◆第十四話『宝玉の聖遺物』
中央広場から《プルクーラ》に場所を移した。
案内されたのは店内に設けられた唯一の10人部屋。
初めて入ったが、当然ながら普段の席よりもゆったりとしていた。
仲間の女性陣だけで固まった席と別れ、アッシュはレオとともに聖騎士2人と向かい合って座る。と、ルナがメニュー表を開きながら訊いてくる。
「アッシュたちはどうする?」
「俺のは適当に頼んどいてくれ」
「僕もお任せするよ」
了解、と応じたルナが女性陣とひとつのメニュー表を共有して見はじめる。そうして楽しげに料理や飲み物を選ぶ彼女たちの声が室内に響きはじめたのを機にオルティスが深々と頭を下げてきた。
「邪魔をしてしまって申し訳ない」
「気にしなくていい。ま、どうせそんな時間はかからないだろ」
「ここすごいです! 食べ物の絵が描いてあります! 団長、見てください! どれも見たことないものばかりです! どんな味がするんですかねぇ……っ」
こちらの予想に反して、もうひとりの聖騎士――ルグシャラは長居をして食を楽しむ気満々だった。メニュー表に顔をくっつけながら涎を垂らしている。
そんな彼女の態度を見てオルティスが自身の眉間をつまんでいた。ルグシャラに文句を言われつつも無言でメニュー表を閉じ、居住まいを正す。
「それで約束の件だが――」
「先に30階まで昇った感想を聞かせてくれないか?」
アッシュはオルティスの言葉を遮って問いかけた。
オルティスが険しい表情をする中、ルグシャラがけらけらと笑いはじめる。
「思ったよりきつかったですねぇ。《ミロの加護》がなければわたし何度か死んでたかも。あはっ、あははっ」
「……彼女の言うとおり想定していた以上に苦戦した。到達できたのは《ミロの加護》のおかげと言って間違いないだろう。もしなければ……どうなっていたか」
「ちなみにお前らが初日で倒した奴ら、あいつらはもう少し上の50階まで突破してる」
オルティスが苦々しい顔で口を閉じた。
もちろん潜在能力では間違いなくオルティスたちのほうが上だ。それでも心中は穏やかではないだろう。
アッシュは中央広場の日常風景を思いだしながら語る。
「みんな、普段は陽気だけどな。塔は死に物狂いで昇ってる奴がほとんどなんだ」
「……礼節をかいた我々の発言を撤回しなければならないな」
「俺も島に来たときは挑戦者の実力をはかるために煽ったりしてたからな。あんたらのことは言えないが」
アッシュは肩を竦めて自嘲する。
と、隣で聞いていたレオにウンウンと力強く頷かれてしまった。レオには迷惑をかけた手前もあって少しだけ居心地が悪かった。
女性陣が店員のミルマに注文を始める中、アッシュは話を切りだす。
「さてと……そんじゃ本題に入るとするか。たったひとりの英雄が誰なのか。そしてどこにいるのかを教えるって約束だったよな」
オルティスの顔がさらに真剣なものとなり、空気がより緊張感を増した。注文を終えたこともあり、女性陣もこちらの話に耳を傾けている。
「実はその英雄、少し前に島を去ったばかりでな。そいつの名前は……ディバルだ」
「ひとりで88階まで昇った人なんだ。本当に強い人だったよ」
続けてレオが称賛の言葉を乗せてきた。
その実績がよほど衝撃的だったのか、オルティスが目を見開く。
「ひとりで88階……いまだ30階までしか到達していないわたしでは想像もつかない世界だ。ほかにそこまでひとりで昇った人は」
「いない。そもそも俺たち以外にそこまで到達したチームはないしな」
「……なるほど。たしかに英雄と呼ぶに相応しい力の持ち主なのかもしれないな」
反応を見る限りオルティスは信じているようだ。
実際に間違ったことは言っていない。
すべて本当のことだ。
ただ、オルティスはいまだ訝るような鋭い目を向けてきていた。
「仮にその者が本当に英雄だったとしよう。だが、それはあなたもだろう。アッシュ・ブレイブ」
「……買ってくれるのは嬉しいけどな。俺に英雄なんて呼ばれるような力はない」
「あくまでシラを切るつもりか」
「そっちもあくまで俺と決めつけるつもりか」
オルティスはどこか確信しているようにも見える。
ただ、いくら確信していようと材料がなければこちらも認めるつもりはない。
そうしたこちらの決意を見て取ったか。
オルティスが目を伏せ、静かに息を吐いた。
「……あまり公にさらすべきものではないが、しかたない。ルグシャラ、あれを出せ」
「はぁ~いっ。んっ、んっ」
なにやらルグシャラが自身の胸元に手を突っ込もうとしていた。だが、胸部に隙間がほとんどないため、なかなか入れられずにいる。
「と、取りだせません……すこぉしだけ待っててください」
言うやいなや、ルグシャラが腕部の鎧をはがしたのち、両腕を胸部の鎧内に引っ込めた。それから両手を胴体の下から出し、もぞもぞと動かしながら持ち上げていく。途中、引っかかるような形で詰まっていたが、その理由はすぐにわかった。
