◆第十二話『新たな矢』
突如として飛んできた矢が、斧の男の肩へと刺さった。
斧の男が悲鳴をあげて苦しむ隙にクララが急いで逃げる。
「アッシュ!」
どこからともなく声が聞こえてきた。
おかげで無意識に体が反応した。
アッシュは即座に足下に置いていた短剣を拾う。
目前まで迫っていた敵2人が攻撃を繰り出してくるが、手負いとあってか鋭さはない。攻撃を難なく回避したのち、どちらの手にも攻撃を見舞い、傷をつけた。呻いた敵2人がたまらず武器を落とす。
これでもうまともに戦えないはずだ。
すぐさまクララのもとまで後退する。
「クララ!」
「アッシュくん!」
合流したクララを背に、敵を威嚇する。
「まだやるか?」
「チッ……おい、ルナぁッ! てめぇなにやったかわかってんだろうな!」
頬傷の男が舌打ちをしたかと思うや、忌々しげに叫ぶ。
間もなく、少し離れたところの茂みからルナが姿を現した。
「ボクは友人を守っただけだ!」
もしやとは思っていたが……。
やはり先の矢はルナが射たものだったようだ。
「友人? ハッ、チームの俺たちよりただの友人のほうが大事なのかよ!?」
高笑いをあげる頬傷の男。
その足下へとルナが無表情で矢を放った。
「ボクはもうきみたちのチームじゃない」
「……俺たちに盾突いた意味、思い知らせてやるからな」
苦々しげな顔を残し、頬傷の男は残りの2人とともに出口のほうへ歩き出す。全員が負傷しているからか、その後ろ姿は弱々しかった。
3人組の姿が見えなくなったのを機に、ルナがこちらに駆け寄ってくる。
「怪我はないかい?」
「ルナさんのおかげであたしは大丈夫っ」
「俺もこの通りだ」
「良かった……」
ルナは心底ほっとしたように息をついていたが、すぐに眉根を寄せた。
「ごめん。本当はもっと早く助けに来られれば良かったんだけど……」
「その姿を見ればなんとなく予想はつく」
髪や服が土まみれだ。
顔も少し苦しげに歪んでいる。
大方、先の3人組を止めようと抵抗してくれたのだろう。
「助かった。ありがとな」
言って、アッシュは拳の甲を向ける。
ルナは応じようと拳を近くまで持ってくるが、途中でだらりと腕を下げた。さらに顔を俯かせながら、わなわなと体を震わせる。
「ごめん、ボクのせいだ。ボクがきみたちと一緒に狩りなんてしなければ、こんなことにはならなかった。やっぱりもう関わらないほうがいい」
なんとなくこんなことを言い出すのではと思っていた。
他人のためなら自分を犠牲にすることも厭わない。
それほどルナが仲間想いであることは、短い付き合いながらよくわかっていた。
「ルナはどうする気だ」
「彼らに敵対したからね。たぶん、もう島にはいられないよ」
必要のない奇襲をしかけてくるような相手だ。
どんな卑怯な手を使ってくるかはわからない。
ルナの言うようにひとりで対抗するのは難しいだろう。
だが――。
「それでいいのか?」
「よくないよ……! ボクはピスターチャだ。マリハバの代表者だ。そんなボクがこんな低層でおめおめと帰るようなことになればマリハバの名を穢すことになる……」
ルナはひとりの戦士ではない。
部族の名を背負っている。
ルミノックスという悪名高いギルドのメンバーとチームを組み続けていたのも、きっとマリハバの名誉を守るための苦渋の判断だったに違いない。
「だったら俺たちと組まないか?」
「言っただろ。それだときみたちも彼らに狙われるって」
「すでに標的にされてると思うぜ」
なにしろ本気の剣を交えたのだ。
決して浅くはない傷も負わせている。
後戻りできないのはこちらも同じだろう。
「ほら、1人じゃ無理でも3人ならなんとかなるかもだしっ」
クララが空気を壊すように明るい声で言う。
奇しくもそれが返事をする機会となったか、ルナがゆっくりと口を開いた。
「少し……考えさせてほしい」
◆◆◆◆◆
「ダメだったのかなー……」
「どうだろうな」
翌朝。
アッシュはクララとともに宿屋のロビーで朝食をとっていた。
朝食とはいっても簡素でパンとサラダだけしかない。
もちろん用意してくれたのは、いまも受付で読書中のブランだ。
「……アッシュくん、気にならないの?」
「そりゃ気になるさ。でも、最後に決めるのはあいつだしな」
「そうだけどー。なんだかあたしだけそわそわししちゃって馬鹿みたいじゃん」
食の進みがやけに遅いと思ったが、それが理由だったらしい。
アッシュは最後に残ったパンの残りを口に放り込んだ。
「落ち着きないのはいつものことだろ」
「そんなことないよ。あたし、これでも昔は大人しいって言われてたんだから」
「大方、いまみたいに人見知りしてただけだろ」
「うぐっ」
どうやら図星だったらしい。
むすっとしたままクララがパンにジャムを塗り始めた、そのとき。
きぃと音をたてて扉が開いた。
もしや新人でも来たのだろうかと思ったが、違った。
そこに立っていたのはルナだった。
「よっ」
「ルナさんっ」
「おはよう、2人とも。……すごいところにあるんだね、この宿」
扉を閉めたのち、ルナが物珍しそうに宿の中を観察しはじめた。
クララが首を傾げる。
「こんなところに来て、どうしたの?」
「こんなところで悪かったね」
「う、ごめんなさいっ」
すぐさまブランに叱られ、クララは身を縮めていた。
そんなやり取りを見て、ルナが苦笑する。
「2人に用があってね」
「てことは答えは出たのか?」
こくりとルナは頷く。
「正直に言うとね。2人と狩りしてたとき、すごく楽しかったんだ。きみたちともっと一緒にいたいとも思ってた。だから、昨日誘いを受けたときは本当に嬉しかった」
楽しそうに語っていたかと思えば、ルナの顔に影が差した。
「でも、きみたちにはボクのせいで迷惑をかけてしまった。ルミノックスに狙われることにもなった」
「それは違うよ! 悪いのはあの人たちで――」
「いや、ボクのせいだ」
ルナは低い声で静かに言い切った。
なにがあっても意見を変える気はないらしい。
「そんな迷惑をかけた身として図々しいのは充分理解してる。でも……それでも改めて聞いてほしい。ボクをきみたちのチームに入れてくれないか?」
真摯な気持ちは痛いほど伝わってきた。
アッシュはクララと顔を見合わせたあと、頷く。
「俺たちの答えは昨日言った通りだ」
「うん。あたしたちもルナさんとチームを組みたい」
「……本当にありがとう、2人とも」
これで上手く収まった。
安堵や嬉しさからアッシュはクララとともに笑みを零したが、なぜかルナだけは険しい表情のままだった。
「どうしたんだ?」
「……チームを組む前に聞いてほしいことがあるんだ。せめてきみたちの前では誠実でいたいから」
なにやら意味深な発言だった。
ルナは決意に満ちた表情を向けてくる。
先のチーム云々よりも緊迫した空気が漂いはじめる。
「実はボク……」
もったいぶるように間を置いたのち、ルナが叫ぶ。
「女なんだ!」
その高らかな告白が宿屋内に響き渡ったとき。
アッシュはクララとそろって間抜け顔になった。
「……は?」「……へ?」