◆第十話『ペポン収穫祭①』
「まさか自分の任期中に10等級の武器を扱うとは思ってもみなかったよ」
言いながら、鍛冶屋のミルマが受付台に長剣を置いた。
それは先ほど交換屋で変換したばかりの10等級のものだ。
「1等級のときを思い出すと、なんか感慨深いな」
アッシュは長剣を手に取って軽く掲げた。
柄にはしかと10個の赤の属性石が埋め込まれている。
「属性石10個は少し特殊でね。教えて構わないことになってるんだけど……属性攻撃を3つまでストックできるようになってるんだ」
「魔法みたいに宙に浮かせて待機させられるってことか?」
「そんな感じだね。ただ、放つにはもう一度武器で触れる必要があるよ」
使い方のひとつとしては横向きの斬撃を縦に並べ、最後に振り下ろすといった形か。
つまり3つの属性攻撃を待機させ、放つには最低でも4回は長剣を振る必要があるわけだ。ひと手間かかるが、思ったより悪くない。
ただ、クララは納得がいかないようで首を傾げている。
「それって普通に属性攻撃を使うのとあんまり変わらないんじゃないの?」
「いや、瞬間火力が段違いに上がるのは間違いない」
こちらの言葉足らずに仲間たちが補足してくれる。
「攻撃の機会が少ない敵を相手にするときは有効だね」
「敵が強くなればなるほど、そう簡単に攻撃させてもらえないからね」
「ええ、10等級の攻略には必須になるかも」
ルナとレオ、ラピスも戦闘経験は豊富とあって、すぐに使い勝手のよさに気づいたらしい。自身が10等級の武器を得た際のことを考えているのか、揃って思案顔になっている。
そんなこちらの様子を横目に見つつ、鍛冶屋のミルマが奥で片付けを始めた。
「まあ、使ってみればわかるんじゃないか――ってここで試し打ちはやめてくれよ」
「わかってる。ちょっと格好をとってみただけだ」
「ほんとかな。きみたちの無茶苦茶具合はよく耳にしてるからね」
牽制するように怪訝な顔を向けられた。
くすくす、とクララが笑う。
「アッシュくん、信用されてないね」
「……クララ。キミたちってことはボクたちもだよ」
「えぇ、あたしなにもしてないのにっ」
大声で反論するクララ。
ルナは苦笑し、ラピスは「心外だわ」と口にしている。各々不満はあるようだが、レオだけはひとり満面の笑みで文句を言っていない。どうやらしっかりと自覚はあるようだ。
「そういや11個目ってつけられるのか?」
「もちろん。ただ……あぁ、いや。これ以上は言えないんだった」
なんとも思わせぶりな発言だ。
見事に釣られた形だが、好奇心が一気に湧きあがってきた。
きっと答えを知るには塔を昇るほかないのだろう。
「……まだなにかあるみたいだな。楽しみにしとくぜ」
「ほいほい、またのご来店を~」
◆◆◆◆◆
ディバルから預かった長剣をログハウスに置いてきたのち、開始場所である島の南東へとやってきた。すでに浜辺には多くの挑戦者たちが集まっている。
「ペ、ペポン収穫祭用の特別なガマルをお渡ししていますっ! 参加される方はこちらにお願いしますっ!」
覚えのある声だと思ったらシャオだった。
声の聞こえたほうを辿った先、幾人かのミルマに紛れる格好でシャオの姿を発見した。相変わらずの怯え具合だったが、運営として頑張っているようだ。
彼女たちのもとに行くと、マントを羽織ったガマルを渡された。なにやら通常のガマルとは違い、血走った目にとても刺激的な外見をしている。
どうやら配られたガマルの外見はひとりずつ違うらしい。
「なにこれ、可愛いー!」
「ボクのガマルは血が出てるみたい」
「わたしのは包帯でぐるぐる巻きね」
女性陣にはウケがいいようだ。
見せ合って盛り上がっている。
まったくもって理解ができない。
「……レオ、率直な感想を教えてくれ」
「すごく特徴的で素敵だと思うよ」
そう答えたレオの顔は引きつっていた。
彼の肩に乗ったガマルは内臓らしきものが覗いている。
同情してしまうほど周囲ではとくにひどい外見だ。
「やはりアッシュたちも参加するのか」
