◆第五話『新装備と新魔法』
「みんな、どうかな?」
翌朝、開店直後の交換屋にて。
変換したばかりの《ヴァルキリー》シリーズを身にまとったルナが恥ずかしげに訊いてきた。
その外見は神々しさを感じるものだった。
白を基調に金の意匠が華美に施されている。軽装とあって生地は布のように柔らかなものだ。ただ、まるで常に光を反射しているかのような艶がある。見ていると引きこまれそうな不思議な装備だ。
「ルナさん、すごい綺麗……」
「……これが《ヴァルキリー》シリーズ」
「こ、これは僕以上に目立ってるね……」
クララとラピス、レオが三様の反応を見せる。
アッシュはどうなの、とルナが目で訊いてきた。
「似合ってるぜ」
「ありがと」
はにかみながらルナが笑みを浮かべる。
世辞ではなく、本当によく似合っていた。
ルナの雪のような白い肌にとてもよく似合っている。
「効果、どうする?」
交換屋のミルマ――オルジェがあくび混じりに訊いてきた。開店直後とあってまだ眠気が抜けてないらしい。ただ、それでも身なりはばっちりと決まっていた。
ルナがオルジェのほうへと向きなおる。
「教えてもらおうかな」
「ん……女性限定装備。対象への損傷大幅増加、魔法による攻撃を微量軽減。そして最大の特徴は敵からの憎悪を受けにくくなるってところね」
「つまり標的にされにくいってことかな?」
「そ~いうこと」
わざとしているのか、色気を乗せた気だるげな声で応じるオルジェ。ついでとばかりにこちらにウインクをしてくる。訪れるたびに誘惑されていることもあってまるで魅力を感じなかった。
「それ、すごいよくない!?」
「後衛にはもってこいの効果ね」
「うん、いまから狩りが楽しみだよ」
言葉こそ控えめだが、自身の装備を見下ろすルナの顔は心なしか興奮しているように見えた。そんなルナの姿を見てか、なにやらクララが物欲しそうにしている。
「いいなぁ。あたしもそろそろ変えたくなってきたかも」
「そういえばクララくん、まだ《アルカナ》シリーズだったね」
「うん、可愛いからずっと着てるけど、さすがにもう5等級はダメだよね……」
等級が上がるにつれ、後衛だから攻撃を受けにくいといったことは通じなくなっている。装備の等級を上げたほうがいいのは間違いない。
「効果的にも《ヴァルキリー》はありかもな」
「じゃ、次また揃ったらクララが交換だね」
「いいの!? やったっ」
《ヴァルキリー》シリーズは見た目も悪くない。
加えてルナと〝お揃い〟とあってか、まだ交換石が揃っていないにもかかわらずクララが見るからにはしゃいでいた。
交換屋での用事は《ヴァルキリー》シリーズの変換のみ。早々にその場をあとにし、今度は近場の鍛冶屋へと向かった。
開店直後は通りまで列が出ることもあるが、本日はどうやら空いているようだった。ひと気があまり感じられない。これならすぐに終わりそうだ、と思いながら中へと入ろうとした、そのとき。
「もう1回だっ! もう1回っ!」
意気盛んな声が聞こえてきた。
中に入ると、こちらに背を向ける格好でひとりの挑戦者が受付台へと上半身を乗りだしていた。それは見間違いようもなく、昨日再会を果たしたばかりの父親――ディバルのものだった。
「親父? なにやってんだ……」
「おう、アッシュか。なにってオーバーエンチャントだよ。てか、こんなに成功しないもんなのか……もう20回目だぞ」
凄まじい既視感だ。
そばにいたルナのほうを見やると、すっと目をそらされてしまった。
アッシュはため息をついて答える。
「8等級に9個目をつけようとして、100回以上失敗してる奴らばっからしいからな。9等級の10個目ってなればそうそう成功しないだろ」
「そんなに確率低いのかよ」
話している間にオーバーエンチャントが終わったらしい。鍛冶屋のミルマが窯の中から取り出した武器を受付台に置いた。
「悪いが、また失敗だ」
「くっそっ。もういっ――」
「もうやめとけよ。ってか、やるにしても俺たちに譲ってくれ」
ディバルが受付台の前からどいてくれたが、渋々といった感じだった。こちらが終わったあとに挑戦する気だろう。完全にオーバーエンチャント中毒者だ。
「ルナさん、先にいい!?」
「いいよ。早く試し撃ちしたいって顔だね」
「うんっ、どっちも面白そうだしっ」
そうしてクララの《テレポート》と《グラビティ》を8等級のリングに装着。続いてルナの《ヴァルキリー》防具に硬度上昇の強化石を暫定で装着し、通りに戻ってきた。
「ぐぐぐっ!」
「あはは、レオさん面白いっ」
早速、クララがレオに《グラビティ》を試し撃ちしていた。
相当な重さが全身にかかっているようだ。
レオの膝はわずかに曲がり、上半身もがくんと下がっている。さらに顔面の筋肉も少し垂れている。
普段は見ることのないおかしな顔に、クララが笑い声をあげていた。我慢できなかったのか、そばではラピスも思わず笑みをこぼしてしまっている。
ただ、そう長くは続かず、すぐに効果は切れた。
解放されたレオが大きな息をつきつつ、額の汗を拭う。
「黒弓の矢より長いとはいえ、やっぱりそれでも一瞬だね」
「効果が強力すぎるからな。ま、それでも充分過ぎる」
9等級では遅い敵はほとんどいない状況だ。
少しでも移動速度を落とせるなら、それに越したことはない。
「今度は《テレポート》いきまーすっ」
たたたっ、と離れたクララが手を振ったのち、先ほど鍛冶屋で作ったばかりの《テレポート》を発動した。直後、その体の輪郭が薄れ、全身がふっとかき消える。と、一瞬にして手を伸ばせば届く距離に彼女が現れた。
「わっ」
アッシュは倒れ込んできた彼女を抱きとめた。
小柄な彼女の体が腕の中にすっぽりと収まる。
「思った以上に移動しちゃった……」
あはは、と照れ笑いを向けてくるクララ。
そんな彼女へとラピスから低めの声が放たれる。
「いつまでくっついてるの」
「わわっ」
慌てて離れたクララがもじもじとしはじめる。
つい最近、恥じらいを覚えたばかりとあって新鮮な姿だ。などと思っていると、ラピスから細めた目を向けられた。居心地が悪くなる前に、と話を進める。
「でもまあ、回避目的ならこれぐらい移動できたほうが安全だな」
「そ、それじゃあこのまま7個で行こうかな」
クララが《テレポート》をはめた左腕を持ち上げながら、「重いぃ……」と苦い顔をした。《テレポート》と《グラビティ》は戦闘では必須となる魔法だ。かといってこれまで常備していたものも外せないため、我慢してもらうほかなかった。
と、鍛冶屋からディバルが出てきた。
「成功したのか?」
「だめだ。まるでつく気がしねぇ」
意気消沈した様子から察しはついていたが、やはり惨敗だったようだ。しかし、見た目ほど落ち込んでいるように感じられなかった。
その予想どおり、ディバルの顔はすぐさまけろっと元に戻っていた。それどころか楽しげな顔を向けてくる。
「そういやアッシュ、今日は狩り行くのか?」
「これから軽くな」
「ってことは夜には帰ってくるんだな」
「そのつもりだが、どうかしたのか?」
こちらの問いかけにディバルがにっと笑った。
周囲をちらっと見回したのち、握ったカップを口につけるしぐさをする。
「どっかいい酒場を紹介してくれ。お前ももう飲むんだろ?」





