◆第二話『破壊神』
全身が焼けるように熱い。
それでも生きていられたのは、とっさに前へと出たレオが庇ってくれたおかげだった。
「大丈夫かい、2人とも」
レオが盾を構えたまま、ゆっくりと肩越しに振り向いた。
防具はほぼ黒くくすみ、わずかに見える肌も見るに耐えない状態となっている。アッシュは素早く駆け寄り、いまにも倒れそうなレオを支えた。
「……それはこっちのセリフだ。クララ、レオに《ヒール》を頼む!」
「う、うん!」
後方でクララが杖をかざしたのを機に前衛全員の足下に《サンクチュアリ》が展開された。重ねて《ヒール》もかけられ、みるみるうちに傷が治っていく。
「さっきの人形、跡形もなくなってるわ。一応、ジュリーも落ちてるし、倒したってことでいいみたい」
ラピスが周囲を見回しながら言った。
落とされたジュリーは1500程度か。
天使の800ジュリーと比べればかなり多いと言える。だが、いましがたの面倒な戦闘直後では一概に喜べそうもない。
「見たこともない敵だったな」
「ええ、鉄が意思をもって動いてるような……そんな感じだったわ」
生命体と呼んでいいのか、魔物と呼んでいいのか。
表現に困る敵だった。
ラピスとの会話中にも魔法による治癒は順調に進んでいた。レオが静かに深呼吸をしたのち、こちらの身を離れる。
「ありがとう、アッシュくん。もうひとりで立てるよ」
「まだ無理しないほうがいいんじゃないか」
「そうだね、アッシュくんが求めるなら僕はいつまででも――」
「言葉どおり元気そうだな」
「まったくつれないね」
普段どおりの冗談を交しつつ笑い合った、そのとき。
アッシュは心臓が跳ね上がるような感覚に見舞われた。
視線を右へゆっくりとそらす。
手を伸ばせば届く距離に人の姿をしたなにかが立っていた。
肌は褐色。衣装は股間だけを隠した布切れ一枚のみ。右手には三叉の槍を持ち、石突を地面につけている。
接近の気配をまるで感じなかった。
空気に溶け込むようにして、まだこちらをじっと見ている。
レア種を含めても、かつてこれほどの恐怖を抱かされたことは一度もない。
その異様な存在感を前に全員が動けずにいると、嘲笑うかのように敵がにぃと口の端を吊り上げた。瞬間、アッシュは怖気から全身の硬直が解けた。
半ば反射的に剣で薙ぎを繰り出す。が、三叉槍の柄で軽々と受け止められた。巻き込むようにして弾かれ、お返しとばかりに穂先で突いてくる。受け流し、再度攻撃をしかけるが、またもあっさりと受け止められてしまう。
長得物とは思えないほど恐ろしい速さだ。再び敵が反撃に出ようと動きだすが、そうはさせまいと連撃を見舞って牽制する。
――止まれば殺される。
耐久力はわからないが、その強さは間違いなく先日戦闘した90階の主――天使の王を上回っている。しかし、長剣を自由に扱えるようになったいまなら充分に戦える相手だ。それにいまは数で勝っている。
両側から接近したラピスとレオが敵の横腹へと得物を深く突き刺した。
「アッシュ、避けて!」
後方から聞こえた声に応じてアッシュは体を右方へとそらし、後退する。と、先ほどまで立っていた場所を通過する軌道でルナの矢が敵に命中。轟音とともに爆発した。
煙が晴れたとき、敵の体は皮膚が溶けたように損傷していた。さらにラピスとレオの突きによって横腹にもぱっくりと穴があいている。
いまが好機とみて、アッシュは敵へと駆ける。最中、敵の皮膚が瞬く間にもとの艶を取り戻し、横腹の穴に至ってはまるで糸を紡ぐようにして肉が埋めていた。元通りとなった敵が迎撃せんと三叉槍で突きを繰り出してくる。
「再生持ちかっ」
アッシュは三叉槍を受け流しつつかいくぐり、敵の横腹を裂いた。だが、やはり瞬時に元通りになってしまう。隙をついて接近したラピスが敵の左腕を飛ばすが、肩から一瞬で生えなおしていた。
「斬っても再生するわっ」
「だったら首か!」
こちらが首へと狙いを定めたとき、敵が三叉槍の穂先を地面に刺した。直後、地面に巨大に亀裂が走り、アッシュはラピスとレオともども空中へと打ち上げられる。これは《アースクエイク》だ。
こちらが宙を舞う中、敵がひょいっと軽やかに後退した。ルナが放った追撃の矢を弾きつつ、その三叉槍を高くかかげる。あわせて敵の額に3個目の目が開いた。
直後、敵の遥か上空で大きな魔法陣が描かれ、ずずずと岩石が姿を出てくる。
アッシュは思わず変な笑いがこみあげそうになった。
岩石の大きさが桁外れだったのだ。
人間が10人、100人合わさったどころではない。
あれが落ちれば間違いなく辺り一面が荒野と化す。
「クララ、ルナ! 全力で撃ち落とせ!」
まるで巨獣の咆哮のごとく音を鳴らしながら、すべてを呑み込む勢いで空から迫りくる巨岩。クララが《フレイムバースト》15発、ルナが《レイジングアロー》を放つが、どちらも巨岩の表面をわずかに削っただけだった。
「大きすぎるっ」
「クララ、もう一回だ!」
後衛組が再び巨岩へと攻撃をしかける中、アッシュは着地と同時に敵へと駆けだしていた。たとえ巨岩を破壊できたとしても、散った岩石群が降り注ぐ中、敵に襲われれば命はない。
頭上で激しい衝突音が響く中、アッシュは敵に肉迫。左後ろに流した剣からそのまま斬りかかるが、三叉槍の柄によって防がれてしまう。ただ、その接触で剣身の輝きが最高に達した。《ソードオブブレイブ》――。
阻まれること前提で残した余力を込めて繰り出す。三叉槍がまたも割り込んできたが、押しのける格好で敵の首を飛ばした。
ほぼ同時、上空から音が鳴った。
どうやら巨岩が破壊されたようだ。
あちこちの地面に黒点の影が落ちていた。
見上げた先、空から降ってくる巨石が幾つも映りこむ。破壊されて細かくなったとはいえ、ひとつひとつが人ひとりを軽く押し潰せる程度の大きさだ。
アッシュは自身の周囲へと向かってくる巨石すべての落下先を把握し、躱しきった。地面に落ちた巨石たちが少しの間を置いて、静かに消滅していく。
「みんな、無事か!?」
ラピスが槍をあげて応じる。
さらに向こう側では、レオとともに後衛組の姿も確認できた。
レオがクララからヒールを受けているところからして、どうやら後衛組を守るために戻り、《虚栄防壁》を展開してくれたのだろう。さすがの判断だ。
先ほど首を飛ばした敵はすでに消滅していた。
落ちているジュリーは3000と先ほどの人形を遥かに上回る額だ。ただ、人形同様、その厄介さに比べると物足りなさを感じた。
アッシュはラピスとともに後衛組と合流する。
「いまの、試練の主と遜色ない強さだったな」
「もしかしてレア種とか……?」
「だったらどんなによかっただろうね」
クララが希望の言葉をこぼしたが、すぐさまルナによって否定された。
ルナの視線を辿った先、そこに先ほど戦った褐色の人型が立っていた。かなり遠い場所だが、すでにこちらを捕捉しているようだ。三叉槍をかかげ、第三の目を開眼している。
落下してくる巨岩を見上げながら、アッシュは真顔で口にする。
「……一旦、撤退するぞ」