ふと横合いから声をかけられた。
見れば、シビラとリトリィが近くに立っていた。
彼女たちの少し後ろには《アルビオン》のメンバーが集まっている。和気藹藹と楽しげな会話をしているが、キノッツだけはやけに気合が入った様子だ。
「属性石とか色々もらえるしな。参加しない手はない。そっちは……チームで参加ってわけじゃなさそうだな」
「一応ギルドで参加ということになっている」
「あっちはあっちで因縁の対決があるみたいですからね」
リトリィが苦笑いを浮かべながら、視線を向けた先――そこでは《ソレイユ》と《レッドファング》が煽り合いをしていた。恒例の光景だ。
「本当にイベントごとに争っていますからね」
「まったく、ああはなりたくないな」
そうシビラが発言した直後のことだった。
「《アルビオン》が落ちこぼれたいま、俺らと張り合えるのはお前らんとこだけだからな」
「望むところだよ。どっちが島で最強のギルドか今日こそ決めようじゃないか!」
聞こえてきたベイマンズとヴァネッサの声にシビラがぴくりと反応した。
「……少し用事ができた。行ってくる」
「シ、シビラさんっ」
先ほどまでの余裕を消し、真顔でヴァネッサたちのほうへと歩みだすシビラと、それを追いかけるリトリィ。三大ギルドのマスターが出揃ったその場はさらに熱さを増していた。
ルナが微笑ましそうに言う。
「三大ギルドってなんだかんだ仲良いよね」
「俺も最近はそう思うようになってきたところだ」
言い合いこそ激しいが、以前よりはずっと距離が近づいている気がする。健全とは言いがたいかもしれないが、戦士としては悪くない付き合い方なのかもしれない。
「もうすぐ開始となりますが、最後にもう1度だけ説明します!」
聞こえてきたのはウルの声だ。
相変わらず案内人の枠を越えて活躍しているようだ。
「今回、参加者の皆様には島中に出現するジャックオーランタンを討伐していただきます。報酬の種類は幾つかあり、1つ目は属性石や交換石。2つ目はお菓子です」
この辺りは宣伝用紙にも書かれていた内容だ。
クララが「お菓子っ」と食い意地の張った反応をしたのは言うまでもない。
「また確定でパンプキンソウルと呼ばれるものを落とします。こちらは収穫祭終了後、この海岸付近で空に放り投げていただくことで空飛ぶランタンとなります。こちらに関してはとくに報酬はありませんが、とても綺麗なのでどうぞご参加くださいっ」
最後の一文がやけに力が入っているように聞こえたのはきっと気のせいではないだろう。
その光景を想像して楽しげに顔を綻ばせる者がいる中、反してどうでもいいといったような参加者も少なくなかった。多くが、レッドファングのメンバーだ。
彼らを見てか、ウルが少し不安げな顔をしていた。
アッシュはレッドファングの参謀――ロウに歩み寄り、こっそりと話しかける。
「なあ、ロウ。パンプキンソウルっての、いらないなら買い取るからレッドファング内の集めといてもらえないか?」
「べつに構わないが、そこまで必要なものなのか?」
「単純に楽しみにしてる奴がいるってだけだ」
「そういうことか。了解だ」
ロウは深く詮索せずに頷いてくれた。
これでイベントの最後が寂しい結果になることはなくなっただろう。
「――説明は以上となります。それではみなさん、準備はよろしいでしょうか?」
ウルが参加者を見回したのち、後ろで控えていたシャオへと頷きかけた。
シャオが恐る恐る前に出てくると、その手に持っていた細い杖を掲げた。その先端につけられた橙色の宝石が煌く。と、どこからともなくおどろおどろしい声が聞こえてきた。
金切り声からどもった声までたくさんの悲鳴が入り混じっている。その異様な声に多くの者が不快感をあらわにし、クララにいたっては「えぇ、なにいまのっ」と怯えていた。
「シャオちゃん、シャオちゃん! 合図をっ」
場が騒然とする中、なにやらウルが必死に声をかけていた。あっ、と口にしたシャオが慌てて声を張り上げる。
「い、いまのが開始合図です!」





