◆第七話『共闘会議』
簡単に身なりを整えたのち、ラピスはクララ、ルナとともにソレイユのギルド本部を訪れた。周囲の目に注意しながら入ったこともあり気分は盗賊だ。
案内された先の一室にて。
矩形に配された席にはすでに挑戦者が座っていた。
ヴァネッサとオルヴィ、シビラ。
ユインとマキナの5人だ。
ラピスはクララ、ルナと席につく。と、この秘密の会合の場を設けた、言わば主催者であるヴァネッサがこちらを見ながら言う。
「まさかあんたが応じるとはね」
「できれば遠慮したかったわ」
「ま、しかたないさ。それだけの相手だからね」
不敵な笑みを浮かべたのち、ヴァネッサは全員の顔を見回した。
「それじゃ全員集まったことだし、始めようじゃないか。アッシュの親――ディバル・ブレイブ攻略の会議をね」
目的はディバルに一撃を加えて〝親公認〟の称号を得ること。
つまり全員が協力者でもあり、最大のライバルでもある。
「といってもそこまで具体的な案があるわけじゃない。ま、時と場所をあわせて全員で挑むってだけだ」
「現時点では明日夜の決行を予定しています」
ヴァネッサの言葉に、オルヴィがそう補足した。
クララが怖気づいたように口にする。
「闇討ち……容赦ない」
その言葉にシビラが顔をわずかに歪めた。
だが、強い意志を宿した目で答える。
「わたしも卑怯ではないか、という思いはある。だが、そうもいっていられない相手だ。それに昼間では挑戦者やミルマの往来もあって戦いにくいからな」
「な、なるほど」
シビラのあまりに真剣な表情にあてられてか、クララが気圧されたように頷いた。
ここ数日、何度か挑んだが、たしかに昼間は周囲に気を遣って本気で得物を振れないことが多々あった。視界は多少悪くなるが、シビラの言うとおり夜のほうが成功率は高まるだろう。
ルナが思案顔で問いかける。
「夜にしかけるんだし、やっぱり待ち伏せ?」
「を予定している」
「ってことは動向は掴んでるんだね」
「ぬかりはないよ。ユイン」
ヴァネッサの目配せを受け、頷いたユインが説明しはじめる。
「ここ最近のディバルさんは陽が落ちる頃にまずは《喚く大豚亭》で騒ぎつつ飲み、気分が良くなったあとは《プルクーラ》でひとり寂しく――いえ、静かに飲むのが習慣となっているようです」
「狙うのはお父様がプルクーラに向かって中央広場から西側へと抜ける通りを歩いているところです」
続けてオルヴィがそう付け足す。
すでに親公認を手に入れたかのようにしれっと〝お父様〟呼びをしていたが、いつものこととしてか。誰一人として気にも留めないどころか無視していた。
順調に話が進んでいくうち、全員の顔に決意が宿っていく。ただ、マキナひとりだけは馴染めずに居心地が悪そうだった。見かねたのか、ヴァネッサが声をかける。
「どうしたんだい、マキナ。あんまり乗り気じゃなさそうだね」
「んっと、いまさら言いにくいんですけど~……わたしはそこまで本気じゃないっていうか、ユインちゃんの付き添いで参加したみたいなもんですし」
熱が高まりだした場に水を差すような発言だった。
多くの者がきょとんとする中、ヴァネッサが意地の悪い笑みを浮かべる。
「じゃあ、マキナには囮役を頼もうかね」
「えっ!? それはちょっと……っ」
「なんだい、本気じゃないうえに付き添いで参加なんだろう?」
「そうは言いましたけど、囮はなんかいやっていうか……」
マキナが顔をそらしながらぼそぼそと抗議する。
気のない素振りを見せていながら、あわよくばと狙っていたことがバレバレだ。
そんな彼女をユインが真顔でじっと見ている。
「……マキナさん」
「な、なにっ!?」
「いえ、なんでもありません」
そうして微妙な空気が流れだしたところ、シビラが「わたしからひとついいだろうか」と断ったのちに話しはじめる。
「みな属性攻撃は控えてほしい。これに関しては周囲への被害を最小限に収めるためだ。魔法は事前に話したとおり等級が低いもの、もしくは周囲に被害が出にくいもので頼む」
「あまり暴れるとミルマに追い出されかねないからね」
ルナが肩をすくめつつ苦笑した。
実際に暴れて追い出された挑戦者たちを見ている。
注意して損することはない。
「わたくしは《フロストボール》で挑むつもりです」
「あ、じゃああたしもそれでいきますっ」
オルヴィに倣ってそう宣言するクララ。1等級の魔法の中でも被害の出にくい魔法だ。たとえ外れても器物を破損するには至らないだろう。
「大体、こんなところか。いいかい、誰が勝っても恨みっこなしだよ」
「もとよりそのつもりよ。ま、わたしが勝つけど」
「相変わらずの強気だね」
ラピスはヴァネッサと視線を交えて火花を散らす。
ほかの参加者も思い思いの反応で決意を漲らせている。ただ、そんな中で意外にもシビラが難しい顔をしていた。
「ただ、これで上手くいくのだろうかという思いはある」
「あんたが弱音を吐くとはね。ただまあ、気持ちはわかるよ。まるで水に斬りかかっているみたいに飄々とした男だからねえ」
ヴァネッサも同様に不安を口にする。
ディバル・ブレイブは、彼女たちほどの実力者が苦戦するほどの強者だ。実際に対峙してみて肌で感じた。だからこそ対応策を考えてきたのだ。
「すっかり忘れていたけど……助っ人を呼んでいたのを思い出したわ」
「助っ人、ですか」
そう聞き返してきたユインにラピスは「ええ」と頷く。
「正直、誰よりも頼りたくない相手ではあるけど、勝利がよりたしかなものになることは間違いないわ。……入ってきて」
部屋の入口へと声をかけると、通路で控えていた〝助っ人〟が姿を見せた。がしゃんがしゃんと重厚な鎧の音を響かせながら、静まった会議の場へと踏み入ってくる。
助っ人についてクララとルナは知っている。
だが、知らされていないほかの者たちはぎょっとしていた。ただひとり――ヴァネッサだけを除いて。
「ははっ! たしかにこれ以上ない適任者だね! いいね、あたしからもお願いするよ! あんたの参戦をね!」
その言葉を受け、〝助っ人〟は任せろとばかりに自身の胸を強く叩いた。





