◆第十一話『ピスターチャとして』
ルナ・ピスターチャはマリハバの名誉を背負ってジュラル島へとやってきた。
だから神への挑戦を果たさずに、おめおめと逃げ帰るわけにはいかない。
たとえ、チームメイトが悪に魂を売っていたとしても――。
「どうして今日はこんな低い階で?」
「誰かのせいで虫の居所が悪いからな。蹂躙してやんだよ」
言いながら、チームリーダーのガナンドがスケルトンを頭から真っ二つに斬り裂いた。蹴飛ばされた骨がカラカラと音をたてて地面に転がると、音もなく消滅していく。
今日は緑の塔11階で狩りをしていた。普段の主な狩場が赤、青、緑の19階なことを考えると、大幅に難度を下げたことになる。
「いたぞ。この先で狩ってるのを見つけた」
少し前に離れていたメンバーのひとりが戻ってきた。
仲間たちが揃って顔を見合わせながらニヤついている。
なにか嫌な予感がしてならなかった。
「みんな、なにをする気なんだ?」
「決まってんだろ。朝に喧嘩売ってきたあの野郎をやっちまうんだよ」
「なっ」
あの野郎とは間違いなくアッシュのことだろう。
道理でこんな低い階で狩りをしているわけだ。
「ボクは反対だ!」
「あ?」
「この島には塔を昇りに来た。人と戦うために来たんじゃない」
「なんだよ、リーダーの俺に逆らうのか?」
「誰がなんと言おうと同じだ」
マリハバの技術は狩りのために研鑽したものだ。
人殺しをするためではない。
強い意志をもって訴えるが、メンバーたちは呆れたように息をつくだけで話を聞く気がまるでない。悔しさから思わずぐっと拳を作ってしまう。
「どうして……どうしてそんな風になったんだ。初めの頃はもっと思いやりのある奴だったじゃないか」
約半年前。
10階の主を前に苦戦していたところ、声をかけてくれたのが彼らだった。
そしてチームを組んで赤、青、緑の10階を見事に突破。
以降も互いに励まし合いながら昇り続けていた。
なにもかも順調だった。
このまま上層まで行けるのではと思ったぐらいだ。
けれど、そんな時間は長くは続かなかった。
青の塔20階の攻略に失敗してからすべてが狂いだしたのだ。
絶望したメンバーはいつの間にか《ルミノックス》というギルドに入り、ほかの挑戦者への迷惑行為をするようになった。
レア種の横取りや盗みはざら。
見たことはないが、きっとほかの挑戦者を襲ったりもしているのだと思う。
「思いやりだって?」
言って、ガナンドが鼻で笑う。
「そんなもんがあったって塔は昇れないぜ。大事なのは狡猾さだ。他人を出し抜いた先にこそ旨味があるんだよ」
「やっぱりルミノックスに入ったのが原因だったんだ。あんなギルドに入ったから……なあ、いまからでも遅くない。ギルドをやめて最初からやり直そう」
「……ルナ。わかったよ」
唐突にガナンドから険が除かれた。
もしかして本当にわかってくれたのだろうか。
そう思ったのも束の間、いままでにないほどガナンドの顔が醜悪なものへと変わった。
「じゃあ、お前はここで寝てろ!」
腹に拳を撃ち込まれた。
思わず悶えてしまうが、倒れる前にさらに即頭部から殴られた。叩きつけられるようにして地面に転がってしまう。
お腹を殴られたせいで苦しい。
それに意識も朦朧としている。
「行くぞ!」
かすんだ視界の中、ガナンドたちが背を向けて去っていく。
本当に無様だった。
最後まで彼らを信じた結果がこれだ。
肉体的にも、精神的にもボロボロだった。
だが、いまは自分のことなんてどうでもいい。
ただただ、アッシュたちのことが心配だった。
「アッシュ……クララ……逃げて……っ!」
◆◇◆◇◆
眼前のスケルトンを両断した直後、崖上から追加で1体が飛び下りてくる。アッシュは斧の柄をくるりと回してハンマー側を向けると、勢いのまま振り回して粉砕した。骨の破片があちこちに散り、地面へと落ちていく。
ふぅ、とひと息つく。
「スケルトン狩りもだいぶ慣れてきたな」
「だね。余裕出てきた感じする」
「あとはクララがクロウラーに慣れれば完璧か」
「そ、それは無理かなー、なんて……」
本日は緑の塔11階を狩場に選んでいた。ひとまずここで2等級の交換石や強化石を溜め込み、充分な戦力を整えようとの考えだ。ついでに麻痺強化石を購入するためのジュリーも貯められればという魂胆もあった。
ふいに、これまでとは違う音を捉えた。
そばの崖上のほうからだ。
「クララ、気をつけろ」
「スケルトン? も、もしかしてクロウラーっ!?」
「いや、魔物の足音じゃない。これは――」
崖上を見上げたとき、2つの人影が飛び出てきた。
1人は槍を、もう1人は斧を突き出している。
アッシュはクララの腕を引っ張りながら飛び退いた。
そのまま手を離したのでクララが「へぶっ」と変な声を出してすっ転ぶ。
悪いことをしたが、緊急時なので許してもらうしかない。
「へぇ、これを避けるか! やるじゃねぇか!」
