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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【精霊の泉】第三章
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◆第四話『忍び寄る影』


「アッシュってさ、よく喧嘩売られるでしょ」


 アルビオンから解放されたのち、通りに出るなりルナがそう言ってきた。

 アッシュは顔をしかめながら問い返す。


「なんだよ、いきなり」

「いや、もう少し穏便に済ませようとか考えないのかなって」

「こっちに非があれば俺だってそうするさ。でも、俺たちは悪くない」


 隣で俯いたまま歩くクララを見やる。


「そう、悪いのは襲ってきたあいつらだ」

「……ごめんね」


 騒動が収まってからというもの、クララは下を向いてばかりだった。

 普段が普段なだけに調子が狂う。


「言ったろ、気にするなって」

「そうだよ。ボクたちは仲間だからね」


 ルナが苦笑しながら続ける。


「っていうかボクのせいできみたちはルミノックスに狙われることになったんだ。今回の件でクララのこと責められないよ」

「アッシュくん……ルナさん……」


 クララはようやく顔を上げた。

 まだ気にしているようだが、そのうち元に戻るはずだ。

 そう信じて、アッシュは話を切り替えた。


「にしても、これからどうするかだな」

「敵もかなり数を減らしたようだけど、何人かは逃げ延びてたみたいだしね。いつまた襲ってくるか……」


 相手は暗殺部隊と言うだけあって身軽な者が多かった。

 どこからでも襲撃できる力はあるはずだ。


「クララ、しばらくひとりで行動するの禁止な」

「え、どうして……」

「話聞いてなかったのか? 暗殺部隊の生存者がまだお前の首を狙ってるんだよ。死にたいってんなら話はべつだけど」

「し、死にたくないよっ」

「なら言うこと聞こうな」


 言って、アッシュはクララの頭に手を置いてわしゃわしゃと髪をかき乱した。なにか文句を言いたげに口を尖らせていたが、保護される手前か。渋々受け入れているようだった。


 そんなやり取りを見ながら、ルナがクスクスと笑う。

 と、なにか閃いたかのように「そうだ」と声をあげた。


「ボクもそっちに宿を移そうか?」

「ルナさんが来てくれたら心強いけど……いいの? あそこボロボロだし床軋むよ?」

「おいクララ。それブランさんが聞いたら追い出されるぞ」

「うぁっ、ちょ、ちょっと待って。いまのなし! 聞かなかったことにして! あたし、あそこ追い出されたら本当に行くアテないから困るの!」


 クララが本気で取り乱しはじめる。

 その姿はいつもの彼女だった。


「元気出たみたいだな」


 クララも普段の自分に戻っていたことに気づいたか。

 はっとなったあと、少し照れつつ笑みを零した。


「……うん。2人とも、ありがとう」



     ◆◆◆◆◆


 夕食後に訪れる、静かな時間。

 アッシュはひとつの扉をノックした。


「ちょっといいか?」

「……どうしたのー?」


 間もなくして扉が開けられ、中からルナが出てきた。

 と、その格好に思わずアッシュは目を瞬いてしまう。


 薄手の布着を羽織っただけのかなり粗野な格好だったのだ。

 少し屈みでもすれば胸元から乳房が覗けるかもしれない。

 こちらの視線に気づいたか、ルナがにやりと笑う。


「見る? 大きくないけど、ちゃんと女だってこと証明できるよ?」

「いや遠慮しておく。普段からくっつけられてるからな。疑念なんていまさらねぇよ」

「日頃の行いが実ったって奴だね」


 こんな他人をからかうような人間だ。

 胸を見せてほしいなどと頼んだ日にはどうなることか。

 きっとことあるごとに話のネタにされるに違いない。

 いまでは慣れた冗談を言い合ったのち、本題に入る。


「これから外に行こうと思ってるんだが、クララのこと頼めるか?」

「もちろん。そのために宿を移したんだしね。それより、どこへ?」

「ちょっと知り合いのところにな」

「暗殺部隊の行方について探りを入れるってところかな」

「察しの通りだ」


 いくら広いとはいえ、ここは絶海の孤島だ。

 ずっと人目につかずにいるのは難しい。

 ゆえに、どこかに情報が転がっていてもおかしくはないと思ったのだ。


「りょーかい。じゃあそっちは任せるよ」

「ああ」


 そうしてルナに別れを告げたのち、アッシュは目的の場所へと発った。



     ◆◆◆◆◆


「ブヒィイイイッ!」


 相変わらずの洗礼を受けながら、アッシュは目的の場所――《喚く大豚亭》へと入った。


 騒がしい客たちをかきわけながらカウンターへ。エールを一杯購入したのち、ある人物の姿を捜しはじめる。と、早々に見つけた。


 隅の小さなテーブルでエール片手に談笑する2人組。

 レオとルーカスだ。

 彼らの席につきながら声をかける。


