◆第八話『2つの剣』
蔦の門前にて負傷者の治療が行われていた。
あちこちで魔術師たちによる《ヒール》が発動され、白光が明滅する。
寝そべる者こそいないが、大半の者が疲労した様子で座り込んでいた。そのせいもあって辺りにたちこめる空気は重い。
「これだけの戦力だし、1回目で突破できるかもって思ったけど……」
「さすがにそう簡単にはいかなかったわね」
そばで休んでいたルナとラピスが嘆息交じりにそうこぼした。2人とも傷は負っていないが、少しぐったりとしている。おそらく単純に攻撃をしつづけた影響だろう。
彼女たちから少し離れたところで、レオが両脚を投げだして休憩していた。額やこめかみについた汗を拭いながら深く息を吐いている。
長時間、敵の攻撃を受けつづけたこともあってほかの誰よりも疲労は蓄積しているはずだ。そのうえ、麻痺を受けたせいで最後の一撃をまともに受けてしまっている。
「レオ、いけるか?」
「大丈夫だよ。最後の一撃は……ちょっと意識飛びかけたけど」
「強がりはいらないからな」
「本当に支障はないよ。戦闘中もクララくんが《サンクチュアリ》とあわせてこまめに《ヒール》をかけてくれてたしね」
そう口にしたレオの視線を追えば、いまもほかの挑戦者たちに《ヒール》をかけて回るクララが目に入った。《精霊の泉》のおかげもあって、ほかの魔術師たちよりも多くの傷を癒しているようだった。
レオがにこやかに笑みながら、すっと片手をこちらに伸ばしてくる。
「心配なら僕に元気をわけてくれれば――あいたっ」
「本当に元気みたいだな」
「ぐ、ぐぅ……相変わらずの鉄壁だね」
ふざける余裕があるぐらいだ。
きっと大丈夫だろう。
アッシュは呆れつつも安堵したのち、ソレイユのメンバーが固まっているところへと向かった。
大樹のごとくどっしりと伸びた茎。そこにヴァネッサが上半身を預ける格好で座り込んでいた。軽鎧の右肩辺りをはだけているため、彼女の豊かな胸の上部がわずかにあらわになっている。
ソレイユのメンバーが壁を作るように固まっていた理由に納得した。わずかに赤らんだ肌へとオルヴィが触診するように手をそっと当てている。
「オルヴィ。ヴァネッサの具合はどうだ?」
「……傷口は塞がりましたが、痛みは残っているかと」
「これぐらい大したことないよ。竜相手に下手うったときと変わりないさ」
麻痺粉が全体にまかれた直後、味方を庇う格好で敵の攻撃を大剣で受けたときに負傷したものだろう。彼女のおかげで味方の被害は最小限に抑えられた。だが、彼女が受けた傷も生半可なものではなかったようだ。
ヴァネッサがそそくさと軽鎧を着なおしたのち、強い意志を宿した瞳を向けてきた。どうやら中止にはするな、と言っているようだ。
「ちゃんと痛みは引いてるのか?」
「ああ。万全とまではいかないが、すぐにでもいけるよ」
「そんじゃ万全にするためにも長めに休憩をとるか」
「……悪いね」
「頼りにしてるからな」
そう伝えると、ヴァネッサがくすぐったそうにしながらも口元に笑みを浮かべた。途端、周りのソレイユのメンバーたちが色めきだす。
「やっぱりお似合いよねっ」
「大人って感じで憧れる……っ」
ひそひそと話してはいるものの、距離があまりに近すぎて丸聞こえだった。そのせいかヴァネッサもほんのりと頬を染めて目をそらしている。……なんとも居心地が悪い。
アッシュは逃げるようにその場をあとにする。
と、歩み寄ってきたロウに呼び止められた。
「どうする、アッシュ」
「一番被害を受けたレオもヴァネッサもいけそうだし、少し時間を置いて挑戦するつもりで考えてる。レッドファングのほうはどうだ?」
「多少の傷は負ったが、治癒できる範囲だ。問題ない」
再戦は可能。
となれば残る問題は攻略法だ。
「あの蕾をどうするか、だよな」
「今回、毒の蕾を潰したことで残った麻痺の蕾を茨の巨人が装備した形となった。おそらく麻痺の蕾を潰せば、逆に毒の蕾を装備されるだろう」
「毒をまき散らされれば足場が崩れるし、かといって麻痺はさっきみたいになりかねない……どっちも致命的だな」
