◆第七話『囚われの天使』
翌朝、《アイティエルの鎖》について仲間に話したところ二つ返事で快諾。1日の準備期間を置いたのち、黒の塔88階に挑むことになった。
すぐそばの空間に出現した拳大の黒点から逃げんと、アッシュは身を横に投げた。直後、黒点は人間を包み込むほどまで一気に膨張し、もやを周囲に発生する。
黒の塔86階から出現する魔術師型の天使によって放たれた《グラビティ》だ。
広間の最奥、2体の魔術師からとあって切れ目がまるでない。アッシュはなおも連続して放たれる《グラビティ》を避けていく。
視界の中では、レオが剣型と槍型を1体ずつ受け持ち、そのそばでラピスが盾型と対峙している。どちらも余裕はあるが、相手が《テレポート》を使って回避するため、なかなか勝負を決めきれずにいる。
と、ルナが魔術師たちへと矢をがつがつ当てはじめた。9等級白弓の効果――追尾のおかげで魔術師が《テレポート》を使っても見事に捉えている。
ただ、普段なら標的が移りかねない攻撃だ。
にもかかわらず敵はいまだこちらに集中している。
おそらく先日新調した《ヴァルキリー》シリーズの〝標的にされにくい〟という効果のおかげだろう。ルナがそのまま魔術師1体を倒し、さらにもう1体へと攻撃をはじめる。
「ごめん、1体抜けたっ!」
槍型がレオを《テレポート》ですり抜け、クララに向かって突進をはじめていた。相変わらずの凄まじい勢いだ。ローブのクララが受ければまず間違いなく命はない。
「クララっ!」
「大丈夫っ!」
駆け出すことなく、その場に踏みとどまるクララ。ついには敵に肉迫を許し、その穂先が腹に突き刺さろうかという瞬間、クララの体がふっとかき消えた。《テレポート》だ。
敵とすれ違う格好で再出現したクララが「うわっ」と倒れそうになりながらもなんとか堪え、くるりと横回転。振り返りざまに敵へと3発の《フレイムバースト》を叩き込み、倒しきった。
「ふふんっ」
どうだ、とばかりにクララが胸を張っている。《テレポート》直後のフラつきがなければ満点だったが、本人が満足そうなので突っ込みたい気持ちをぐっと呑み込んだ。
その後、アッシュはラピスとレオに加勢し、盾型と剣型を排除。残った魔術師1体もルナによって早々に排除され、部屋から魔物の姿がなくなった。
「いいチームだな。ここまで上がってこられたのも納得だ」
そんな呑気な声をあげながら後方から登場したのはディバルだ。道案内として黒の塔88階に侵入してからずっと後ろからついてきている。
「親父、邪魔だ」
「んだよ、約束どおり手は出してないだろ?」
「視界にちらちら入ってきて気が散るんだよ」
その緊張感のなさが、仲間にまで移ってしまいそうな気がしてならない。
こちらの忠告など意に介した様子もなくディバルは肩をすくめると、部屋の一方へと目を向けた。その先には重厚な両開きの扉が設けられている。
「とりあえず話してた門はここだ」
正規の道からそう外れていないうえに、ここまで思わせぶりな入口だ。口頭で教えてくれても問題なく辿りつけていただろう。
果たしてわざわざついてきてまで案内をする必要があったのか。そんな疑念を抱いていると、ディバルが勇んで扉を開け放った。
「よーし、いくぞ。ついてこい」
◆◆◆◆◆
しばらく細い道が続いたのち、広めの空間に辿りついた。
ただ部屋全体の足場が10段程度の階段を下った先にあるため、覗き込む格好で様子を窺う必要があった。
広さは試練の間よりわずかに狭いか。風化したような壁、薄暗い照明。厳かで神々しい空気が漂っていたほかの9等級階層とはまるで違う空間だ。
――牢獄。
それがおそらく間違いでないことを部屋最奥の光景が物語っていた。
1体の白い天使が四肢を鎖で繋がれ、壁にはりつけられていたのだ。
女性のように胸があり、硬質ながら翼のようなものを背に生やしている。
これまで戦ってきたどの天使とも違う。
まるで人間のように……生きているかのような存在感がある。
そしてその白い天使を見張るように黒い天使が泰然と立っていた。
こちらもふくらみのある胸だ。
両手に握られた長剣はその漆黒の肉体と同じ色で彩られ、遠くからでもはっきりと窺えるほどの光沢を放っている。
「なんだか囚われてるみたい……?」
「ボクにもそう見えるよ」
眼前の異様な光景にあてられてか、クララとルナが息を呑むようにそうこぼした。
彼女たちの言うとおり、〝白い天使が黒い天使に囚われている〟ようにしか見えない。仮にそうだった場合、ディバルが失敗したという理由に思い当たる節があった。
「倒したけど無理だったっての、もしかして《ラストブレイブ》であれも倒したからなのか?」
「たぶんな。それしか考えられない」
白い天使を生かして黒い天使を倒すことが《アイティエルの鎖》を手に入れる条件だったとするなら、視界に入った生物すべてを殲滅する《ラストブレイブ》ではたしかに入手は不可能だ。
「じゃあ、あの白い天使を傷つけないように戦わないといけないってことね」
ラピスが示した勝利条件は言葉にすれば単純だ。
しかし、それがどれほど難しいかを全員がすぐに悟ったのだろう。空気が一瞬にして張りつめた。
「ちなみにだが、あの黒い奴は白い奴を意図的に攻撃するときがあるから注意しろよ」
さらにディバルから忠告という名の不安要素が投下された。
レオが乾いた笑みを浮かべる。
「厳しい戦いになりそうだね」
「それでも倒さないと、アッシュくんのために」
クララが敵を見据えながら力強く言った。
珍しく勇気ある言葉を口にしたからだろう。
アッシュは仲間たちと揃って面食らってしまった。
クララが「え、あたしなんか変なこと言った!?」と不安そうにあわてふためく。そんな彼女を見ながら、アッシュはふっと笑みをこぼした。
「みんな、力を貸してくれ」
ルナとラピス、レオ。
少し遅れてクララが首肯を返してくれる。
あの黒い天使が放つ威圧感は、試練の主や通常のレア種とはまるで異なる。見ているだけで喉もとに剣を突きつけられているような、そんな怖気が混ざっている。
間違いなく簡単にはいかない戦闘になるだろう。
だが、戦わなくてはならない。
塔の頂に達するため。
本当の自分として戦うため。
「行ってこい、アッシュ」
ディバルが力のこもった言葉とともに背中を叩いてきた。アッシュは頷き、両手に持った短剣の柄をぐっと握り込んだ。
「ああ……行くぞ、みんなっ」