すぽっと鎧が脱がれたとき、上に持ち上げられる格好になっていた彼女の胸が反動でこぼれ落ちた。黒い薄手の布に包まれた胸が大きく揺れる。
鎧のせいでまったくわからなかったが、とても豊かな胸だ。小柄なわりにヴァネッサに近しいものがある。
男として思わず目をひかれそうになるが、すぐさま正気に戻った。相手が狂人のルグシャラということもあるが、なにより仲間の女性陣が三様の表情で恨めしそうにルグシャラの胸を見ていたからだ。
我がチームの女性陣は揃って慎ましやかな胸の持ち主だ。
やはり思うところがあるのだろう。
ルグシャラが「んぅっ」と艶かしい声を出しながら服の胸元へと片手を突っ込んだ。首に回された紐からして首飾りを隠していたのか。再び手が引き抜かれると、ぶらぶらと揺れる飾りも姿をあらわにした。
海の底を思わせる深い青色の宝玉だ。
輪郭は翼を思わせる形状の白銀で包まれ、美しく彩られている。簡素ながらこの世の物とは思えない不思議な魅力がある。
そのあまりの神々しさから、仲間たちに至っては感嘆の声をもらしている。
「これは神の力に反応して光を発する聖遺物だ」
オルティスの説明にクララが難しい顔で首をかしげる。
「神の力?」
「血統技術と捉えてもらっていい」
「そんなもの、あったんだ」
「アッシュ様が近づくと熱くなるんですよぉ。火傷しそうなぐらいに……っ」
ルグシャラが空いた手で胸元を押さえながら、はぁはぁと息を荒くする。こちらは近づいたら火傷どころか肉を食われそうでならない。
「でも、それはアッシュのものとは限らないんじゃないかしら」
そう口にしたのはラピスだ。
敵意むき出しの目でオルティスを睨んでいる。
「そうだね、ボクたちにも血統技術があるわけだし」
「うんうんっ。みんなのが集まってそう感じただけかもっ!」
ルナに続いてクララが言うと、ルグシャラがにまあっと笑った。身を乗りだし、仲間たちへと順々に聖遺物を近づけていく。話に聞いていたとおり宝玉が柔らかな光を発しはじめる。クララのときだけ少し強めだったが、大体が同じ強さの光だ。
「たしかにあなたがたの血統技術はとても強力なようだ。これほどの光はなかなか見ない。だが……それでもやはり彼の前ではかすむ」
こちらの前に聖遺物が達したとき、ひと際強い光を発した。
どんな暗がりでもはっきりと窺えるほどの強さだ。
ルグシャラが満足気に聖遺物を両手で包みながら座りなおすと、オルティスが話を再開する。
「彼は誰より神の寵愛を受けている。これほどの光を発せられる者は《たったひとりの英雄》を置いてほかにはない」
なぜこれだけ違うと言っても信じてもらえないのか。
不思議でならなかったが、相手は聖遺物という絶対の判断材料があったわけだ。
おそらく〝たったひとりの英雄が誰かを教える〟ための条件をあえて受けたのは、こちらに認めさせるためだったと見て間違いないだろう。
「どうか我々ミロによる世界平定のため、その力を貸していただけないだろうか」
「そのために手を貸して人殺しをやれってか。それこそ世界に混乱を招くって奴だろ」
「光ある未来は待っているだけでは訪れない。いまやその域にまで世界の崩壊が進んでいる。世界で苦しむ者たちを救うためには、いま立ち上がるほかないのだ」
都合のいい言葉だけが並べられた回答だ。
第一に彼の言葉はミロ視点で語られている。
まるで心に響かないし、共感もできない。
「俺の答えは言ったとおりだ。ってか、そもそもそういうものに興味がない」
「この先世界が滅ぶとしても答えは変わらないのだろうか」
「俺にできることがそこまででかくないことは俺自身が誰よりわかってる。仮に本当に世界が滅ぶとしても俺は手の届く範囲だけを守るので精一杯だ。やるなら勝手にやってくれ」
巻き込むなという思いを込めて睨んだ。
ただ、こちらの決意を聞いてもなおオルティスの目は変わらなかった。
思った以上に厄介な人間に目をつけられてしまったようだ。この男は、ここで追い返したところで何度でも来るだろう。そういった手段を選ばない者の目をしている。
良識のある人間と思わせて、オルティスもまたルグシャラのように狂った一面を持っている。ダリオンたちにした仕打ちからしてもおそらく間違いはない。
アッシュは仲間たちを一瞥したのち、盛大にため息をついた。
「言っとくが、俺が協力すればお前らが望んだ未来はまずやってこないぞ」
「……それはどういう意味だ?」
真意をはかるようにオルティスが怪訝な顔を向けてきた。
そのやり取りを見ていたレオが一気に顔を険しくする。
「アッシュくん、まさか……」
「悪いな、みんな。ちょっと塔まで行ってくる」
アッシュはひとり席を立ち、廊下に向かった。
肩越しにオルティスとルグシャラを睨みながら告げる。
「ついてこい。……見せてやるよ。お前たちがどんな過ちを犯そうとしているのかをな」





