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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【悪鬼螺旋】第ニ章

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◆第七話『狂人の波』

 アッシュはヴァネッサ、シビラとともに急いで騒ぎの中心へと向かった。集まった挑戦者たちをかぎわけ、抜けた先にいたのは予想どおりの集団だった。


 花壇の縁に座り込む聖王ノダス。

 そして彼のそばに控えるオルティスとルグシャラ、キヴェールの聖騎士たちだ。


 ノダスはフードを目深に被っているが、屈めばその顔を窺うことはたやすい。聖騎士たちも視線を遮るように立っているものの、すべてを防げるわけではなかった。多くの挑戦者たちが次々に覗き込んでいる。


「俺も見たことがある。間違いなくミロの聖王だ……!」

「……嘘だろ? でも、聖騎士が3人も護ってるしな……」


 顔が似ているだけでなく、聖騎士が3人も護衛している。そうした状況から聖王ではないと否定するのは難しい状況のようだ。瞬く間にどよめきは周囲の挑戦者に伝播し、ついには聖王を一目見ようとさらに人が集まりだした。


 聖王の正体が気づかれる可能性は大いに考えていたが、まさかこんなタイミングだとは予想もしていなかった。どうしたものか、とひとり息をついていたところ、シビラから怪訝な目を向けられる。


「あまり驚いていないようだが……知っていたのか?」

「まあ、色々あってな」

「あんた、聖騎士たちに絡まれたみたいだからねぇ」


 ヴァネッサから同情するような顔を向けられる中、またもや騒動にひとつの種火が投下されていた。


「さっきの狂人、ダグライの刻印がついてたぞ」

「たしかダグライとミロは敵対してたよな……」

「ってことはあいつらの目的は聖王の命か?」


 さすがに世界各地から集まっているだけあって挑戦者の中には、ダグライ帝国や神聖王国ミロについて詳しいものもいるようだ。襲撃をしかけてきた狂人たちの目的が聖王である、と推測した挑戦者たちが聖騎士たちへと敵意を向けはじめる。


「よくない空気だな」


 シビラがそうこぼしたときだった。

 ひとりの挑戦者がためらいがちに発言する。


「じゃ、じゃあ……聖王を渡せばこの争いも終わるってことか?」

「……そうだろ。あいつらの目的は聖王なんだからよ」

「けど、聖王だぜ。そんなのいいのか?」


 聖王を差しだすことにためらう声は聞こえるが、かなり少数だ。


 島の外ではユルト教の信者は多いが、ジュラル島ではそう多くない。己の力を信じて戦ってきた戦士が多いからか。神の存在を信じる者はいても神に縋り、救いを求める者は少ないのかもしれない。


 と、オルティスが鞘に収めたままの剣を石畳にガンッと力強く打ちつけた。周囲の挑戦者たちが押し黙ったのを機に、彼は集まった挑戦者を睥睨しながら吐き捨てる。


「ジュラル島に来る者たちは真の戦士ばかりだと聞いていたが、どうやら見解を改めなければならないようだ。……臆病者ばかりが住む島だとな」


 その言葉に多くの者が怒りをあらわにした。

 だが、すぐさま強張った顔を解き、嘲笑しはじめる。


「はっ、元凶が煽ったって無駄だ」

「そもそも俺たちは塔を昇りにきてんだ。あんなのと戦うために来てんじゃねぇんだよ」


 彼らの言い分も理解できる。なにしろ彼らはただ巻き込まれただけだからだ。仲間でもない者のせいで命の危険にさらされているとなれば、その〝原因〟を売ろうと考えるのはなにもおかしいことではない。


