◆第一話『初の10等級階層』
「アッシュ。ちょっと確認なんだけど、敵の得物と刃を交えたり、敵を斬ったりするたびに光が増して10回目であの血統技術……《ソードオブブレイブ》が放てる。この認識で合ってる?」
「たぶんそれで間違いない。補足するなら一定時間経過で光が消えるってことぐらいだ」
「じゃあ、楽な敵相手で光を溜めておくってことはできないんだね」
「みたいだ。楽はさせてもらえないらしい」
アッシュはルナにそう答えたのち、長剣で虚空を薙いだ。ひゅんっと鳴った鋭い風切り音が耳に心地良い。この音を聞くたびにもっとも得意とする武器――長剣を再び持てたのだと実感が湧く。
ここは緑の塔91階の転移門前。
90階を突破した2日後の朝、早速挑戦しにきていた。
「対価なしで撃てるのはずるいわ。威力もわたしのとそう変わらないみたいだし」
そう言ったのはラピスだ。
口は尖らせていないものの、少しだけ不満気だ。
彼女の《限界突破》は凄まじい威力を誇るが、使用すれば体力を大幅に消耗してしまう諸刃の血統技術だ。羨まれるのは無理もない。とはいえ――。
「つっても、こっちはこっちですぐに撃てないからな。いざってときはいままでどおり頼むぜ」
「ええ、もちろん」
任せてとばかりにラピスが槍の石突で地面をついた。
こつんと控えめに音が響いた中、レオが満足気に頷く。
「なにはともあれ、アッシュくんが本来の武器を持ったことでチームが一気に強化されたのは間違いない。この調子で91階も攻略しちゃおうじゃないか!」
「おーっ」
剣を掲げて鼓舞するレオに、元気な声で応じるクララ。
そんな2人に背中を押されるようにして、全員が転移門へと足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆
景色があらわになった、そのとき。
女性陣から感嘆の声が漏れた。無理もない。とてつもなく広い夜空を数え切れないほどの星が彩り、宝石のごとく輝きを放っていたのだ。
錯覚か、星が近いように感じる。塔内ではあるが、この91階という高い場所まで来たことを意識させられているような気がしてならない。
ともあれ、そんな眩い天上の明かりを受けてか、夜の空間でありながら辺りをはっきりと視認できた。
広がった果ての見えない草原の中、正面に道を示すように太い柱が並んでいた。さらに先へと目を向ければ、扉のない巨大な門が構えている。
奥には、門に相応しい大きさを持った二十段ほどの階段が配され、上り切れば真っ直ぐな石造りの道へと続いていた。
道や階段がどれも支柱なく維持されているせいか、ここが非現実的な空間であることを強く訴えかけられているような、そんな気分に陥ってしまう。
最後の10等級階層とあってどんなおどろおどろしい空間が待っているのかと思えば、これほど幻想的とは。アッシュは思わず仲間とともに景色に見とれそうになったが、はっとなった。
穏やかな風に吹かれ、草がさざめく中、少し先の地面からナニカが飛び出て来たのだ。
全身が丸みを帯びた鉄板らしき質感のもので固められ、四肢らしきものがある。全高はこちらの胸程度と低め。頭と胴体、手足がやたらと大きく、接合部が細い。ずんぐりむっくりな見た目だ。
と、その不可思議な人形がガシャンッと騒がしい音をたてて両拳を向けてきた。目と思しき緑の光がわずかに明滅した、直後。
人形の腕から両拳が離れ、猛烈な勢いでこちらへと飛んできた。クララが仰天したような声をあげる。
「手がとれたぁ!?」
「全員、迎撃しろ!」
アッシュはラピス、レオとともに属性攻撃で即座に迎え撃つ。が、あっさりと弾かれてしまう。遅れてクララの《フレイムバースト》、ルナの矢が着弾し、轟音を鳴らして爆発する。
