◆第三話『五つの塔とは』
「まずは挑戦者の活動拠点となる中央広場にご案内しますねっ」
そう言って歩き出したミルマに続いて、アッシュは密林へと入る。
中には舗装された道があった。
おまけに周囲の樹木は道を避けるよう伸び、樹冠も適度に陽光を通している。
外からではわからなかったが、島内は思った以上に整備されているのかもしれない。
ふと少し前を歩くミルマへと目を向けた。
柔らかな緑色の給仕服で包まれたその体は小柄だ。
ただ、胸の膨らみははっきりと窺える。
愛らしく揺れる長めのツインテールを見ても女性なのは間違いない。
猫のような耳と尻尾を持つこと以外、ほかは人と同じだ。
世界を旅する間、獣人には何度も出逢ってきた。
おそらくミルマもその類なのだろう。
「えーと……ミルマでいいんだよな」
「はい。ただ、それは部族名であって個体名称ではありません。どうか、わたしのことはウルと呼んでください」
花開くような笑みを向けてくる。
なんとも人懐っこい子だ。
「俺はアッシュだ。これからよろしく頼む、ウル」
「はい、よろしくですっ」
ウルは耳をぴくぴく、尻尾をくねくね揺らして応じる。
と、楽しそうな様子から一転、目を泳がしはじめた。
歩調を緩めて真横に並び、窺うように見上げてくる。
「……先ほどはお恥ずかしいところをお見せしました」
浜辺でこけたことを言っているのだろう。
「あれは見てて痛快だった」
「で、できれば忘れて下さると……」
「島に来た記念日を飾るにはなかなか良い見世物だったぜ」
「うぅ」
少し弄りすぎたなと思っていると、ウルが盛大にため息をついた。
「お出迎えにも遅れてしまいましたし、今日は散々です……」
「用事があったんなら仕方ないだろ」
「それに関してもこちらの不手際なのです」
ばつが悪そうに続きを語りはじめる。
「実は今日のお昼ご飯がとってもおいしかったので3回もお代わりしてしまったのです。特にクルナッツのゼリーが絶品でした。あれはアイリスさんに頼んでまたご馳走して頂くしかありませんっ」
じゅるり、と垂れた涎を吸い込むウル。
その瞳に反省の色はもうない。
「そう……だな。腹が減ってたんなら仕方ない」
「話のわかる新人さんで良かったです」
調子の良いことを言っているが、なぜだか嫌いにはなれない。
愛らしい耳と尻尾のせいだろうか。
「ま、こっちはおかげで早速知り合いができたしな」
「そういえば、ラピスさんとお話しされていましたね」
「ああ。道を尋ねるついでに話してたんだ。って、あいつのこと知ってるのか?」
「もちろんです。ミルマですから」
えっへんと胸を張る。
真横で見ると、思った以上に大きな胸だ。
これもミルマの特徴なのだろうか。
そんな下らないことを考えているとも知らずに、ウルは話を続ける。
「とはいえ、ラピスさんのことならジュラル島のみんなも知ってると思います」
「有名なのか?」
「それはもう。彼女の成績が理由なのですが……えーと、それを語る前に――」
こほん、とわざとらしく咳払いをする。
「五つの塔についてはどれくらいご存知ですか?」
「ほとんどなにも」
「あはは。ジュラル島から帰る人はあまりいませんから無理もないですね。わかりました。では簡単にですが、ウルが説明させて頂きます」
ピシッと人差し指をたてて、もっともらしい体勢をとった。
「人間の限界を知るため、また人間の欲を満たすため――渇望の神アイティエルによって造られたのが、このジュラル島と五つの塔です」
ここまでは世界の誰もが知っている内容だ。
「五つの塔は、それぞれ『赤』『青』『緑』『白』『黒』と分けられます。そのまま赤の塔などとみなさんは呼んでらっしゃいますね」
それら塔の姿は島へと上陸する前に見ることができた。
赤の塔は、燃え盛る火炎のように。
青の塔は、凍てつく氷のように。
緑の塔は、矍鑠たる大樹のように。
白の塔は、清浄な光のように。
黒の塔は、漆黒の闇のように。
――天へと伸びていた。
「そして五つの塔をすべて攻略すれば、神への挑戦権を得られます。そこでもし神を倒すことができれば……」
「あらゆる願いが叶う」
「はい」
ジュラル島を目指す者があとを絶たない大きな理由だ。
ある者は富を得るために。
ある者は名誉を得るために。
ある者は永遠の若さを手に入れるために。
様々な願いを胸に、多くの者が天上を目指している。
