◆第十三話『友と島のために』
ベイマンズから振り下ろされた右手側の斧が、オルティスの斜めに構えた剣へと激突。受け手に回ったオルティスの足が石畳にめり込み、亀裂を走らせた。
ベイマンズの力が格段に上がっているのは見て取れたが、それでもオルティスに軍配が上がるようだった。ぐいと押し返し、ついにはベイマンズの斧を弾き返そうとする。
が、一瞬早くにベイマンズが斧を引いた。
素早く屈み込み、残った左手側の斧で薙ぎを繰りだす。このままオルティスの脚を裂けるかと思ったのも束の間。ベイマンズの左方から黒い翼が凄まじい速度で迫り、弾き飛ばした。
ベイマンズが吹き飛び、そばの花壇へと体を打ちつける。レンガの崩れた箇所から土や草花がもれ、ベイマンズの体をよごしていく。
《ミロの加護》が守備的であるのに対し、黒い翼はひどく攻撃的だ。やはり根本的な性質が変わっているように思える。
「素晴らしい力だ。わたしほどではないが、きみもまた神に近づけるかもしれない」
まるで天から見下ろすかのような傲慢な言葉だ。
すでに勝利を確信した様子のオルティスは泰然とこちらに目を向けてきた。
「いいのか? アッシュ・ブレイブ。きみが手を貸せば、もう少し拮抗した戦いになるかもしれないぞ」
「なに余裕かましてんだよ。余所見してる暇ないだろ」
炸裂音を響かせながら、猛烈な勢いで光球が迫っていた。ロウが放った《ライトニングバースト》だ。しかし、それらは黒い翼によって叩き落とす格好でたやすく迎撃されてしまう。
「このような攻撃、何度放ったところで――」
勝ち誇ったオルティスの背後の景色に変化が訪れた。なにもない空間からすっといくつもの色が浮かび上がったかと思うや、ヴァンが姿を現した。
息を止めている間、姿を消せる効果を持つ《ナイトウォーカーネックレス》を使ったのだろう。気配をさぐられずに間近まで近づけたのは、直前に放たれたロウの《ライトニングバースト》のおかげか。
とっさに気づいてオルティスが反応しようとするが、もう遅い。ヴァンの突きだした短剣がオルティスの兜を捉え、ちょうど額に命中する。そのままいけば貫けるかもしれない。だが、襲いくる黒い翼を警戒してヴァンは早々に後退した。
「すんません、ロウさん。あのままやれると思ったんすけど……」
「だが、攻撃は加えられた。可能性はある」
オルティスの兜は割れてはいないが、しかと傷がついていた。
「さすがは神の島、といったところか。外にはない面白い装備があるようだ」
オルティスが兜の傷を左手の親指で撫でながら言った。
がらがらとなにか崩れる音が聞こえてきた。
音の出所に目を向ければ、先ほど弾き飛ばされたベイマンズがレンガをどかして起き上がり、首と腕を回していた。見たところ戦闘に支障が出るほどの負傷はないようだ。
「お前らも手を出すんじゃねぇ。こいつは俺の敵だ」
「なにをバカなことを言っている! すでに仲間が何人もやられてるんだぞ! あれは《レッドファング》全員の敵だ!」
「ロウさんの言うとおりですよ! それにボスの敵なら俺の敵でもあるんすから! 戦う理由はあります!」
即座に返ってきたロウとヴァンの言葉。
ベイマンズはわずかに動揺を見せたかと思うや、舌打ちをしてまたもオルティスへと飛びかかっていく。
「好きにしろ!」
「そのつもりだ! ヴァン、ベイマンズに合わせて背後を狙え! 正面からはわたしが補助する!」
「了解っす!」
ベイマンズの豪快な攻撃を主軸に、ヴァンが素早さと細かい攻撃を合間に繰りだし、ロウが回復と攻撃の両方を担って器用に立ち回る。彼らの攻撃に隙はほぼない。さすがのオルティスも息つく暇がないといった様子で迎撃している。
