◆第八話『ミルマのかくれんぼ』
陽が暮れはじめた頃。
アッシュは仲間とともに交換屋から出てきた。
今日も今日とて挑んだ緑の塔91階。
そこでボロボロにされた防具を修理してもらったところだった。
修理費は部位ごとに等級分だけ100ジュリーが加算される仕組みだ。そのため、高等級の防具で固めたいまのチームには決して少なくない出費となっていた。
「にしても朝から夕方まで狩ってシヴァが17体でオートマトンが29体か。なかなか厳しいな」
アッシュは悔しげに口にした。
ちなみにクエストを受けたのは4日前。
そこからの合計は――。
シヴァが49体。
オートマトンが88体。
天使のときと比べればクエストの進み具合は半分以下だ。
「武器交換石の対象がシヴァっていうのが厄介だね」
「ほんとだよー。逆だったらよかったのにー……」
ルナの言葉に同意しつつ、全身をとろけさせるように嘆くクララ。
全員分が揃うまで途方もない時間を要するのは間違いだろう。というよりいまの討伐速度では、クエストだけで全員分の10等級装備を揃えるのは現実的ではない。
「人形のほうも当分は条件を満たせそうにないけど」
「落としてくれるのを祈るしかないね」
ラピスが冷静に現実を受け止め、レオが運頼みな発言をする。
いま挑んでいるのは最難関の階層であり、苦戦しつつもそこで狩れているのだ。たしかに順調とは言いがたい滑りだしだが、なにも悲観する必要はない。
アッシュは曇りかけた空気を吹き飛ばすように声をあげる。
「ま、狩りのほうは地道にやってくとして、とりあえずいまは腹ごしらえだな」
「時間的にちょうどいいし、今日はどこかに寄ろうか。行きたいとこある?」
赤く染まった空を見上げつつ、ルナが問いかけてくる。
ログハウスの台所を仕切る彼女の発言とあって外食が決定した瞬間だった。
はいはいっ、とクララが飛び跳ねながら手を挙げる。
「あたし、《プルクーラ》に行きたいですっ。みんなで前に行ったきりだから久しぶりに行きたいなって」
「いいね! あそこなら個室だし、僕も安心して飲めるよ!」
飲みすぎると全裸になってしまうこともあってか、レオが食い気味に賛成していた。不特定多数に裸をさらさないようにする心がけはいいが、完全に忘れていることがある。
「おい、レオ。俺たちの前だからって脱いでいいわけじゃないからな」
「そ、そんなっ。僕たちの仲じゃないかっ」
「脱ぐ気満々かよ。まあ飲むのはいいが、控えめにな。じゃないと刺されるぜ」
そう忠告した瞬間、レオの顔が真っ青になった。
彼の真後ろでラピスが石突で地面を叩き、殺気を放ったのだ。脱いだら本当に刺すから、と言わんばかりの迫力がこもっている。
すっかり萎縮して内股気味になったレオを見て、ラピスが嘆息しつつこぼす。
「わたしもそこで問題ないわ。ただしお酒は絶対に飲まないけど」
「それは残念。また可愛いラピスを見られると思ったのに」
「ル、ルナっ」
からかわれ、顔を真っ赤にするラピス。
最近、酒で失敗してばかりだからか、どうやらひどく警戒しているようだった。
そうして2人がやり取りをする中、クララがひとりべつのほうへと視線を向けていた。なにやら訝るように目を細め、じっとその先を見つめている。
「どうした、クララ」
「ねね、あれってミルマだよね? なにしてるんだろう……」
彼女が指差したのは鍛冶屋の周りに幾つも置かれた腰高の四角い木箱だ。一見して変化はないと思いきや、ひとつの木箱の裏から三角の耳と細長い尻尾が覗いていた。ぴくぴく、くねくねとどちらも動きつづけている。
木箱は成人が身を隠すには少々小さい。
その程度のミルマとなると、ひとりしか思い当たらなかった。
アッシュは静かに近寄り、声をかける。
「もしかしてシャオか?」
「ぎくぅっ! シャ、シャオはいませんっ!」
「……無理があるだろ。どうしたんだ、そんなとこに隠れて」
どうやら観念したようだ。
シャオが木箱の裏からおそるおそる顔だけを出した。
「先輩と別れてペポン収穫祭の宣伝用紙を配っていたのですが……」
「周りが人間だらけで怖くて隠れたってところか」
「うぅ……」
仕事を蔑ろにするような子でない。
ゆえにほかの理由だと思ったが、見事に当たりのようだった。
「アッシュくん、その子と知り合いなの?」
「ああ。名前はシャオ。ウルの後輩として新しくジュラル島に来たらしい」
シャオは挨拶をしようとしてか、口をぱくぱくさせていた。ただ、うまくいかずにあわあわしているだけになってしまっている。
「可愛い~っ」
「初めて見るミルマだね」
クララも人見知りの激しいほうだが、シャオ相手には大丈夫らしい。ルナとともにシャオのもとへと近寄ろうとする。
と、シャオが再び木箱の裏に引っ込んでしまった。
警戒心丸出し、といった様子で怯えた目だけを覗かせている。
「あ~、人間と話すのにまだ慣れてないみたいでな」
「真似したら少しは信用してもらえるかな」
ミルマの耳を模すように、ルナが軽く曲げた両手を頭の上に置いた。そのままゆっくりと近づいていく。
