◆第十二話『戦士の咆哮』
アッシュは密林地帯を駆けていた。
少し先には、ベイマンズと《レッドファング》メンバーのひとりが先導する形で走っている。
「にしてもあのオルティスがな……本当なのか?」
「聞こえてた話からすると、なんか聖騎士とダグライが繋がってたみたいですね。それで聖王を殺すだのなんだの言ってました」
「ざっくりだな」
詳しいことはわからない。
だが、ひとつたしかなのはオルティスが敵に回ったということだ。
「けど、中央広場にはロウとヴァンもいるだろ。たしかにオルティスは世界でも上位に来る強さは持ってると思うが……ロウとヴァンほどじゃない」
戦士としての純粋な格であれば、ロウとヴァンのほうが上だという印象だ。たとえ、オルティスが未知の力を使ったとしても、あの2人に勝てるとはとうてい思えない。
「でも、いきなり黒い靄に包まれて……翼も生えだしてあきらかに異常でしたよ。人間じゃないっていうか……だから、ロウさんもベイマンズさんに報せることを第一に考えたんだと思います」
報告をしにきてくれた挑戦者が怯え気味に言った。
とても作り話を披露している風には見えない反応だ。それにロウが指示を出したということは、やはり彼ら2人でも難しい相手、ということなのかもしれない。
「アッシュの言うとおりだ。あいつらなら負けるはずがねぇ……!」
ベイマンズが確信に満ちた顔で言い切った。
相手がダグライとつるんでいたからか。
あるいは《レッドファング》のメンバーたちが危機にさらされているからか。
浜辺を発ってからというもの、彼の身からは大量の殺気が漏れでていた。近づけば彼の獲物である斧が振り下ろされそうなほどだ。
話しているうちに密林地帯に終わりが見えてきた。
止まることなく駆け抜け、中央広場へと飛びだした、その瞬間――。
アッシュは思わず目を疑った。
狂人の姿はどこにも見当たらない。
ただ、あまりにも凄惨な光景が広がっていたのだ。
あれだけ多かった挑戦者があちこちに倒れている。
先刻の圧迫感はまったくない。
視界の中、立っているのは4人のみ。
北側通り寄りに聖王。
少し離れたところにロウとヴァン。
そして彼らと対峙する形で立つ、全身を黒い鎧で覆ったひとりの戦士。背からはその身を悠々と包めるほど大きな翼が生えている。
あんな姿をした者を見たことはない。
ただ、鎧に見られる意匠から元は聖騎士の鎧だったことが窺える。この目で見るまではにわかには信じがたかったが、話に聞いていた変化と一致する。
――あれがオルティスか。
遠目からでも漂ってくる威圧感はおよそ人間から放たれたものとは思えない。だが、それが本物であることは倒れた多くの挑戦者や、傷だらけでいまにも崩れ落ちそうなロウとヴァンの姿が物語っていた。
ここまでの状況把握は一瞬。
決して遅くはない。
だが、ベイマンズはロウとヴァンの姿だけを見て判断したのか、殺気を爆発させるやいなや、こちらよりも早く動きだした。
噴水広場へと踏み入り、北側通りまで疾駆。通りと区切るように配された花壇の草花を散らしながら飛びだし、オルティスの右側面へと斬りかかった。
ベイマンズは動きに反してひどく静かな接近を見せていたが、さすがに殺気から気づかれたようだ。オルティスが振り向きざまに剣を振り、ベイマンズの交差した斧へとかち合わせた。
人の手によって振られた得物同士とは思えない、ひどく鈍い金属音が鳴り響く。通常、勢いをつけた上に得物の重さからしてベイマンズが打ち勝つのが当然の構図だ。にもかかわらず、オルティスは軽々と剣を振り抜いてみせた。
弾かれたベイマンズが石畳の上を転がったのち、ロウとベイマンズを背にする格好ですぐさま立ち上がった。
「ベイマンズッ!」
「ボスッ!」
「心配すんな、どうってことはねぇ……!」
ベイマンズは構えを崩さずに答えた。
ロウとヴァンがその後ろに構える格好でオルティスに対峙する。
アッシュは遅れて北側通りへと顔を出した。
いましがたの衝突からオルティスの変化が見た目だけでなく、その身体能力に現れているのは理解できた。だが、なにより疑問なことがほかにあった。
「それ、4等級の武器だろ。どうして折れてない?」
ベイマンズの武器は8等級。
1、2等級程度の差なら何度か接触した程度で折れることはそうそうないが、4等級も離れていればたやすく折れる。剣で斧という重量級を相手にすればなおさらだ。
と、オルティスが剣を一振りし、切っ先を天に向けた。
