◆第三話『大盛りグラビティ』
「こ、こちらが交換屋になりますっ。塔の魔物が落とす交換石と呼ばれるものをここに持ってくればお好きな装備に変換することができますっ」
ちょうど目的地だったこともあり、交換屋の近くまで来てみたところ、シャオの上ずった声が聞こえてきた。体のほうもガチガチで緊張しているのが丸わかりだ。
対してそばに立つ男のほうはというと、シャオの話を興味なさげに聞いていた。
年齢は20代前半といったところか。
肩にかかる程度のサラサラな髪を真ん中で左右にわけ、額をあらわにしている。身なりのいい戦士といった風貌だ。
男が交換屋を見ながら気だるげにシャオへと問いかける。
「好きなものって、大きさとか限界あんの?」
「ど、どうでしょう。ある程度は決まってる気がするのですが」
「案内人なのに知らないのかよ。ま、いいけどさ」
「く、詳しいことは変換する際に中のミルマに質問していただければ」
「そうしたほうがよさそうだな」
新人挑戦者を案内している最中なのだろう。
ただ、相手の態度の悪さにシャオも苦労しているようだった。人間にまだ慣れていないこともあって、追い詰められたかのように縮こまってしまっている。
「……いけ好かない男ね」
「なにか喋らなきゃって考えすぎて焦っちゃってる感じだね」
「気持ち、すごくわかるかも」
ラピスの嫌悪とともにルナとクララが同情の声をあげていた。
このまま見ているだけというのも気が引ける。
具体的な対策があるわけでもなかったが、助けになればと声をかけることにした。
「よっ。案内人の仕事か」
「ア、アッシュさんっ」
シャオが振り向くなり顔をぱあっと明るくした。
たたた、と駆け寄ってきたのち、張り上げた声で紹介しはじめる。
「なにを隠そう、この方たちが現在のジュラル島において最強のチームと謳われるアッシュチームですっ! さ、さあ、どうぞ! 訊きたいことがあったらなんでも質問してください! 彼らにっ」
ひとまず伝わってきたのは、この機を逃すまいという必死さだ。
「……見事になすりつけてきたな」
「そ、そんなことはないです……よ?」
「思い切り目がそれてるぞ」
ばつが悪そうにさらに俯くシャオ。
とはいえ、もとより彼女の助けるために声をかけたので問題はない。幸いその目的も果たせたようで新人挑戦者の興味はこちらに向いていた。
「へぇー、すごいじゃん。でも強そうな感じはまったくしないな」
「よく言われる。ただまあ、あんたより強いのはたしかだな」
「……言うじゃねえか」
新人挑戦者が先ほどまでのすました顔を消した。
こちらを威嚇するような目を向けてくる。
「試したいなら相手するぜ」
「そんじゃお構いなくっ」
躊躇することなく男は踏み出してきた。
腰に佩いた正統的な長剣を抜き、距離を詰めてくる。
繰り出されたのは薙ぎ。向かって右側から迫ってくる。
さすがにジュラル島に来るだけあって剣筋は綺麗だし、速度も悪くない。
ただ、それだけの攻撃だ。
アッシュは長剣の柄に当てていた手を放した。即座に身を低くして前へと疾駆。相手の薙ぎを躱しつつ足をひっかけた。
相手が体勢を崩し、前のめりに倒れそうになる。が、それよりも早くに襟首を掴んで後ろ側へと倒した。どんっと背中を強く打ちつけ、新人挑戦者がむせるように呻く。その隙に相手の剣を蹴って弾いた。
「俺の勝ちだな」
「く、くそっ……避けやがって! 卑怯だぞ!」
「剣を抜くまでもないと思っただけだ」
いまの戦闘で実力差は伝わったかと思ったが、どうやら頭に血がのぼってそれどころではないらしい。新人挑戦者は納得がいかないとばかりに立ち上がると、走って自身の得物を拾い上げた。
また長剣を構えてこちらに向かおうとしてくる。
が、ぴたりと動きを止めた。
ラピスがウィングドスピアの穂先を彼の首元に当てたのだ。
「あなたじゃ何度やっても同じ。それでもまだやるっていうなら――」
ラピスの視線を受け、ルナが意図を理解したようだ。
にこにこと笑いながらクララに提案する。
「クララ、やっちゃっていいんじゃない?」
「う、うん。えいっ」
ためらいがちにクララが手を突き出した、直後。
新人挑戦者が黒いもやに包み込まれ、びたんっと地面にはりついた。黒の塔の9等級魔法――《グラビティ》だ。
「うぐぉおおおおおっ」
新人挑戦者が唸りながら必死に抵抗しているが、まるで起き上がれそうにない。そんな彼と目線を合わせるように屈みこんだレオが爽やかな笑顔で話しかける。
「うんうん、わかるよ。それきついよねえ。でもね、慣れてくるとだんだん気持ちよくなってくるんだ」
「んなわけ……あるかっ」
「クララくん、彼、まだ欲しいみたいだ」
「え? わ、わかったっ」
「ちが――あがっ」
次々に追加で放たれる《グラビティ》によって新人挑戦者がその場に固定されてしまった。シャオを蔑ろにした仕返しも兼ねていたが、すでに充分すぎるほど痛い目を見ただろう。
「それぐらいにしとけよー」
「はーい」
クララの呑気な返答とともに、ようやく新人挑戦者が解放された。だが、相当に体力を消耗したようだ。起き上がることなく、涎を垂らした状態でその場に倒れている。
「え、えげつないです……」
言いながら、顔を引きつらせるシャオ。
そんな彼女のもとへと歩み寄り、声をかける。
「案内人の仕事、頑張ってるみたいだな」
「本当は遠慮願いたいところだったのですが、ウル先輩がいないのでやむなく……」
「ウルがいない?」
「理由はわからないんですが、家まで呼びに行っても出てきてくれなくて」
おそらく昨日のことが原因だろう。
そうして思い出すような素振りを見せたからか、シャオが顔を覗き込んできた。
「アッシュさん、なにか心当たりがあるんですか?」
「ウルが慕ってたブランさんってミルマいたろ。なんでも近いうちにジュラル島から出ていくらしくてな」
「あ~……そういうことでしたか」
同じミルマとあってか、すぐに察したようだ。
シャオは視線を落としつつ、複雑な顔を見せた。やはり彼女の反応からしても、ただ島から去るといった単純なことではないのだろう。
「ウル先輩のためにここはシャオが頑張らないと、ですね」
シャオが小声でそう呟くと、気合を入れるように両手に拳を作った。再び上げられた彼女の顔はきりりとしてやる気に満ちあふれている。
「さあ、次の場所を案内しますっ。次は鍛冶屋で――」
「今日はもういい……明日にしてくれ……」
「そ、そんなっ!」
立ってくださいっ、と声をあげるシャオだが、新人挑戦者に起き上がる気配はない。せっかくやる気を出してもあの様子では続行は難しそうだ。
そんな光景を見つつも、アッシュはべつのことを考えていた。
先ほど話題に出てきたウルのことだ。
いつも元気で仕事熱心なウルがまさか休んでいるとは。ただ、ブランが去ることを知ったときの取り乱しようを思い出すと、無理もない気がした。
……心配だし、あとで寄ってみるか。





