◆第十一話『ペポン収穫祭②』
参加者全員が一瞬だけきょとんとしたのち、慌てて駆け出した。かさかさと葉擦れの音を鳴らしながら、次々に密林地帯へと入っていく。
「俺たちも行くぞ!」
乗り遅れまいとアッシュは仲間とともに浜辺から密林へと踏み入った。夜なうえに樹冠があちこちで月明かりを塞いでいることもあり、視界はあまりよくない。
「ひっ」
突然、クララが短い悲鳴をあげた。
彼女の視線を追うと、なにか異物が浮かんでいた。
丸みのある橙色の頭部に紫のローブ、と宣伝用紙に描かれていたジャックオーランタンの外見と同じだ。
「あれかっ」
アッシュはすぐさま飛びかかろうとするが、地を蹴るより早くに対象がごとっと地に落ちた。どこからともなく飛んできた矢に撃ち抜かれたのだ。
ルナの攻撃かと思ったが、どうやらほかの挑戦者による攻撃だったらしい。木の陰から挑戦者が飛び出てきた。
「へへ、もらいっ!」
ジャックオーランタンから出たものを回収する挑戦者。
落ちていたのは青の属性石ともうひとつ――眼球大の透明な硝子玉のようなものだ。中には小さな火の粉が揺らめいている。おそらくあれがパンプキンソウルで間違いないだろう。
と、視界の端でジャックオーランタンがすっと現れた。少し離れていることもあり、出遅れたかと思ったが、すぐさまルナが矢で射抜いた。ただの一撃でジャックオーランタンは地面に落下し、消滅する。
「……やっぱり一撃なんだ」
少し物足りなさそうに口にするルナ。
その彼女の肩から特殊ガマルが飛び下りた。
長い舌を伸ばしてパンプキンソウルだけを呑み込むと、またもとの場所へと戻っていく。今回のイベント専用と聞いていたが、どうやらパンプキンソウルだけを呑み込むようだ。
視界の中、遠くの木陰にジャックオーランタンが出現したのを捉えた。が、また新たに現れたほかの挑戦者がすぐに倒してしまう。
アッシュは得物を持った手を下ろし、ため息をつく。
「開始早々でこの辺りはまだ人が多いな」
「敵も強くないし、これは散らばって狩ったほうが効率よさそうだね」
レオがそう発言した途端、クララが「えぇっ」と声をあげた。どうしたのかと全員から注目を浴びる中、彼女は目を泳がせながら身振り手振りで説明しはじめる。
「ほら、もし強いのがいたら、ひとりだと危険なんじゃないかなーって」
「つまりひとりが怖いのか」
「うぐっ……そ、そうです」
ばつが悪そうに頷くクララ。
彼女の左肩に乗った特殊ガマルを見つめながら言う。
「そのガマルのほうがよっぽどやばい見た目してるけどな」
「こっちは可愛い方面でやばいですっ」
クララの力強い声に呼応するように、特殊ガマルが「グェェェッ!」と鳴いた。どうやら通常のガマルより発声が得意なようだ。
「じゃあ、ボクと一緒に行こうか」
「いいの? ありがとルナさん!」
組み合わせ的に後衛2人で固まるのはどうかと思ったが、敵の強さからしてとくに問題はないだろう。仮に強い敵が現れてもルナがいるなら無理をせず撤退を選ぶはずだ。
そうしてクララが安堵と同時に歓喜する中、ラピスが提案してくる。
「別れるなら担当する区域を決めたほうがいいんじゃない?」
「たしかに被るのは避けたいな。それじゃラピスは東、レオは西を頼む。俺は北側を担当する。ルナたちはそのままここらでいいか?」
全員から首肯と同時に了承の声が返ってきた。
「それじゃ散開だ!」
◆◆◆◆◆
アッシュは仲間と別れたのち、2体のジャックオーランタンと遭遇し、駆け抜けざまに排除。ほぼ止まることなく中央広場へと飛び出た。
