◆第十三話『目指すべき場所がひとつへ』
「さすがに柱廊も簡単じゃなかったな~……」
アッシュは92階の踏破印を刻んだのち、どかっと座り込んだ。辺りを見回せばほかの仲間たちもぐったりとしている。クララやレオに至っては仰向けに寝転んでいる始末だ。
ラピスが《限界突破》使用により疲弊していたことや、すでに空が暗かったこともあり、塔内突破後に野営を挟んでからの翌日。柱廊の攻略に乗りだし、いましがた突破したところだった。
「うぅ、まだ目がちかちかするぅー」
「柱廊でも雷撃の嵐だったもんね」
目を両手で押さえながら嘆くクララに、ルナがあははと苦笑する。
トールや空中通路にしかけられた柱から放たれる雷撃は規模が規模なだけに塔内だけかと思いきや、柱廊でもあいまみえることとなった。
トールは空側からたびたび顔を出し、壁側からは埋め込まれた人間の頭大の宝石から短い間隔で雷撃が放たれてきた。柱廊の狭さもあって空中通路よりもひどく窮屈で躱すのが難しかった。
レオが寝転んだままくるくる回りながら近づいてきた。重鎧姿とあって凄まじく騒々しい音のおまけつきだ。そのままこちらの尻に直撃する進路だったので無言ですっくと立ち上がって避ける。
と、少し通りすぎた先でレオもまた立ち上がり、晴れやかな笑みを向けてきた。
「とにもかくにも、これでようやく91階を突破できたね。本当に長かったよ」
何事もなかったかのように振舞うさまはさすがの精神力だ。
「81階のときの2倍以上はかかった気がするな。でもま、突破は突破だ。これを機にどんどん昇ってこうぜ」
「うんうん。でも、ようやく突破できたんだ。今日ばかりは祝勝会といかないかい? もちろん僕の奢りってことでね!」
おぉ、とクララが歓喜の声をあげる。
そんな彼女に相反して、隅で静かにしていたラピスの顔は憔悴しきっていた。
「その前にまずは水浴びをしたいわ……」
彼女は胸元の服を左手でつまみながら、その中に右手でぱたぱたと仰いで風を送っていた。頬やこめかみにはしめった髪がばらけてはりついている。
柱廊を突破する際にも彼女にはまた《限界突破》を使わせてしまった。誰よりも疲労が溜まっていてもおかしくない。
そんなラピスの言葉で思いだしたか。
クララとルナもまた服をつまんで汗を気にしはじめた。
「あたしも~」
「ボクもだよ。できればどこかで食べるにしても少しだけ休憩がほしいかな」
女性全員の要望とあっては断るわけにもいかない。
いずれにせよこちらも疲労のせいですぐに飯を食えるかと言えば、あやしいところだ。
アッシュは柱廊の先、広がる青い空を眺めながら言う。
「まっ、まだ夜まで時間はあるしな」
「それじゃ夕刻にまた中央広場で落ち合おうか」
「ああ、それでいこう」
◆◆◆◆◆
「どこがいいかな~。やっぱり食べ放題の《スカトリーゴ》かな~」
「でも彼の奢りなら実質どこでも食べ放題みたいなものじゃないの」
「たしかに! ラピスさんあったまいいーっ!」
「クララくん、ラピスくん……で、できればお手柔らかに……」
景色に赤が滲みはじめた頃。
噴水広場で再集合し、91階突破の祝勝会へと繰りだしていた。
軽やかな足取りのクララとラピスに、肩を落としてどんよりとしたレオ。そんな3人を後ろから眺めながら追っていると、なにやら隣を歩くルナがくすくすと笑いだした。
「急にどうしたんだ?」
「いや、もうすっかり馴染みのある光景になったなぁって」
クララにラピス、レオ。
いまでこそ違和感はないが、たしかにチームを組む前であの組み合わせはまったく考えられなかったものだ。とくにクララとラピスはまず間違いなくチームを組む前ではありえなかった。
「はっきり言って島の外じゃまず縁のなかった奴らばっかだもんな」
「生まれた国も歳も違う。そんなみんなが思い思いの理由で島に来て、出会って、チームを組んで……こうして91階を突破できるぐらいまでになった」
「ああ。いまなら言える。このメンバーだからこそ、ここまで来られたんだってな」
「うん。そしてまだ残った階もきっと突破できるはずだ」
もとより仲間も塔の頂を目指すと言ってくれていたが、どこか漠然としたころがたびたび見て取れた。だが、最近はルナだけでなく全員が明瞭になっているのがありありと伝わってくる。
やはり90階を突破したことが大きな理由だろう。
全員が塔の頂をはっきりと意識しはじめている。
――自分だけでもてっぺんを見ていればいい。
そう思っていたときもあったが、やはり仲間が同じ場所を見てくれているのはなにより嬉しかった。
「2人とも~、なにしてるの~!? 置いてっちゃうよー!」
クララがこちらへと手をぶんぶんと振っていた。
早く美味しいものを食べたくてしかたないといった様子だ。
「ほんと戦闘のときからは考えられない積極性だな」
「でも、クララはああじゃないとね」
「だな。あれこそクララって感じだ」
そうしてアッシュはルナと笑い合い、歩みを再開する。
「アッシュさまぁ~」
ねっとりとした声が後ろから聞こえてきた。
振り返った先、立っていたのは兜つきの鎧に身を包んだ2人の挑戦者。
「……ルグシャラ? それにオルティスも。どうしたんだ?」
2人は揃って兜をとると、その顔をさらした。
相変わらずルグシャラはへらへらと気味悪く笑っているが、オルティスのほうは至極真剣な顔をしていた。
オルティスが兜をぐっと左脇に抱えた。
こちらを見据えながら力強く告げてくる。
「約束の30階……いましがた突破してきた」