「よ、飲んでるか」

「アッシュくんじゃないかー!」


 レオが過剰なほど大きな声で迎えてくれる。

 すでに出来上がる寸前といった様子だ。

 そんなレオとは対照的にルーカスの顔はまだまだ白かった。


「聞いたぜ。なんか変な奴らに襲撃されたんだってな。大丈夫だったか?」

「この通りな」


 軽く腕を広げて無事を証明する。

 レオがぐったりしながら机に顎を乗せると、潤んだ目を向けてきた。


「近くにいたら絶対助けに向かってたんだけど……ごめんねぇ……」

「その気持ちだけでも嬉しいぜ」


 レオのことだ。

 本心から言ってくれているのだろう。


「にしても、相変わらず噂が絶えないな、アッシュ」

「こっちは好きで目立ってるわけじゃないんだけどな」

「ま、もっとも厄介なのはアルビオンに目をつけられたことか」

「相変わらず情報が早いな」

「これでも知り合いは多いほうなんでな」


 ルーカスは自身を卑下しているが、そんなことはない。

 たしかに目つきは悪いが、実際はとても気さくで話しやすい人間だ。

 多くの知り合いがいたところでなにも不思議なことはない。


 レオだってそうだ。

 出逢ったときから良くしてくれている。

 彼に多くの知人がいることは間違いないだろう。


 そして、そんな彼らだからこそ頼めることがある。


「なあ、2人に折り入って頼みがあるんだ」


 店内に騒がしい声が響く中、アッシュは不釣合いに静かな声で切り出した。


「俺たちを狙ってる奴らがまだ島に潜伏してるみたいでさ。黒ずくめの服を着てるんだが……もし見つけたら知らせてくれないか? 大した礼はできないとは思うが……頼む」


 情報収集に協力すれば敵に目をつけられるかもしれない。

 それは彼らもわかっているはずだ。

 にもかかわらず、ほぼ間を置かずに答えを口にした。


「もちろん協力させてもらうよ。お礼のほうもべつにいらないし」

「同じく。そんぐらいお安い御用だ」

「ありがとう、2人とも」


 アッシュは目を伏せ、改めて頭を下げた。

 そして、自身の幸運と巡り合わせにも感謝をした。


 その後、エールを一杯飲み干すと、早々に酒場をあとにした。

 もっと飲んでいこうよー、とレオにせがまれたが丁重にお断りした。


 べつに飲みに付き合うのがいやだったわけではない。

 単純にクララを心配してのことだ。


 ルナがついてくれているとはいえ、暗殺部隊の戦力はまだ充分に残っている。

 まだ油断はできない。


 と、前方に誰かが歩いているのを見つけた。

 暗がりではっきりとは見えないが、尻尾のような金髪を揺らしている。

 加えてあのすらりとした肢体。

 記憶の中のある人物と一致した。


「ラピス!」


 声をかけると、足を止めてくれた。

 振り返った姿は、やはりラピスだった。

 アッシュは急いで彼女のもとへと駆け寄る。


「あのあと捜したんだが、どこ行ってたんだ?」

「全員片付けたから切り上げて帰っただけ」

「無事かどうか訊こうと思ったんだが……心配するだけ無駄だったみたいだな」

「あんな雑魚、何人いたって同じだし」

「ははっ、頼もしい限りだ」


 ラピスが「それより」と言って、急に目つきを鋭くした。


「レオ・グラントに気をつけたほうがいい」

「それは知ってる。あいつは尻を触ってくる変態だからな」

「以前、あなたたちをつけてたところを見た」

「レオが?」


 口ぶりから察するに、話しかける機会を窺っていたわけではなさそうだ。

 いったいなにが理由でそんなことをしていたのか。

 見当もつかないが……。


「わかった。気をつけておく。本当に色々ありがとな。襲撃んときのことも含めて」

「お礼なんていらない。少しでも関わったから……死なれたら寝覚めが悪いだけ」

「今度飯でも奢らせてくれ。あーでも、あんま余裕あるわけじゃねぇから安いところで頼むぜ」

「ダメ」


 飯を奢るのでは満足できない。

 そういう「ダメ」かと思ったが、違った。


「《スカトリーゴ》。昼じゃなくて夜の」


 以前、一緒に食べた店だ。

 女性に人気な料理が豊富とあってラピスも懇意にしているのだろう。


 ただ、夜は400ジュリーと値段が高い。

 飲み物も加えればなおさらだが、ラピスには大きな恩がある。

 ここは額に目を瞑るしかないだろう。


「了解だ。それまで頑張ってガマルを太らせとくぜ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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登場人物紹介
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[気になる点] 粗野[名・形動]言動が下品であらあらしくて、洗練されていないこと。また、そのさま。
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