 再び熱を帯びはじめた挑戦者たちが聖王へとにじり寄りはじめる。


 ルグシャラがついに剣を抜いた。

 2つの刃をかち合わせ、甲高い音を響かせる。


「やるならこっちはやりますよぉ。とことん、とことん……っ!」

「わ、わたしもやるぞ! いいのか? 本当にやるぞ!?」


 続いてキヴェールも剣を抜いた。

 若干、腰が引けているが、彼もまた聖騎士のひとりだ。


 3人の聖騎士を前に一瞬だけ尻込みする挑戦者たちだったが、数で圧倒しているからか。あるいは等級で勝る者もいるからか。その包囲は徐々に狭まっていく。


「ったく、面倒なことをしてくれるね」

「――わたしは止めるぞ」


 ヴァネッサ、シビラが得物に手を当てる。

 2人ともどちらかに加勢するのではなく仲裁するつもりのようだった。


 実際、これは〝無駄〟な争いだ。

 アッシュは彼女らとともに場を収めんと騒ぎの中心に乗りだそうとする。が、それよりも早く、覚えのある声が辺りに響き渡った。


「俺は反対だ」


 周囲の視線が一斉に向いた先――人ごみを割るようにして姿を現したのはベイマンズだった。島でもっとも大きなギルド《レッドファング》のマスターの発言とあってか、殺気立った挑戦者たちが揃って動きを止め、うろたえていた。


 ひとりの挑戦者が理解できないといった様子でこぼす。


「どうしてベイマンズが……まさかユルト教徒なのか?」

「俺はユルト教徒じゃあねえ。それどころか胡散臭い国だと思ってるぐらいだ」


 そのあけすけな発言に「き、貴様っ」と発狂するキヴェール。ベイマンズは構わず前に出てくると、殺気立つ挑戦者たちを見回しながら話を続ける。


「――だが、ミロが多くの人間にとって救いになってることもまた事実だ。そんな国の頭が死ねば世界がどうなるかわかったもんじゃねぇ。最悪、この島だって争いに巻き込まれる可能性だってある」

「そ、そんなのミルマが追放してくれるだろ!」

「現状を見ても同じことが言えるのか? そもそもあいつらは誰彼構わず狙ってる。聖王を差しだしたところで止まるとは思えねぇ」


 ベイマンズが最後に付け足した言葉。

 それこそが眼前の争いが〝無駄〟である理由だった。


 急激な事態の変化に正気でいられなかった者も多かったのだろう。だが、ベイマンズの言葉によって渋々と殺気を解いていく。


「まさかベイマンズに先を越されるとはね」

「……天変地異の前触れかもしれない」


 感心しているのか、けなしているのか。

 どちらともとれるような顔でヴァネッサとシビラが得物にそえた手を下ろした。


 まだ剣呑な空気はわずかに残っているが、沈静化しかけだ。


 話を進めるには、この機を置いてほかにない。

 アッシュは勇んで輪の中へと歩みでた。


「いまは聖王を差しだして止まるかもしれない方法じゃなくて、確実に島から狂人を追いだす方法を考えるべきじゃないか? もちろん俺たちの手でな」


 いまやもっとも高いところまで昇っていることもあってか、こちらの発言は少なくない影響力があったようだ。いまだ納得いかない様子の者もいたが、多くの者が頷いたり静かに耳を傾けようとしてくれていた。


「けど、あれの相手は正直厳しいぜ」

「悔しいが、俺も逃げるのが精一杯だったぜ」


 幾つかの怯えた声が飛んできた。

 装備からして3、4等級辺りの挑戦者のようだ。


「狂人の強さは大体6等級相当だ。だから、7等級より上の挑戦者で迎撃に当たるつもりだ。すでに《ソレイユ》、《アルビオン》とは話をつけてる」


 その言葉が真実であることを示すようにヴァネッサとシビラが堂々たる振る舞いで歩みでてきた。3大ギルドのマスター2人が参加するとあってか、趨勢はきっしたようだ。先ほどまで殺気だっていた空気が完全になくなった。


