◆第九話『再び描かれた剣閃』
案内されるがまま中央広場から北西へと抜ける通りを進むと、前方に二つの影が見えてきた。
ひとつは地面に転がった挑戦者のもの。
もうひとつは──。
「あれぇ、アッシュさまじゃないですかぁ~」
ゆらりと身を起こしたその姿を目にし、アッシュは思わず頭を抱えそうになった。
間延びした声に兜つきの鎧。
間違いない。
神聖王国ミロの聖騎士。
ルグシャラだ。
「きさまがやったのか……?」
シビラが倒れた挑戦者を見たのち、低い声を放った。
怒っているのがありありと伝わってくる。
ただ、その矛先を向けられたルグシャラは相反して平然としていた。かくっ、と首を直角に傾げる。
「なんですか、あなた?」
「きさまがやったのかと訊いている」
「うん? はい、そうですけど。あ、そうです聞いてください! この人、あんまり強くなかったんです! 6等級なのに! 新人のわたしよりも弱かったんです!」
世紀の大発見とでも言わんばかりに嬉々として報告してくるルグシャラ。その無邪気な煽りを受け、シビラの中で燃える怒りの炎がさらに強さを増したようだった。
シビラは威嚇するように鋭い目を向けて言い放つ。
「ここ最近、無差別に決闘をしかけているのはきさまで間違いないな」
「はいっ。強い人を捜してます! でも弱い人ばかりで困ってます!」
思いのほかあっさりと認めたうえ、清々しい声で理由を教えてくれた。
シビラは表情をいっさい変えずに倒れたアルビオンのメンバーへと目を向ける。
「……なぜこのようなことをした。彼はきさまを止めようと忠告しただけのはずだ」
「わたしも忠告しましたよ? 邪魔をするなら剣を抜きますよーって」
ルグシャラは両手に1本ずつ持った長剣をぶんぶんと振り回しはじめる。と、なにか気づいたように「あっ」と声をあげた。
「もしかしてあなたもこの人と同じでわたしに忠告しにきたんですか? だったらやります? やりますかぁ!? もしわたしに勝ったらなんでも言うこと聞いちゃいますよぉ」
ルグシャラの人間性を目の当たりにしてシビラも覚悟を決めたようだった。佩いていた剣を静かに抜き、構える。
「どうやら話し合いで解決、とはいかないか」
「そうですそうです。戦士ならやっぱり斬り合いで解決ですよ~」
ルグシャラが興奮したように双剣を打ち合わせ、甲高い音を響かせる。
その最中、シビラが「彼を本部まで頼む」と、ここまで案内してくれたギルドメンバーに倒れた挑戦者の保護を指示し、退避させた。
倒れた挑戦者はどうやら気絶させられただけのようで大きな怪我はないようだ。ダリオンチーム相手のときはひどかったが……一応、今回に関してはわずかな気遣いは感じられた。
シビラが剣を握る力をぐっと強める。
「すまない、アッシュ。きみの知り合いのようだが、手加減はできないかもしれない」
「いや、知り合いっつってもそんな深い仲じゃないし気にしなくてもいいぜ」
「そんなぁ、大事な大事な約束を交わした仲じゃないですか。あはっ」
「や、約束……?」
ルグシャラの思わせぶりな発言にシビラがぴくりと反応した。
アッシュは頭をかきながらため息をつく。
「塔の30階まで昇ったら闘うって約束をしただけだ。ったく、ルグシャラ。誤解されるような言い方はやめろ」
「あはっ、あははははっ」
高い声をあげて大げさに笑うルグシャラ。
そんな彼女を目にしつつ、アッシュはシビラに伝える。
「気をつけろよ、シビラ。あいつ、あんな感じだけどミロの聖騎士だ」
「……なるほど。どうりで」
シビラが得心がいったように言った。
装備面の問題から新人が6等級の挑戦者相手に勝つことはほぼない。だが、強力な血統技術、あるいは魔法の類を有していれば話はべつだ。今回、ルグシャラの場合は《ミロの加護》が大きな勝因となったのは間違いない。
「しかし、ジグラノといいきさまといいミロの聖騎士はどうしてこうも好戦的なんだ」
そう口にしたシビラの言葉にはひどく同意だ。
聖騎士になる条件のひとつとして、人柄が重視されることは広く知られている。が、ジグラノもルグシャラも、お世辞にも人柄がいいとは言えない。頭のネジが1本どころか数本飛んでいる狂人だ。
と、なにやらルグシャラの様子がなにかおかしかった。笑ってばかりの先ほどとは打って変わって時間が止まったように硬直している。
「ジグラノさんを知ってるんですか?」
兜の中からぼそりと呟きがもれてきた。
シビラが頷いたのち、答える。
「知っている。彼女はわたしと同じギルドに所属していたからな」
「あなたとジグラノさん、どっちが強いんですか?」
「純粋な強さという点では彼女だろう。ただ……わたしは彼女と戦って勝った」
シビラは勝利を誇ることなく、だだ事実として伝えていた。
