◆第六話『青の塔87階』
柱で区切られた外側に広がるのは穏やかかつ自由な紺碧の空。内側も同系色で彩られていたが、相反してひどく窮屈な世界に支配されていた。
息つく間もなく飛んでくる青色の矢と斬撃。
あまりに多く回避が間に合わず、1本の矢に頬を軽く切られてしまった。周囲に似つかわしくない真っ赤な血が宙に線を引くように舞う。
「どんだけ湧いてくんだっ」
青の塔87階の塔内部を突破。
残る柱廊を進んでいるところだが、凄まじい猛攻を受けていた。
向かってきた剣型天使の突撃を直前で回避。横腹から一撃を加え、足蹴りで弾き飛ばした。まだ生きていたが、後方のクララから放たれた《ライトニングバースト》がすぐさま命中。ばしんと鋭い炸裂音を鳴らして敵を消滅させた。
そばからガンッと鈍い衝突音が聞こえてくる。
レオとラピスが対峙していた剣型も沈んだようだった。
次は奥の弓型3体、とアッシュは前方へ視線を向ける。と、ちょうど天井付近に舞い上がっていたルナの矢が弾かれたように落下するところだった。
雷のごとく光を発しながら地面に激突した矢は放心円状に拡散。わずかに浮いた弓型3体の足を絡めとった。
《オベロンの腕輪》の効果か、その効果範囲は柱廊の横幅すべてを覆うほどまで広がっている。さらにルナは2発、3発と打ち続け4発目で弓型3体を一度に屠った。
「レオ、いまのうちに――」
ようやく前線を押し上げられる。
そう思ったのも束の間、次なる敵が顔を出していた。ローブを羽織った魔術師型だ。すでに右掌をこちらに向けている。
ルナがすぐに矢で射抜こうとするが、わずかに遅れて顔を出した槍型によって弾かれた。その背後で青い光が煌く。おそらく魔術師型が魔法を放ったのだと思われるが――。
魔術師型のそばから《バースト》や《レイ》系のように放たれた魔法はない。だが、代わりにこちらの周囲に極小の氷晶がちらついていた。それらは瞬く間に輝きを増し、ついには目が痛むほどにまで達する。
気づけば、全身が氷で固められていた。
体が一気に冷えるばかりか、凍傷に見舞われたかのようにひりつく痛みに襲われる。なにより上手く手足を動かせないのが最悪だった。
青の塔9等級魔法――《ダイヤモンドダスト》
ミルマから得た情報だ。
これまで何度か放たれたが、あまりに効果範囲が広いため、回避できた試しがない。
対抗属性である緑の属性石を防具につけているため、効果時間は最小限に抑えられる。が、その一瞬が9等級階層では命取りになりかねない。
アッシュは死に物狂いでもがき、急いで氷の束縛から逃れた。続いて、ほかの仲間たちもはりついた氷晶を破壊し、自由を取り戻す。
氷晶で奪われていた視界が晴れた。
突撃してくるであろう槍型の急襲にそなえる。が、正面で待っていたのは魔術師型だけだった。すぐさま魔術師型はルナの弓によって眉間を射抜かれ、消滅する。
先ほどまでいた槍型はいったいどこにいったのか。
――正面にいないなら答えはひとつしかない。
「外側ッ!」
アッシュは弾かれるようにして右手に広がる空側へと体を向ける。
すでに敵は突進を始めていた。柱の間を抜け、猛然と距離を詰めてくる。すぐそばまで迫った穂先に戦慄するが、体は半ば無意識に回避へと動いていた。
体を仰け反らせながら外側へとひねる。が、敵の接近があまりに早く間に合いそうにない。ソードブレイカーを敵の槍に添え、後ろからスティレットも押し当てる。そうすることであえて自ら身体を弾き飛ばさせた。
床を勢いよく転がる中、とてつもない轟音が聞こえてくる。槍型が柱廊の内壁へと激突したのだ。勢い余った代償か、わずかに硬直している。その隙を逃さずにクララとルナがすぐさま攻撃をしかけ、沈めた。
新たな影が前方側から飛び込んできた。再び槍型だ。すでに突進を始めていたが、盾を構えたレオが割り込んだ。防具の等級が上がったうえに、幾度も対戦を重ねたからか。いくらか後方へ押しやられたものの、レオは体勢を崩さずに受け止めた。
敵が槍を引いて二撃目を繰り出そうとするが、そうはさせまいとラピスが串刺しにする。この隙を逃す手はない、とアッシュは飛びかかった。側頭部をスティレットで貫いてトドメを刺す。
今度こそ本当に視界から敵の姿は見えなくなったが、悠長にはしていられない。おそらく進めばまたすぐに遭遇するだろう。だが、臆して待つだけでは突破はできない。
アッシュは前方へと駆けながら叫ぶ。
「レオ、少し強引でもいい! 押し上げてくれ!」
「了解っ」
◆◆◆◆◆
その後、なんとか88階に到達。
踏破印を刻んだのち、塔から飛び下りて帰還した。
柱廊を攻略中はまだ青かった空がすっかり暗くなっている。
アッシュは仲間とともにのんびりと歩きながら中央広場へと向かう。と、その道すがらクララがふらついたのでとっさに腕を掴んで助けた。
「あ、ありがと」
「この辺り足場が悪いからな。気をつけろよ」
青の塔周辺はごつごつとした岩が足場となっていることが多い。そのうえ、この暗さだ。足をとられるのも無理はない。
「うん。でも、単純に足が疲れてるだけだったり……」
あはは、とばつが悪そうに笑うクララ。
たしかに今回の攻略はなかなか厳しいものがあった。いや、今回だけでなく86階からの9等級階層すべてにおいてだ。まともに戦闘訓練をしてこなかった彼女が体力的に限界に達するのも無理はない。むしろよく頑張っているぐらいだ。
「毎度のことながら柱廊はきついねぇ……」
「塔の外側から来るのが一番いや」
「部屋と違って敵のルートを制限できないのがね」
レオに続いてラピス、ルナが疲れたように息をつく。
クララはというと、空を見上げながら物欲しげな顔をしていた。
「あたしも《ダイヤモンドダスト》使いたいなー」
「あれ、対人で使われたら最悪だよな」
「もし使えるようになったらアッシュくんに勝てたりして」
クララが冗談交じりに言う。
実際のところ、いまならクララに負けることはないだろう。だが、クララがこのまま順調に成長すればわからない。それほどまでに彼女が持つ潜在能力は高く、そして魔法は強力だ。
「かもな」
アッシュは人知れず腰裏の得物を触りながら、そう答えた。
思った反応とは違ったのか、クララがきょとんとしている。
漂いはじめた微妙な空気を変えんとすかさずべつの話を切り出すことにした。
「もう遅いし、今夜はどこかで食べてくか」
「ごめん、実は僕、予定があってね」
「そうなのか。残念だが、しかたないな」
大方、《ファミーユ》のメンバーと飲むのだろう。ならば、とクララたちのほうへと目を向ける。と、なにやら揃って申し訳なさそうな顔をされた。
「ごめん、あたしも無理かも」
「というよりボクたち、だね」
「なにか用事でもあるのか?」
問いかけると、なにやら女性陣が顔を見合わせた。
その後、ラピスが人生をかけた大勝負でもするかのような真に迫った顔を向けてくる。
「ええ。とても……とても大切な用事よ」