「ただ、それでも数が少ない。6等級でも対人戦闘に自信のある奴らは名乗りでてほしい」


 幾人かがやる気に満ちた顔で前へと出てくる。

 騒ぎに加わっていなかった――静観していた挑戦者の中からも次々と名乗り出てくる。およそ50人規模の攻撃部隊になるだろうか。


 狂人たちの数に比べればひどく少ないが、いずれも猛者ばかりだ。相手が2、3倍の人数だったとしても決して引けはとらないはずだ。


 と、シビラが少し不安げな顔で問いかけてくる。


「アッシュ、防衛については考えているのか?」

「あ~……やっぱある程度は残さないといけないよな」


 残った者たちの数は多い。束になってかかれば狂人相手でも充分に戦えるだろう。だが、敵が想定外の襲撃をしかけてくる可能性も充分に考えれる。


 そうした場合に対応できる組織だった戦力は残しておくべきだろう。核となる組織さえあれば自ずとほかの挑戦者たちも従って動きやすい。


「となると、その役は《レッドファング》が適任じゃないか」


 そうヴァネッサが発言した直後、「はぁ!?」とベイマンズが声をあげた。


「なんで俺たちがそんな守りに入んなきゃいけねんだよ?」

「わたしもヴァネッサに同意見だ」


 シビラもまた《レッドファング》の防衛に賛成のようだった。3大ギルドは普段からよくいがみ合っている仲だ。2人によるただの嫌がらせや軽口の類かと思ったが――。


「女を舐める奴は少なからずいるからね。指示に従わない奴が出てくるのは明白だ。だったらしないほうがマシって話さ」

「悔しいが、我々はまだ信頼が回復しきっていない。残って統率してもいらぬ反発を受けるだけだ」


 正当な理由があったようだった。

 実際、ベイマンズが先ほど殺気だった多くの挑戦者たちを黙らせたこともあり、ヴァネッサたちの理由には説得力があった。


 アッシュはふっと笑みをこぼしたのち、ベイマンズを見やる。


「ってことだ。どうする?」

「……ちっ。あいにくと俺はそんな役に向いた人間じゃねぇ。だから――ロウ、残って指揮をとれるか?」


 ベイマンズは大きな舌打ちをしたのち、いつの間にやら騒ぎの場に顔を出していたロウへとそう告げた。


 荒くれ者が多い《レッドファング》において、ロウは唯一の良心だ。ゆえに内外問わず、その人気は高い。これ以上ないほど打ってつけの人間と言える。


 しかたないな、とばかりにロウがため息をつく。


「了解した。ベイマンズ、きみは出るのか?」

「もちろんだ。俺は出るぞ」


 そう答えたベイマンズの前に、ヴァンが得意気な顔で立った。


「ボス、俺もついていきますよ!」

「お前は残ってろ」

「けど――」

「いいから、残ってろ」


 有無を言わさないベイマンズの命令にヴァンは押し黙った。


 いまのベイマンズからは並々ならぬ決意を感じられた。過去にダグライ帝国によって辛い目に遭わされている彼のことだ。おそらく復讐という感情から動こうとしているのだろう。


「わたしもついていこうかな~」


 と、間の抜けた声が聞こえてきた。

 見れば、ルグシャラが攻撃部隊に参加せんとこちらに歩みだそうとしている。ただ、その足はその場ですぐに止まった。オルティスに襟首を掴まれたのだ。


「なにを言っている。我々は聖下を守るのが最優先だ」


 えぇ、と不満げな声をもらすルグシャラ。

 そんな中、オルティスがこちらに向かって静かに頭を下げてきた。


 気にするな、とも言えない状況だ。

 彼になにかを返すことはできなかった。

 そもそも彼らのために動いたわけではない。

 今回、動くのはジュラル島という居場所を守るためだ。


「ごめん、アッシュくん! 遅くなったーっ!」


 どうやら《ダイヤモンドダスト》の装着が終わったようだ。

 鍛冶屋のほうから仲間たちが戻ってきた。


「急ごう。塔に残ってる者たちが心配だ」

「いまは落ちついてるが、いつまたしかけてくるかわからないしね」


 シビラに続いてヴァネッサが得物を抜いた。

 攻撃部隊に加わる者たちも準備万端とばかりに構えた、そのとき。


 南側の通りから4人の挑戦者が「マスター!」と叫びながら駆けてきた。たしか彼らは《アルビオン》のメンバーだったはずだ。斥候に出ていたのだろうか、彼らは切羽詰った様子で続けて声を張り上げる。


「浜辺から奴らが来ました!」

「数はっ!?」


 確認するシビラの声に《アルビオン》メンバーが恐怖に歪んだ顔で報告する。


「目視500ッ! さらに海から続々と上陸中ですッ!」



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