「それでいけたら苦労はないけどな――っていけるのかよ」
見事に接近を果たしたうえ、シャオの頭を撫でていた。
シャオに嫌がっている様子はない。
むしろ心地良さそうに目を細めている。
「あたしもっあたしもっ」
クララもミルマの耳の真似をし、警戒心を解くことに成功。ルナとともにシャオを可愛がりはじめる。
そんな光景を前にしてか、ラピスがうずうずしていた。
「ラピスはいかないのか?」
「……わたしはいいわ」
「なんだ、恥ずかしいのか?」
「そういうわけじゃ――もう……っ」
こちらの挑戦的な笑みを受け、ラピスがやけくそ気味に両手を頭の上に置き、ミルマの耳を作った。顔は真っ赤なうえに必死すぎるため、怖がられるかもしれないと思ったが、なんとか受け入れられたようだ。
ラピスもシャオの耳をそっと撫ではじめる。
「か、可愛い……っ」
満足したように自然な笑みをこぼすラピス。
こちらとしても、ジュラル島に到着した日以来のラピスの猫耳姿を見られて満足だ。
なおも女性陣に可愛がられるシャオ。
いつまでも見ていたいと思うほどの微笑ましい光景だ。
ただ、そこへ異物が混ざろうとしていた。
アッシュは素早くレオの襟首を掴んで止める。
「絶対にやめたほうがいい」
「放しておくれ、アッシュくん! 僕もたまにはもふもふしたい年頃なんだ!」
「見つかったら島を追放されそうな気がする」
「う、それはさすがに困るね……」
とくにアイリス辺りに見つかると一発で終わりそうだ。おそらくレオもそこに行きついたのだろう。打って変わって勢いを失っていた。
「シャオちゃん?」
ふいに横合いから聞こえてきた覚えのある声。
見れば、そこにウルがきょとんとした様子で立っていた。
「う、先輩……っ」
ウルの顔を見るなり、ばつが悪そうに顔を俯かせるシャオ。
そんな彼女や周囲の状況を見てウルはすぐに悟ったらしい。シャオのもとへと歩み寄り、優しく微笑みかける。
「ウルの責任です。シャオちゃんは悪くありません」
シャオは任された仕事をこなせなかったことを悔いているのか。怒られなかったというのに安堵している様子はなかった。
そんな心情すらも読み取ったようにウルがシャオの頭を撫でる。普段は頼りなさもあどけなさも窺わせるウルだが、シャオの前ではきっちりと先輩をしているようだ。
ウルがこちらへと頭を下げてきた。
「シャオちゃんのことを見ていただいてありがとうございます、みなさん」
「べつにボクたちは感謝されるようなことはしてないよ」
「うんうん。むしろもふもふさせてもらってこっちが感謝したいぐらいだよ」
「え、ええ……思った以上の触り心地だったわ」
総じて満たされたような顔をする女性陣。
反してレオのほうは両手をわきわきとさせながら羨ましげに涙をこぼしていた。
「頑張ってるみたいだな」
「はいっ。明後日に開催なので最後の追い上げ宣伝です!」
「いつも以上に気合が入ってるな。やっぱ初めての祭りだからか?」
「それもあるのですが……実は当日がブランさんのお誕生日なんです」
途中、わずかに言いよどんだのち、そう口にした。
アッシュは思わず目を見開いてしまう。
「初耳だな」
「ブランさん、あまり自分のことを話しませんからね」
「過去のモテ話はことあるごとに語ってくるけどな」
「あはは……」
「けど、それがなにか祭りと関係があるのか?」
――ブランの誕生日だからペポン収穫祭を頑張る。
それら2つの繋がりがいまいちピンとこなかった。
「今回の収穫祭では、ジャックオーランタンの討伐数に応じてランタンを入手できることになっているんです。そしてお祭りの最後にランタンを空へと浮かべていただくことになるのですが……」
ウルは目を輝かせ、興奮気味に話を続ける。
「夜空にたくさんのランタンが舞うさまはとても綺麗なので、それを一緒に観られたらいいなって思ってるんです」
「なるほどな、そういうことか」
「はい。ですのでたくさんのランタンを浮かべていただくためにも、ひとりでも多くの挑戦者の方々に参加していただく必要があるんです」
自分のためではなくブランのため。
なんともウルらしい思いやりのある理由だ。
「……シャオ、残りの分を配ってきますっ! 人間怖くない! 人間怖くないーっ!」
突然、シャオが叫びながら駆けだした。
相変わらずの怯え具合だったが、すれ違う挑戦者になんとか宣伝用紙を配っていく。
「あはは……心配なので後ろから見守りにいきます」
ウルはシャオが協力してくれたことが嬉しくてたまらないようだ。苦笑しつつも、口元に笑みを浮かべながらあとを追いかけていく。
「短い間だけど、ボクもお世話になったし頑張ろうかな」
「あたしも、ブランさんのためにたっくさんランタン集めるっ!」
ウルの背中を見送りながら、気持ちを表明するルナとクララ。
《ブランの止まり木》で世話になった身として、こちらも想いは同じだ。
「ついでぐらいに考えてたが……これは張り切って臨まないとな」





