◆第七話『空覆う巨鳥』
指示どおりに《ストーンウォール》が生成されたのと、巨鳥の通過で起こった風が襲ってきたのはほぼ同時だった。ドンッ、と鈍い音をたてて《ストーンウォール》で勢いが止まる。
これまでに受けたことのない強烈な突風だ。
まるで全身に鉄球をぶつけられたかのようなとてつもない衝撃が襲いくる。
こちらに転がってきていた球形型オートマトンに至っては突風に耐えきれず通路から落ちている。おかげで自爆祭りはまぬがれたが、代わりにこの風では得した気分にはなれない。
ぴしっと音が聞こえたかと思うや、《ストーンウォール》が壊れてしまった。支えを失い、左方へと流される。風は止んだものの、勢いは残ったままだ。
アッシュは慌てて剣を足場に打ちつける。刺さることはなかったが、わずかながら勢いを弱めることには成功した。ほかの前衛組も同様に得物を打ちつけてなんとか凌いでいる。
クララは小柄なうえに得物を持っていないこともあり、まるで紙のように軽やかに飛んでいく。あのままでは通路の外側へ投げ出されてしまうが、間一髪のところで《テレポート》を使用。なんとか通路に残っていた。
ただひとりルナだけは得物が弓とあって勢いを弱めるのに手こずっていた。急いで弓を放り投げ、携帯した短剣を抜いて足場に打ちつける。
が、間に合いそうにない。そのまま通路の端に追いやられ、ついには身を投げだされてしまう。辛うじて片手で通路の縁を掴んでいる。
「ルナッ!」
アッシュは剣を鞘に収めながら駆け寄り、急いでルナの手首を掴んだ。ルナは身長が高いものの、体重はそう重くない。おかげで容易に引き上げられた。
ただ安堵する暇はないとばかりに柱から放たれた雷撃が襲ってきた。アッシュはルナを抱いたまま、身を転がしてやり過ごす。
「ありがと……助かったよ」
「ああ、間に合ってよかった」
言いながら、アッシュは辺りを見回す。
通路の先から球形型オートマトンの姿は消えていた。
代わりにシヴァやオートマトンが次々に現れはじめている。
あれらの相手はまだいい。
問題は先ほどの巨鳥だ。
左方の遥か先まで到達した巨鳥は大きく弧を描くように飛んでいる。あの軌道では、また右方から通路に戻って突風をしかけてくる可能性が高い。
もう迷っている暇はない。
アッシュは声を張り上げ、指示を飛ばす。
「撤退だ! レオ、先に戻って先頭で頼む! ラピス、俺と後ろを持つぞ!」
◆◆◆◆◆
塔前の広場に戻ってくるなり、アッシュは仲間とともに座り込んだ。
昼下がりといった頃合で塔に潜ってからあまり時間は経っていない。だが、全員が1日中戦い続けていたとばかりに疲労困憊といった様子だ。
アッシュは両足を伸ばし、両手を後ろの地面につけた。
上半身を仰け反らせながら思い切り息を吐きだす。
「もう少しいけると思ったんだけどな」
「予想外のことが起きすぎたからね」
レオも同じような格好でくつろいでいた。
彼のそばに置かれた盾はすでにボロボロだ。
いかに10等級の敵の攻撃が激しいかがわかる。
「9等級は天使の物量で驚かされたけど、10等級はあらゆる面で規格外ね……」
ラピスが垂れた髪をかきあげ、ふぅと息をついた。
大げさに息をつかないあたり本当に疲れているようだ。
アッシュは首をひねり、辺りを見回す。
チームと思われる5人組のほか、塔の入口のそばに緑髪のミルマが立っていた。彼女は塔の管理人を任されているミルマだ。遭遇した魔物なら名前を教えてくれる。
「管理人。10等級のあのでっかい鳥はなんて言うんだ?」
「ジズ、ですね。通路から落下して今日こそ帰らぬ人になったと思っていましたが、よく戻ってこられましたね」
「相変わらず口を開けば毒が飛んでくるな」
「これぐらいしか楽しみがないのです。どうぞ甘んじてお受けください」
にっこりと満面の笑みを向けてくる管理人。
塔を昇りはじめてからずっとこの調子だ。
甘んじる以前になにも思わなくなってきたのが本音だった。
「ま、クララのおかげでなんとかな。にしても反応早かったな」
「《ストーンウォール》だけはいつでも使えるようにって準備してるからね」
えへへ、とクララが得意気に胸を張った。
かと思いきや、なにかを考えるような素振りを見せる。
「ジズはトールみたいに迎撃できたりはしないのかな?」
「やるだけやってみるか。ただ、あれはトールとは比較にならないほどでかいからな。期待はしないほうがいいかもな」
「だよね……となると、やっぱり《ストーンウォール》の強化かなあ」
言いながら、左腕をかかげるクララ。
そこにはめられた《ストーンウォール》のリングをルナが見つめながら言う。
「いまのは8等級のリングだったよね」
「うん、足場にすることがほとんどだったし、そんなに等級を上げる必要ないかなって後回しにしてたんだ」
「あの突風に耐えるとなると、10等級に交換しないとかもね」
「でも《フレイムバースト》を外すのは火力が……」
「新しい交換石を集めるしかないね」
だよね、とクララが唸りながら縮こまった。
魔法は種類ごとに単独で強化しなければならない。
ゆえにチームの誰よりも武器交換石を要求されることになる。
ただ、現状10等級品は自力で入手するしかない。
そんな事情もあって肩身が狭く感じているのだろう。
「まだまだ強化しないとかぁ」
「逆に言えば、まだ強くなれる余地があるってことね」
クララの鬱屈した気分を吹き飛ばすようにラピスが言った。
続けてレオも明るい声をあげる。
「先が見えて強化の方針も確認できたし、今回で大きく進んだのは間違いないね」
「だな。今後はあの通路攻略に向けて頑張ってくとするか」
いま、挑んでいるのは塔でもっとも難しい10等級階層だ。これまでの階層を思えば、もとより簡単に攻略できるとは思っていない。
一気に飛ばしたい気持ちはあるが、着実に進むことがいまはもっとも大事なことだ。ゆえに――。
アッシュは跳ねるように立ち上がった。
「ってことでまずは飯だ飯。どっか食いにいくぞ」
「やたっ! 実はお腹ぺこぺこだったんだよねーっ。ごはんごはんーっ!」
一瞬で元気を取り戻したクララがぴょんっと立ち上がった。尻についた埃をはたいて落としたのち、たたたっと中央広場へと歩きだす。
その変わり身の早さには仲間たちも呆れつつ苦笑していた。
「……クララにはなにより効果的ね」
「あはは……わかりやすくていいんだけどね」
「うん、あれでこそクララくんって感じだよ」
「みんなー、なにしてるのー!? 早くー!」
すでに小さくなったクララが手をぶんぶんと振っている。その姿を横目に見つつ、アッシュは仲間と笑い合った。