「とはいえ、そこに至るまでの道のりは当然ながら険しいものとなっています。そのどれもが100階から成る五つの塔には多くの魔物がひしめき、また10階ごとに試練として主が配置されています」
世界各地に存在する試練の塔は30階構成だった。
きっとジュラル島の塔は、それらとは比べ物にならない難易度なのだろう。
「古今東西のあらゆる伝承。また、ここではないどこかの世界をも参考にしたとあって、待っているのは未知の世界。いかな強者であってもすべてを踏破することは困難を極めるでしょう」
言い得ぬ緊張感が漂いはじめたとき、ウルが笑顔を作って空気を一新させた。
「ですが、ご安心ください。このジュラル島では塔の魔物を倒すことで優れた武器や防具、道具を得ることができます。ほかにも様々な救済がありますが……これに関してはできることが多いですから、実際に体験しながら少しずつ知っていくことをオススメします」
と得意気に締めくくるが……。
「最後だけえらく雑になったな」
「け、決して面倒になったわけではありませんからね」
そう念を押すように言われた。
真相はわからないが、言葉で多くを説明されても覚えきれないのはたしかだ。
ここはウルの言うとおりにするのが一番だろう。
「簡単にではありますが、五つの塔についてはこんなところです」
「とにかく魔物をぶったおして塔を昇れば良いんだな」
「そうですけど、アッシュさんこそ大雑把じゃないですか~」
少し呆れつつもウルがくすくすと笑う。
結局のところ魔物を倒して突き進むしかない。
これまでも、そうして〝すべての試練の塔〟を制覇してきた。
「では塔について知って頂いたところで話を戻しましょう」
「ラピスがどれだけすごいか、だったか?」
はい、とウルが頷く。
「神への挑戦が始まってから約200年。未だどの塔も踏破されていませんが……ジャジャーン、ここで問題です! 現在、生還者の最高到達階は幾つでしょうかっ?」
「いきなりだな」
「ふふふー」
ウルは前に躍り出ると、後ろ歩きを始める。
笑顔で尻尾をフリフリ。
こんなに楽しそうにされたら乗らないわけにはいかない。
「いま、ジュラル島にいる挑戦者の人数が知りたい」
「初めからヒントを求めるとは……わかってますね~」
「少しは予想できたほうが面白いだろ?」
「その通りですね。アッシュさんを含めて318人です」
思った以上に多い。
いや、世界中から集まってくると考えれば少ないか。
「……92階」
ぱっと頭に浮かんだ数字を口にしてみた。
ヒントをもらってもあまりピンとこなかったからだ。
「残念、外れです! 答えは79階です」
「まだ70台なのか」
「そこから本当に厳しくなってきますからね」
200年も経っているのだ。
天辺が見えていてもおかしくないと思ったが、どうやら予想以上に頂への道は険しいらしい。……楽しみだ。
「そして70階を突破した方はわずか10人」
「その中にラピスがいるってことか」
「察しがいいですね。その通りですっ」
ラピスのことをやたらと称賛していたから相当な実力者なのだろうとは思っていたが、約300人の中の上位10人とは。想像以上だ。
「加えてあの容姿ですから。みんなが興味を持つのは無理もないでしょう」
ラピスの外見に一瞬でも見惚れてしまった身としては否定できなかった。
場所が場所なら、今頃、王侯貴族にでも嫁いでいたかもしれない。
それほど完璧な美しさを持っていた。
「ただ、ぼっちなのです」
あまりに予想外な言葉をいきなりぶち込まれ、唖然としてしまった。
とはいえ、槍のように尖ったラピスの態度を思い出すと、妙に納得できた。
「塔は上階に行けば行くほど強い魔物が待ち構えています。当然、命を落とす危険もあります。ですから、チームを組んで昇る場合がほとんどなのですが、ラピスさんはなぜかひとり寂しく昇り続けているのです」
寂しくという言葉は果たして必要だったのか。
「でも、それで上位陣ってことは強いんだな、あいつ」
「はい。ですから余計に目立つのです」
改めてラピスの姿を頭の中に浮かべてみるが、やはり強そうには見えなかった。
あんな細い体でどうやって戦うのか。
一度、見てみたいものだ。
「あ、話しているうちにかなり進んでましたね」
突然、ウルが弾むような足取りで先を急ぎだした。
耳も尻尾も楽しげに揺れている。
その先にある場所が待ち遠しくて仕方ないといった様子だ。
「もうそろそろ見えてきますよ、中央広場っ」