「潜む気もない音が聞こえたんでなっ」
「抜かせっ」
今朝、路地でルナを囲んでいた3人のうちの2人だ。
なにが理由で襲撃をしかけてきたのかはわからないが……。
いまはとにかく目の前の対応を優先するしかない。
アッシュは即座に敵へと斧を投げつけた。いかに小振りの斧といえど、2人を相手に立ち回るのは難しい武器だと思ったからだ。その間に2本の短剣を抜き、槍の男へと肉迫する。
人殺しは主義ではない。
だが、相手が相手だ。
四肢の幾つかは取らなければ大人しくならないだろう。
ソードブレイカーを主軸に打ち合い、隙を狙ってスティレットを繰り出していく。さすがに相手もかなりの手練だ。決定打をなかなか決めさせてはくれない。だが、こちらの素早い連撃に相手はたじたじになっている。
それを見かねてか、もう1人の斧の男が背後から奇襲をしかけてくる。が、振り下ろされる直前で回避。アッシュは敵の背後へと回り込み、その背中を蹴り飛ばした。前のめりに突き飛んだ斧の男が槍の男に激突し、そろって地面に転ぶ。
「なんだこいつっ!?」
「低層の奴の動きじゃねぇっ」
敵は動きが止まっている。
いまが好機と見て、勝負を決めに前へと駆けたとき――。
「アッシュくん、危ないっ!」
クララの悲鳴にも似た声が響いた。
ほぼ同時、視界の右端に三日月型の炎が映り込んだ。
とっさに急停止すると、目の前の地面に炎が衝突する。
すぐに炎が飛んできたほうを確認する。
と、そこにはルナを囲んでいた、最後の一人。
頬傷の男がこちらに向かってきていた。
「お前ら、そんな奴らにてこずるとかダセぇにもほどがあるだろ」
そう吐き捨てたのち、一気に加速。
肉迫と同時に剣を振り下ろしてきた。
かなり勢いが乗っている。
まともに受けては危険だ。
そう判断し、ソードブレイカーの腹で流して後退する。
と、頬傷の男は離れているのに剣を振るった。
いったいなにをしているのか。
そう思ったのも一瞬。
斬撃をそのまま形にするように炎が出現し、こちらに向かってきた。
先ほど目にした三日月型の炎と同じものだ。
あれは魔法の類だ。
受ける手段がない。
とっさに回避を選択すると、その隙に頬傷の男が距離を詰めてきた。繰り出された振り下ろしの一撃をソードブレイカーで受け止める。互いの刃が擦れ、ぎりぎりと音を鳴らす。
「お前、2等級なんじゃないのかっ?」
「その通り2等級だ」
「じゃあ、なんでそんな武器を持ってるんだよっ」
強化石を5つ以上はめれば斬撃を飛ばすことができる。
以前、ウルからそう説明を受けた。
頬傷の男の攻撃は、まさにその攻撃だった。
だが、疑問が残る。
穴が2つしかない2等級の武器では、強化石を5つも埋め込めないはずだ。
「オーバーエンチャントのことも知らないのかよ。とんだド新人だなぁ、おいっ」
どちらからともなく剣を弾き、撃ち合いが始まる。
――オーバーエンチャント。
なにやら知らない言葉が出てきた。
意味から察するに、特定の数以上の強化石を埋め込む方法があるのかもしれない。
それにしてもこの頬傷の男。
先の2人とはまるで違う。
強い。
だが、それでも近接戦闘では負ける気がしなかった。アッシュは2本の短剣を駆使し、素早い連撃を加えていく。相手の剣をソードブレイカーで受け止めた、直後。スティレットで相手の膝を抉る。
「ぐぁッ」
悶絶する頬傷の男にさらなる追い討ちをかけようとする。が、そうはさせまいと槍の男が加勢に入ってきた。
真っ直ぐに繰り出される槍の一撃。
アッシュはゆらりとそれを躱したのち、相手の甲をスティレットで突き刺した。
「ぁああああああっ」
槍の男が悲鳴をあげる。
たまらず握っていた槍も落としていた。
頬傷の男が苛立ちを吐き出す。
「クソッ、なんなんだよお前! 新人の動きじゃねぇぞ……!」
「言ったろ。ただの通りすがりだって」
相手は弱っているが、まだ動ける。
戦闘不能になるまで追いやらなければ、やられるのはこちらだ。
「そこまでだ!」
振り向いた先、クララが斧の男に捕まっていた。
その細い首に刃が突きつけられている。
思った以上に頬傷の男がやり手だったこともあり、3人目に注意を向ける余裕がなかった。完全にミスだ。
「ごめん……」
「いや、クララは悪くない」
アッシュは頬傷の男を睨みながら吐き捨てる。
「クソなギルドってのは本当らしいな」
「はっ、最高なギルドの間違いだろ」
そう答えた頬傷の男がフラフラと立ち上がる。
逆にこの男を人質にするか。
そんな考えが脳裏に過ぎったとき。
「おっと下手な真似はするなよ。武器を下に置け」
頬傷の男がそう指示を出してくる。
仕方なく武器を足下に置いた。
「さて、どんな仕返しをしてやろうか……」
下卑た笑いを浮かべながら、頬傷の男と槍の男が近づいてくる。
生きて帰れるのか。
そんな疑問が浮かんだとき――。
1本の矢が頭上を翔け抜けた。