密林地帯よりは明るいものの、なにやら霧がかかっていた。おかげで視界は悪いままで遠くのほうに至ってはほとんど見えない。
「街中にも出るのか」
アッシュはそばに現れたジャックオーランタンを瞬時に振った剣で切断した。その姿が消滅したことで入れ替わるように奥の光景があらわになる。
と、なにやら縦横無尽に駆け巡る影が見えた。
道だけでなく屋根の上でも構うことなく移動している。
一瞬敵かと思ったが、どうやら挑戦者のようだ。
目を凝らせば、黒い髪にラピスと似た背格好であることがわかる。
シビラだ。
あの尋常ではない移動速度は、おそらく《ゆらぎの刃》を使っているのだろう。
「……この祭りはシビラ向きだな」
中央広場における討伐対象の出現確率は悪くないようだが、彼女と食い合いになるのは得策ではない。アッシュは早々に中央広場を駆け抜け、再び密林地帯へと突入。島の北側の区域へと辿りついた。
北側は開始位置から遠いせいか、まだ人が少ないようだ。辺りを見回してみても、ちらほらと見える程度しかいない。
ただ、それを見越してほかの挑戦者もどんどん来る可能性は大いに考えられる。いまのうちにできるだけ狩っておきたい。アッシュは視界に対象が現れるなり属性攻撃を放ち、次々と討伐していく。
島の北端にそびえる白の塔前は地面がうっすらと白光していることもあり、視界がかなりよかった。遠くに現れた対象も瞬時も把握できる。ただ、その分だけ参加者が多く集まりだしていた。
反面、黒の塔前は霧がかなり深い。
視界が最悪とあってあまり参加者が飛び込んだ気配はない。
時間が経てば白の塔前はいまよりもっと人が増えるだろう。そうなれば遠くまできた意味がない。
……ダメもとで突っ込んでみるか。
アッシュはそう決めるやいなや、黒の塔前に満ちる濃霧地帯へと飛び込んだ。
わかっていたことだが、とてつもなく視界が悪い。
2、3歩先がまったく見えないほどだ。これでは敵を見つけるどころではない。失敗したか、と思った瞬間。
右手側から影が近づいてきた。こちらと変わらない大きさなこともあり、ほかの参加者かと思いきや、現れたのはジャックオーランタンだった。
いままでのものより遥かに大きい。
対象は目や口から光を漏らしながら突撃してくる。ただ、日頃シヴァ相手に戦っているからか、その速度がとても遅く感じた。
アッシュは焦ることなく剣を払い、難なく倒しきった。
ほかのジャックオーランタンより危険度が高いからか、報酬も少し豪華なようだ。五等級武器の交換石が出ている。
「これは美味すぎる……なっ!」
アッシュはまたも突進してきた対象を一撃で屠った。
なにより敵のほうから寄ってきてくれるのが楽でいい。敵との力量差も歴然だし、このまま濃霧地帯で狩るのが最善手で間違いないだろう。
「っし、一気に稼ぐとするか」
その後も濃霧地帯で狩りつづけ、パンプキンソウルが40個に達したとき。
どこからか騒がしい声が聞こえてきた。
何事かと濃霧の外に出てみると、次々に挑戦者が北西側に向かっていた。
その中に髪を片側で結ったぷっくり唇の挑戦者――マキナを見つけた。どうやら彼女もチームではなく個人で行動しているようだ。
「マキナ! あっちになにかあるのか!?」
「なんかすごいでっかくて強いのがいるらしいよー! アシュたんも行ってみたらー!?」
マキナは足を止めずに答えると、そのまま駆け抜けていった。次々に挑戦者が向かっていることからも、すぐに討伐されそうな気がしてならないが……。
強い、と聞いたら挑まないわけにはいかない。
アッシュは好奇心に身を任せ、マキナのあとを追って走り出した。