アッシュはおどけたように肩をすくめた。
そのさまを見てか、ロウが見透かすような笑みを向けてくる。
「もう答えは出ているのだろう?」
「ああ。おそらくどちらか一方の蕾が破壊された時点で茨の巨人が動きだし、残った蕾を装備する仕組みだ。つまりどっちの蕾も装備されたくなけりゃ方法はひとつ――」
「――両方の蕾を同時に破壊するしかない」
ロウの言葉にアッシュは頷き、話を続ける。
「とはいえ、毒のほうを3回吐かれたら終わりだ。細かく調整してる時間はない」
「やはり高火力の2人を選抜して最後に攻撃を調整する必要があるか」
気づけば、ほかの参加者たちが周りを囲むように集まっていた。その中からラピスが一歩前に出てくる。
「片方だけなら確実に任意のタイミングで潰せるけど」
彼女が持つ血統技術――《限界突破》のことを言っているのだろう。
「いや、あのあとにどれだけ戦闘が続くかまだわからない。体力を著しく消耗するのは危険だ」
「ってことはボクもかな?」
「ああ、保留で頼む」
続いて手を挙げたルナの血統技術――《レイジングアロー》も同様だ。ラピスの《限界突破》よりも体力の消耗度合いは低いものの、伴う危険は少なくない。
「つまり俺の出番だな!」
「俺もボスと一緒にやりますよ!」
ベイマンズとヴァンが勇んで名乗り出てきた。
火力的には申し分ない2人だ。
いいんじゃないか、と言おうとしたが、ロウに遮られた。
「ギルド、そしてチームメンバーとして推すところなのかもしれないが……お前たちは器用なことには向いていない。やめておけ」
「「なっ!?」」
絶句するレッドファングの力自慢2人組。
彼らを誰よりもよく知るロウの判断だ。
きっと正しい選択なのだろう。
しかし、彼ら抜きで考えると適役は限られてくるが……。
自身を含む構成で思考を巡らせはじめた、そのとき。
「わたしが担当しよう」
シビラが名乗りを挙げた。
さらに――。
「麻痺のほうはあたしがやるよ」
ヴァネッサがあとに続いた。大剣を支えに立ってはいるものの、その姿から負傷者であることは微塵も感じられない。
だが、彼女を見るシビラの目はひどく険しいものだった。
「……その体でいけるのか?」
「いけなかったら名乗り出ないさ。大体、麻痺に耐性のあるあたし以上の適役はいないだろう?」
火力的に似通っている彼女たちだ。ヴァネッサに麻痺耐性があることも考慮すれば、最高の組み合わせといっても過言ではない。
どうやらシビラもヴァネッサの決意を汲み取ったようだ。
「……アッシュ、彼女とわたしで蕾を破壊する方向で構わないだろうか?」
「わかった。それじゃ蕾の全体が赤色になる直前で攻撃を停止。あとはシビラとヴァネッサの2人に任せる形でいこう」
意図せず全体の作戦会議となっていたこともあり、集まっていた参加者たちが総じて頷いた。そんな中、シビラがごく真面目にヴァネッサに問いかける。
「手を抜いたほうがいいか?」
シビラの長剣は9等級の武器。
対してヴァネッサの大剣は8等級。
そうした純粋な等級差を考慮した発言だったと思われるが、それがヴァネッサの矜持に火をつけたようだった。
「舐めた口きいてくれるねえ。ちょうどいい機会だ。ここで勝負を決めようじゃないか」
「どちらが先に破壊するか、か。いいだろう、望むところだ」
青筋をたてながら挑戦的に笑むヴァネッサに、ごくごく真面目な顔で静かな闘志を燃やすシビラ。2人とも完全に〝同時破壊〟の目的を忘れ、どちらが新チームで主導権を握るための勝負を始めていた。
彼女たちのやり取りを目にしながら、ロウが心底不安そうな声で訊いてくる。
「……アッシュ。大丈夫なのか、あれは」
「ま、逆にあんだけ競ってたらそこまで差は出ないだろ」
それにギルドのマスターとして責任感の強い2人だ。なんだかんだと言い合いながら、討伐成功のためにすり合わせるに違いない。……違いない。
いまもなお睨み合う2人を見ながら、アッシュはそう強く自身に言い聞かせた。