さすがに撃墜できただろうと思いきや、黒煙を散らして敵の拳が飛び出てきた。勢いはまったく衰えていない。
レオが前へと出て盾で受け止める。
予想どおりとてつもない威力を持っていたようだ。万全の体勢で受けたにもかかわらず、かなりの距離を押しやられている。
ただ、レオが受けた拳は一個。
もう一個の拳は盾を避け、クララ目掛けて飛んでいた。
「うわぁっ」
クララが《テレポート》で回避し、ふぅと一息つく。
だが、その背後では方向転換した拳がまたもクララへと向かっていた。
ルナが叫ぶ。
「クララ、後ろ!」
「えぇ!? まだ追ってくるのっ」
またも《テレポート》で逃げるクララへとアッシュは指示を飛ばす。
「こっちだ! ラピス、止めるぞ!」
「ええっ!」
ラピスとともにテレポートで逃げてきたクララと交差。追尾する敵の拳へと同時に得物をぶつけた。とてつもない衝撃に見舞われ、手首から腕、肩の骨が軋む。
2人して弾かれまいと猛ったかいあってか、レオ以上に押しやられたものの、なんとか勢いを止めることに成功した。
このまま敵の拳は捨ておかれるか、消滅するかのどちらかと思いきや、浮遊しながら緩やかに敵本体へと戻りはじめた。拳が戻ればまた先ほどの攻撃をされかねない。
「いまのうちに詰めるぞ!」
アッシュはラピスとともにレオを追い抜き、敵のほうへと駆ける。その間にもルナがいち早く敵へと爆発矢を浴びせていた。
かなり耐久力が高いのか、3発をまともに受けてもしかと立ち続けている。肌も黒くくすんだだけで傷はほとんどない。
と、敵の両腕にガコンと音をたてて拳が戻った。またすぐに飛ばしてくるかと思いきや、前屈みになり、ぱかっと開いた背中から10個の鉄球らしきナニカを射出してきた。
それらは高く打ち上げられ、放物線を描いて落下してくる。近づけば危険なことは本能で感じ取っていたが、予想どおりだった。地面に着弾と同時、ひとつひとつがクララのフレイムバースト級の爆発を巻き起こしている。
大げさな回避をして正解だった。ラピスもきっちりと逃れていたようだ。2人して爆煙の中を駆け抜け、ついに敵へと肉薄。両側から突きを放ったが、どちらも弾かれた。
敵が腰から上の胴体を高速回転させ、伸ばした両腕を振り回したのだ。敵はそのままひたすら回転を続ける。体をひねりながら回しているせいか、でたらめに見えて隙がない。
試しに属性攻撃を放ってみるが、バシンッという音ともに弾かれてしまった。
完全な防御体勢に入ったかと思いきや、敵の背中がかぱっと開いた。また鉄球を出す気か。さらに両拳も放とうとしている。
あまりに距離が近すぎる。
このままではラピスともども少なくない被害を受けてしまう。
そう思った、瞬間――。
「おぉぉおおおっ!」
遅れて辿りついたレオが全力の突進を敵へとかました。硬質な金属同士が衝突した音が響く。レオからぶつかったにもかかわらず弾き返され、敵を転がすには至らなかったが……回転が止まっていた。
アッシュは己の身ごと瞬時に剣を敵の身へと運び、その両肩の細い関節を切断した。体勢を崩しかけたところでさらに両脚も胴体から斬り離す。
残った胴体が地面に落ちゆく中、トドメを刺そうとするが、その必要はなかった。横合いから伸びてきたラピスの槍が敵の頭部を貫いたのだ。
「さすがね。目で追うのがやっとだわ」
「こっちは最後まで決めるつもりだったけどな」
「最後ぐらいはもらっておかないと」
言いながら、ラピスが槍を引き抜いた直後。
地面に転がった敵が「びーびー」と不快音を鳴らしだした。
これだけの損傷を与えたにもかかわらず、まだ消滅していないこと。敵が爆発する鉄球を積んでいたこと。それらからいやな予感がしてならなかった。
「ラピス、逃げろッ!」
叫んだのと、視界が閃光で満たされたのはほぼ同時だった。





