◆第十話『緑の塔89階』
幾度も起こる地震のような激しい揺れ。
そのたびに地面には放射状に角ばった光の波が走る。
足を止めれば瞬く間に戦闘不能に追いやられるのは必至。
回避のために動きつづけるしかなかった。
――緑の塔89階。
9等級階層において最後の通常階とあってか。
天使たちによる出迎えは苛烈を極めていた。
「うぅ、頭がおかしくなりそう……っ」
「あと少しで沈むはずだ! 頑張れ!」
クララに気合を入れつつ、アッシュは敵へと接近。
飛びついて2撃を浴びせたのち、攻撃を受ける前に即座に後退する。
相手にしているのはハンマー持ちの巨体天使3体。
どれも81階の転移門を守っていたものと同種だ。
初めて対峙したときはかなり苦戦させられたが、こちらはいまや装備の多くを9等級に格上げしている。そのかいあって以前ほど絶望感はなかった。
1体がラピスの槍による豪快な突き刺しで、もう1体がクララの《インフェルノ》で消滅していく。残るはあと1体――。
敵が振りかざしたハンマーで地面を叩こうとする。が、そうはさせまいと割り込んだレオが盾で受け止め、流した。
「アッシュくんっ!」
「ああっ!」
アッシュはレオのそばを駆け抜け、体勢を崩した巨体の天使の懐へともぐり込んだ。そのまま敵の膝を足場にして跳躍。腕から肩を伝った先、敵の額へとスティレットを突き刺して倒した。
「アッシュくん、先に出るよ!」
「わたしも出るわっ」
「頼む!」
レオとラピスが先頭を切っていまいる広間を出ていく。くずおれる巨体の天使を足蹴にして着地したのち、アッシュは後衛組とともに次なる場所へと進む。
まるで外に出たかのように風が吹き、青い空が広がっていた。
待っていたのは1本の細い道。まるで城の外壁上のような造りだ。幅は人が3人並んで歩ける程度と狭い。戦闘には不向きだが、幸いにも進路上に敵はいない。
「奥に転移門があるわ!」
ラピスの声が聞こえた、直後――。
空から大量の矢が降ってきた。
少なくとも30本を超えている
すべてが緑属性の特殊攻撃らしく、雷のごとく真っ直ぐに落ちてくる。
「みんな下がって!」
レオが上方へと構えた盾で矢の群れを受け止めた。
おかげで地面に雷が走ることはなかったが、代わりにレオの体を激痛が襲ったようだ。片膝をついてその場にうな垂れてしまう。
アッシュは弓型の配置場所を把握せんと首を振る。敵たちは左右の空に点在して浮いていた。数は、飛んできた矢の本数とおそらく同じ。
クララがレオに《ヒール》をかける中、ルナがすぐさま矢を放って応戦。放たれた赤属性の矢が着弾とともに爆発し、1体の弓型天使を屠る。が、1拍程度の間で同じ場所にすっと弓型天使が再出現した。
「即湧き……!?」
攻撃するだけ無駄とも思えるほどの早さだ。
「アッシュくん、後ろもう湧きなおしてる!」
クララの声に促されるがまま振り返ると、先ほど倒したはずの巨体天使3体が復活しているのが見えた。しかも感知範囲に入ってしまっているらしい。重く鈍い足音を響かせながらこちらに向かってきている。
巨体の天使が繰り出す特殊攻撃は広範囲に渡る。
この細い道で戦えば逃げ場はない。一旦戻って先ほどの広間で交戦するのが無難か。しかし、巨体天使たちの湧きなおしも凄まじく早い。戻ったところで戦闘が終わるわけではなく、ジリ貧になる可能性が高い。
そうして逡巡をする間にもすでに弓型天使たちは次の一斉射撃を始めんと弦をしならせていた。もう時間はない。一旦、後退へと思考が傾きはじめた、そのとき。
「あたしが引きつけるから! みんな先に行って! 早く!」
クララがそう叫びながら《フレイムレイ》の魔法陣を空中に大量に生成。弓型天使たちへと漏れなく命中させた。すべての対象を貫きはしたものの、《フレイムバースト》に比べれば威力に乏しい攻撃だ。
敵たちはさして被害を受けた様子もなく平然と攻撃態勢へと戻っていた。再び一斉に矢を放ってきた。その目標は当然ながらクララへと向いている。
これまでならクララの正気を疑うところだ。しかし、いまの彼女には絶対の回避手段がある。それをほかの仲間たちもすぐさま悟ったのだろう。クララの言葉を信じて全力で転移門へ向かってひた走る。
アッシュは肩越しに背後を確認した、瞬間。ちょうど雷と化した大量の矢が足を止めたクララへと落ちようとしていた。ローブ装備のクララがあんな攻撃を受ければ間違いなく即死だが――。
矢が命中する直前、クララの姿がすっと消えた。
9等級の黒の塔魔法、《テレポート》を使ったのだ。
ただ、距離的にぎりぎりだったらしい。再出現したクララが真後ろでバシンッと鳴った炸裂音に驚いていた。しまらない辺りが彼女らしい。
クララを除く全員が転移門に到達した。
いち早く辿りついていたラピスが振り返りざまに叫ぶ。
「クララ、急いで!」
「う、うんっ!」
そう必死に応じながら、クララが襲いくる矢群を《テレポート》で回避。その後も《テレポート》連発による移動で一気に転移門まで辿りついた。
ただ、《精霊の泉》の回復力すら追いつかないほど魔力を使い過ぎたのか。《テレポート》で近くに現れたクララは倒れかけだった。アッシュは流れるように彼女を抱きかかえ、仲間とともに転移門へと飛び込む。
「助かったぜ、クララ!」
◆◆◆◆◆
その後、柱廊もなんとか突破。
ついに90階へと辿りついた。
アッシュは踏破印を刻んだのち、柱廊の先に広がる空を見つめる。
「やっとここまできたな」
「ほんと長かったよ……」
レオがその場に仰向けにだらしなく寝転んでいた。
敵の激しい攻撃を一身に受けていたこともあり、手足にかかった負担は相当なものだろう。本当にいつも感謝しかない。
ルナが弓を置いたのち、額の汗を腕で拭いながら息をつく。
「さすが9等級階層って感じだったね。さっきの弓がたくさんいたところとか、本当に全滅が脳裏を過ぎったし」
「ああ。突破できたのはクララの機転のおかげだな」
ほかの者もそのとおりだとばかりに頷いていた。
クララが嬉しそうにふにゃっと顔を綻ばせる。
「えへへ……まあ、あたしもみんなの仲間だからね。あれぐらいは任せてっ! ……といっても魔力かなりきつくてへとへとだけど……」
もう力が残ってないと言いたげに脱力するクララ。
そんな彼女を横目に見つつ、ラピスが不安げに訊いてくる。
「アッシュ、さすがに覗くなんて言わないでしょ?」
「正直、その気持ちはかなりあるな」
そう口にした途端、やめてとばかりに仲間から抗議の目を向けられた。
「……さすがに俺もこの階層でそんな迂闊なことをするつもりはない」
アッシュは肩をすくめる。
冗談交じりの発言だったが、どうやら本気にされてしまったようだ。仲間たちが心底ほっとしたように息をついていた。むくりと起きたレオが言う。
「いずれにせよ今日はもう無理だね」
「ああ。とりあえずしっかり休んで後日、態勢を整えたら挑戦だ」
アッシュはじっと試練の間のほうを見やる。
ついに辿りついた100階にもっとも近い試練の階。
いったいどんな敵が待っているのか。
楽しみでしかたなかった。





