◆第六話『いざ共闘へ』
30人を超える狂人による襲撃を退けつつ、青の塔前から密林地帯へと突入。その後もしばらくは襲撃は続いたが、半ばからはもう狂人と遭遇することはなかった。
ほかの挑戦者たちが撃退したのか。
あるいは敵側が意図したことなのか。
いずれにせよ、おかげで大きな被害を出すことなく中央広場まで辿りつくことができた。
「し、死ぬかと思ったぜ……」
「俺たち、ほんとに生きてるんだよな……」
ほっと息をつく同行者たち。
青の塔前で壊滅しかけていたこともあり、生還したことをより実感しているのだろう。
「アッシュ、あそこ――噴水広場にみんな集まってるみたいだよ」
ルナが中央を指差しながら言った。
チームで集まっている者たちもいたが、多くはギルド単位で固まっているようだ。《レッドファング》、《ソレイユ》、《アルビオン》あたりは人数が多いこともあり、遠目からでもどのあたりに集まっているのかわかりやすい。
「みたいだな。とりあえず合流するか」
そうして噴水広場までやってきたが、あまりの多さに噴水のそばには辿りつけそうになかった。200人を超える者が集まっていることもあるが、それ以上に寝転んだ負傷者がいることも大きいかもしれない。
「なんだかすごい空気だね……」
狂人たちの襲撃に挑戦者たちは困惑や怒り、恐怖など多様な反応を見せている。総じて言えるのは明るい顔をしている者はひとりとしていないということだ。
「アッシュ!」
覚えのある声に呼ばれて振り向く。
と、そこには《ソレイユ》のマスターであるヴァネッサが立っていた。普段は飄々とした部分もある彼女だが、いまこのときに至っては真剣な顔つきだ。
「どうやらそっちも襲撃を受けたようだね」
「ああ、青の塔から帰還した際に襲われた。迎撃はしたが、追加でどんどんくるからキリがなくてな」
「早々に撤退したってわけだね」
「ああ、レオの判断だ」
「さすがは3将軍。判断が早いじゃないか」
ヴァネッサはレオと同じシュノンツェ出身だ。
ゆえにその過去を知ったうえでの発言だった。
レオが苦笑いを浮かべながら応じる。
「昔の話だよ。いまはもうただの紳士な挑戦者さ」
「はっ、変態の間違いだろう」
以前、《ソレイユ》が贔屓にする酒場で全裸になったばかりとあって、レオに弁解の余地はいっさい残っていなかった。
笑顔のまま崩れ落ちるレオをよそに、アッシュは話を続ける。
「《ソレイユ》のほうは無事か?」
「大体はね。ただ、まだ塔内にいる子たちとは連絡がとれない状態だ」
「さすがに塔内を探すのは骨が折れるからな」
「ああ。だからそこに労力を割くなら島の安全を確保したほうが早いと思ってね。さっきもシビラと話していたんだが……」
ヴァネッサが辺りを見回し、止まる。
その視線を辿ると、シビラに行きついた。
なにやら《アルビオン》のメンバーたちに指示を出している。と、こちらの視線に気づいたか、彼女はほどほどに切り上げ、こちらへとやってきた。
「アッシュ、来ていたのか」
「さっき合流したところだ」
と、シビラの顔が途端に険しくなった。
「あの狂人たちはやはり……」
「ああ、間違いなくデモニア使用者だ」
デモニアを利用した、呪術使いモグスが起こした事件。その際に狂人化した挑戦者と交戦したことを思いだしているのだろう。シビラの顔がよりいっそう引き締まっていた。
ヴァネッサが催促するように口火を切る。
「とにかくいまはあいつらをどうやって追いだすかだ。シビラ、さっきの話の続きだ」
話を振られたシビラが頷いて継ぐ。
「そうだな……実は《アルビオン》と《ソレイユ》から選抜した者たちで遊撃部隊を編成しようと思っている。だが、はっきり言って戦力が足りない」
「相手が相手だからな。俺の見立てじゃ、あれは6等級の挑戦者と同等だ」
「ゆえに、アッシュたちにも参加してもらいたい」
この問いは、参加できるかどうかを訊いているのではない。おそらく〝人を殺める覚悟があるかどうか〟を訊いているのだ。
「俺は問題ない」
人殺しはしない主義だが、必要とあらば躊躇なくする。ちなみにその必要とは、自身や仲間の命が危険にさらされた場合だ。現状は、疑いようもなくその必要がある状況に直面している。
ほかの仲間たちはどうか、とアッシュは振り返って目で問いかける。
「あれはもう人間じゃないでしょう」
「たとえ意識が残ってたとしても解放してあげないと」
ラピスに続いてルナが得物を握りしめ、前に歩みててきた。その後ろでは、レオが複雑な表情を見せたのち、決意を宿した目を向けてくる
「これは守るための戦いだ。だから、僕は戦うよ」
シュノンツェ王国の将軍として数多くの戦争に参加し、多くの命を奪ってきた。そんな日々がいやで逃げてきたという経緯がある中での決断だ。言葉こそすんなりと返ってきたが、そこには少なくない葛藤があったに違いない。
最後に残ったクララに全員の視線が集まる。
彼女はあたふたと視線を泳がせたのち、勢いよく口を開く。
「あ、あたしも大丈夫! ……だと思う」
なんとも自信のない言葉がおまけでついてきた。
だが、今回ばかりは彼女を責められはしない。
「とりあえず無理に倒す必要はない。拘束だけでもしてくれりゃ、あとは俺たちがやる」
「でも、あたしだけそういうのってずるい気が」
「こういうのはやれる奴に任せればいい」
人間はときに魔物より狡猾で凶暴になる。殺す殺さないといった場に直面したとき、躊躇すればやられるのは間違いなく自分だ。ゆえに躊躇してしまうのなら初めから殺そうとしない方向で戦ってもらうしかない。
納得がいかないとばかりに俯いたままのクララ。だが、なにを思ったか、いきなりポーチを漁りはじめると、青の丸い宝石を見せつけてきた。
「じゃあこれ、きっと役に立つと思うからつけてくる!」
「……さっき拾った奴か」
9等級青の塔の魔石、《ダイヤモンドダスト》。複数の対象に氷結効果を付与できるとあって、たしかに拘束するには打ってつけの魔法だ。
アッシュは思わずふっと笑みをこぼしてしまう。
「みんな、クララを頼む」
了解、と同じように笑みを残した仲間たちがクララとともに鍛冶屋のほうへと向かっていった。その後ろ姿を見送ったのち、アッシュはヴァネッサとシビラに視線を戻す。
「ってことで俺たちはチーム全員で参戦するぜ」
「アッシュたちが参加してくれるならこれ以上心強いことはないね」
「ああ、これで戦力不足は解消されるはずだ。では、割り当てについてだが――」
そうしてシビラが話を進めようとしたときだった。
中央広場の北側通りのほうがざわつきはじめた。
その中心と思しき場所から動揺したひとつの声が聞こえてくる。
「おい、どうしてこんなところにミロの聖王がいるんだよ……!」