「へぇ~、ジグラノさんより強いんですか。それは楽しめそうです……っ」
ルグシャラは歓喜の声をあげるやいなや、体をゆっくりと前に倒しはじめた。
どうやら始まるようだ。
アッシュは3歩ほど後退して通りの端へと移動する。
すでにルグシャラは地面に頭突きをかましそうになるほど体を倒していた。このままでは戦闘前に血まみれになるが、そうはならなかった。
放たれた矢のごとく、疾駆を開始。
一気にシビラとの距離を詰めた。
「ヒィヤアアアアアアアアアッ!!」
すべりながらなめらかに停止すると、奇声を発しながら右手の剣を横薙ぎに繰り出す。かなり低い。膝下を刈り取る軌道だ。
シビラが剣先を下向けて割り込ませようとする。が、すぐさま剣を引いて後退した。すでにルグシャラが左手の剣を振りかぶっていたからだ。あのまま受けていれば頭を刻まれていた。
ルグシャラは剣を振り切ることなく、胴体を動かすことで強引に勢いを殺した。そのまま前へと駆け、シビラが体勢を整えるよりも早く肉迫する。
「くっ」
「あはっ、あははははははっ!」
好機とばかりにルグシャラがシビラへと連撃を浴びせはじめた。刃が衝突し、甲高い音が幾度も静かな夜に響き渡る。
重鎧とはとても思えない機動力――というよりしなやかな動きだ。柔らかなだけでなく、相当な膂力がなければまずできない。
ただ、彼女の強さは肉体だけではなかった。
一見して剣は荒々しいが、どれも見惚れるほど流麗だ。
とはいえ、ルグシャラが使っているのは2等級の武器。
2つの穴には硬度増加の強化石を装備しているようだが……。
シビラの武器は8等級。
いくら剣技に優れていても、あまりに質が違いすぎる。
まともに打ち合えばすぐにでも得物は損壊するだろう。
シビラもそれに気づいていないはずがない。
それでも打ち合いが続いているのは、あえて破損させないようにしているだけだ。
「手加減してくれるんですね!? でも、そんな余裕があるんですかぁっ」
完全にシビラが押されている。
反撃に幾度か縫うような一撃を繰り出しているが、ことごとく《ミロの加護》に防がれていた。いまもまた光の膜に阻まれ、シビラの剣が虚空でぴたりと止まる。
「無駄ですよぉっ!」
ルグシャラがシビラの剣を押しのけて再び攻勢に入る。
シビラにとって防戦一方といった展開が続いている。だが、焦った様子はいっさいなかった。それどころか迷いのない剣閃を描き続けている。
それもそのはずだった。
シビラはすでに勝敗を決するための手を打っていた。それがいま、ルグシャラに躱された薙ぎの一撃で完成したようだ。シビラが剣先を突き立てる。
それを確認した瞬間、アッシュは声を張り上げる。
「止まれ! ルグシャラ!」
邪魔されたと思っているのか、ルグシャラが苛立ったように剣先を石畳にガンッと打ちつけた。
「なんですかぁ……? いくらアッシュ様でも勝負を邪魔するのは許しませんよ」
「だからその勝負は決着がついたんだよ。ルグシャラの負けだ」
「……はい? なにを言ってるんですか? どうしてわたしの負けなんですか? わたしのほうが攻めてたんですから、ここで終わるならわたしの勝ちですよねぇっ!」
「わかってないならなおさらお前の負けだ。そこから動くな」
そう警告したものの、ルグシャラは聞き入れなかった。
いま一度苛立ちをぶつけるように剣を石畳に打ちつけたのち、シビラのほうへと向かおうとする。が、1歩踏みだしたところで彼女の兜にピシッと亀裂が入った。ちょうど鼻辺りを区切りに上下を分断する形だ。
「……え」
異変に気づいて急停止し、呆然とするルグシャラ。
なにが起こったかわからないといった様子だ。
彼女の兜を刻んだのはシビラの血統技術――《ゆらぎの刃》が持つ2つの能力のうちの1つ。刻んだ空間に刃を置くというものだ。
実際の刃として機能するため、触れればもちろん肌を刻まれる。そしてなにより特徴的なのは刻んだ刃は使用者にしか見えないという点だ。
シビラが虚空を斬った場所を正確に把握していれば防ぐことは可能だが、戦闘しながらでは至難の業だ。初見ならば気づかずに刻まれることがほとんどだろう。
いまルグシャラが立っている場所を囲むように《ゆらぎの刃》は幾つもしかけられている。それらを解除するようにシビラが自身の剣を一振りした。
「本当になにからなにまでジグラノと似ているな」
悲しんでいるのか、懐かしんでいるのか。
シビラはどこか複雑な表情でそう口にすると、剣を鞘に収めた。
どのようにしてジグラノに勝ったのか。
シビラから話は聞いていたが……。
今回はその勝負を奇しくも再現する形となった。
ルグシャラが両膝をついて座り込んだ。
剣をこぼして空いた両手を見つめながら、叫ぶ。
「負け……負け……負けたぁああああああっ!」