「我らが神、シュラアハによる加護だ」
シュラアハはミロが崇める神の名だ。
《ミロの加護》も同様の神による力と聞いているが、どう見ても同じ類のものとは思えない。彼の持つ剣は、とても聖なる騎士が持つものとは思えない黒い靄を纏っている。
おそらくダグライ帝国の狂人たちと同様、デモニアによって歪められたのだろう。
それにしても――。
この感覚は《アイティエルの鎖》を入手するために戦った黒い天使と対峙したときとひどく似ている。見た目に関しても色だけでなく翼の形状までほぼ同じだ。
ただ、デモニアとミロが崇めるシュラアハ。それらが塔内に存在する魔物と関係があるのかと問われればなんとも言えないところだった。なぜなら関係があるとなれば、それは神アイティエルとも繋がっている可能性が出てくるからだ。
アッシュは〝挑戦者しかいない中央広場〟を見回しつつ、思考を巡らせる。と、オルティスが悠々と横目を浜辺側へ向けた。
「いいのか、こちらに来て」
「……浜辺の狂人たちのことか。数が多いだけであんなのじゃ俺の仲間も、ほかの挑戦者たちもやられはしない。すでに1000体ぐらいは撃退してるぜ」
たしかに終わりの見えない戦いに見えた。
だが、狂人はあくまで人をもとにしたものだ。
きっと終わりは来るはずだ。
仮に人ならざるものを媒体にしていたとしても、それは何者かの魔力によるものだと思われる。そんな攻撃がいつまでも続くとは思えない。
こちらの言葉がはったりではないと察したのか。
オルティスは左手を自身の胸元に手を当てる。
「こうなってしまった以上、彼らにも消えてもらわなければならない。早々にきみたちを処理させてもらおう」
「ここから動けるつもりでいるのか? 寡黙な奴だと思ってたが、そんな笑える冗談言える奴だったんだな」
「軽口を……っ」
見たところロウとヴァンの負傷や疲労はあまり芳しくない。
ゆえにあえて挑発してみたが、思いのほか上手くいったようだ。忌々しげにオルティスが体の正面をこちらに向ける。
が、それを制するようにベイマンズが声をあげた。
「おい、アッシュ。手を出すなよ」
「つっても、ありゃちょっと異常だぜ」
「んなこたぁさっきのでわかってる。だから、俺も覚悟を決めるってんだよ……!」
言い終えるや、ベイマンズが両手に持った斧を石畳に打ちつけた。そのまま深く腰を落とし、まるで獣のような咆哮をあげはじめる。人間の出せる声量をはるかに超えている。
と、ベイマンズに変化が起こりはじめていた。
目が黄金に輝き、さらには腕や筋肉が一気に膨張。
もともと大きかった彼の体躯がより大きくなった。
やがてベイマンズは咆哮を止めると、太い呼気をもらした。石畳に突き刺したままだった斧を荒々しく持ち上げ、肩に担ぐ。動きひとつとっても力が漲っていることがありありとわかる。
「ベイマンズ……!? なんだそれは……っ」
「ま、まさか、血統技術っすか!?」
ロウとヴァンが揃って目を見開いていた。
どうやら2人も初めて見るようだ。
「血統技術なんて大層なもんじゃねぇよ。《ウォークライ》、俺の忌まわしき力だ」
ベイマンズが吐き捨てるように言った。
途端、オルティスが高笑いをあげはじめる。
「知っているぞ、その力! かつてダグライにおいて人工的に血統技術を作ることを目的とした実験が行われていた! そこで生みだされたものだろう! ダグライの奴らから〝死を呼ぶ子どもたち〟によって台無しにされ、頓挫したと聞いていたが……そうか、成功していたのかっ!」
オルティスの言葉が真実であることをベイマンズの沈黙が証明していた。
過去にダグライ帝国が近隣国ガソンから大量の子どもを拉致し、戦士を育成しようとしたことは知っていた。だが、まさかその裏でそのようなことが行われていたとは。
肉体的な変化がデモニアによって狂人化した人間とどことなく似ているように見える。同じダグライ帝国が関わったものだ。《ウォークライ》とデモニアの狂人。どちらか先に作られたかは知らないが、技術を共有している可能性は高そうだ。
ベイマンズが明確な敵意を宿した目をオルティスへと向ける。
「これはもう使わないと決めていたが……お前らダグライが相手なら話はべつだ」
「たしかに手を組んではいるが、わたしはダグライの者ではない。れっきとした神聖王国ミロの聖騎士だ」
「協力してんなら同じだろうがッ」
ベイマンズが怒りの声をあげた、そのとき。
石畳を破壊するほど踏み込み、ついにオルティスへと飛びかかった。





