度……今度は聖騎士ではなく、ひとりの戦士として――」
そう言いかけたとき、ノダスの顔に血がついた。
ただそれは彼の血ではなく、オルティスのものだ。
刺したのは、突如として飛びかかったルグシャラだ。
彼女は手に持った対の剣で交互にオルティスの胸部を何度も何度も刺しはじめる。そのたびに噴出する血で彼女の顔は完全に赤く彩られていた。
「死ねっ、死ねっ、死ねぇええっ!」
元から狂気に満ちた彼女だったが、いまこのときにおいては本当の狂気に取りつかれているようだった。すでにオルティスの命はないが、いまだにルグシャラは剣を刺しつづけている。
一方でノダスはそれを止めることなく引き下がった。
返り血を浴びた状態のまま静かに見守っている。
自身の責任だとでも思っているのだろうか。どんなに残虐な行為であっても決して目をそらすつもりはない。そんな決意のもとに行っているようにも見えた。
アッシュは南東の浜辺のほうへと目を向けた。
ほんの少し前から聞こえていた音が止んでいた。
空を彩っていた明滅する光も見えなくなっている。
おそらくあちらの戦闘も終わったのだろう。
アッシュはいま一度、中央広場を見回した。
多くの挑戦者が倒れ、あちこちが赤く染まっている。建物や器物も少なくない箇所が壊れ、その破片が飛び散っていた。
事態は収まった。
だが、一件落着というにはあまりにも凄惨な光景だった。