ヴァネッサとドーリエ、オルヴィたちの連携も相当に錬度が高いが、ベイマンズたちのそれはさらに上を行っている。まるで互いが次になにをするのかをすべて把握しているかのような動きだ。
アッシュはさらに激化した戦闘を横目に見ながら、少し離れたところで静観する聖王ノダスのもとへと向かった。戦いにこそ加わっていないが、彼もまた当事者のひとりだ。
「なあ、あんた世界平和がどうのこうの言ってたよな。まずは外より内に目を向けるべきだったんじゃないか」
「いまとなってはなにも言い返せませんな」
ノダスは自戒を込めるようにそうこぼした。
その際に彼の肌に刻まれた深い皺が目についた。オルティスたち聖騎士の腐敗を思えば、年齢だけではない疲労が彼の体を蝕んでいるのは容易に想像できる。
「立派だとは思うぜ。俺なんてつい最近までまるで外を見ようとしなかったからな」
「いまは違う、と?」
「この島に来てから自然と見るようになった感じだ。それも少しずつ少しずつ、な」
出会いがそうさせてくれた。
クララに始まりルナ、レオ。
そしてラピス。
ほかにも多くの挑戦者と知り合い、交友を持った。
おかげで彼らが住むこのジュラル島を好きになれた。
少し前の自分ならこんな感情を抱きすらしなかったかもしれない。
視界の中、戦闘は終わりかかっていた。
初めにロウが落とされ、さらにヴァンが沈み――。
最後に残ったベイマンズが勢いよく弾き飛ばされ、地に転がった。
「これがジュラル島の上位者か。思った以上に手こずらされたな」
「くそっ、まだだ……まだ終わっちゃいねぇ……!」
ベイマンズにはもう起き上がる力が残っていないようだ。斧を放した手で石畳をかき、拳を作るだけに終わっていた。
アッシュはノダスのもとを離れ、ベイマンズのもとへと歩み寄った。そばに辿りつくなりしゃがみ込み、目線を可能な限り合わせて語りかける。
「ベイマンズ……あんたは意地を見せた。あいつに負けちゃいない」
「わたしが両の足で立ち、そして彼がはいつくばっている。これがなによりも勝敗を示していると思うが」
背後からオルティスの声が聞こえてくるが、構わずに続ける。
「俺もいまじゃ結構この島を気に入っててな。こんなありさまにしてくれた礼ってもんをするつもりだが……そのついでに、あんたの怒りも乗せてあいつをやってやる」
そう告げたときだった。
頼む、という言葉が返ってきた。
その言葉を口にすることがどれだけ悔しく、どれほど勇気のいるものだっただろうか。アッシュは「ああ」と静かに応じたのち、オルティスに対峙した。
いましがたのやり取りを見てか、オルティスがフンと鼻で笑った。
「たったひとりでなにができるというのだ。わたしは、ジュラル島でも上位に位置する者たちが束になっても勝てなかった相手だぞ」
「けど、お前の体にはあいつらがつけた傷がたくさんあるぜ」
ベイマンズたちは地に伏したものの、オルティスの体には多くの傷をつけていた。黒い靄で覆われた全身鎧のあちこちに傷が入っている。
「笑わせるな、この程度どうということはない」
たしかに鎧に傷が入っただけで肉体に傷がついたわけではない。だが、それは攻撃を受けるほどに追い詰められたということでもある。その証拠にオルティスの息はわずかに乱れが生じている。
「きみの実力はこの島に来たときに把握済みだ。たしかに相当な強さだったが……神に近づいたいまのわたしならなにも問題は――」
オルティスが話す中、アッシュは静かに駆けだした。
地を這うような疾駆で肉迫し、足を踏み込んで急停止。上体を起こしざまに剣を抜き、敵の顔面を一閃。黒い翼が迎撃に動きだすよりも早く退避を済ませた。
アッシュはゆったりと振り返った。
兜が破損し、顔をあらわにしたオルティスへと問いかける。
「いまのお前なら……なんだって?」





