◆第六話『妖精の庭』
戦闘部隊が〝妖精の庭〟に入りきった、そのとき。
周囲の草花がまるで風に吹かれたようにざわつきはじめた。
ぽんっと小気味いい音をたてて幾つもの蕾が花開いていく。あちこちで細かな光の粒も弾けるように舞い上がる。
「……えらく歓迎されてるみたいだな」
アッシュは周囲の催しに見惚れつつ、警戒を強めた。
こちらは庭を荒らしにきた、いわば侵入者だ。にもかかわらず来賓をもてなすかのような盛大な歓迎ぶりに全員が戸惑いはじめている。
「おい、なんか動きだしたぞ!」
そう声をあげたベイマンズの視線の先。
最奥の壁一面を覆う無数の茎がカーテンのように左右へと開いていた。
奥にあったのは同様に茎で形作られたこじんまりとした箱型の空間。横に並んだ2つの豪奢な椅子が置かれている。だが、どちらも空席で誰も座っていない。
かと思いきや、雫のような光がきらきらと出現。カッと光ったのを機に人間の頭大の妖精が姿を見せた。
1体は王冠を被り、いかにも王様といった華美なマントを羽織り。もう1体はティアラを被り、いかにも王女といった煌びやかなドレスを着ている。
2体の妖精たちが置かれていた椅子へと、飛び乗るようにしてトスンと座りこんだ。見た目からして、あれらが今回の討伐対象――。
妖精王と妖精女王で間違いないだろう。
2体は右手に持った木の枝を掲げ、前方に向かってくるりと円を描いた。あわせて枝の先端についた宝石が煌いた、そのとき。
最奥近くの足場から2本の極太の茨が突きだしてきた。それらの先端はぶつかるようにして交わり、ねじれながら高さを増していく。
ついに巨人を上回る高さに達したとき、それは頭部こそないが、両手両足を持った人型――茨の巨人と化していた。
妖精王たちが「キシシッ」と嘲るような笑いをこぼした、瞬間。茨の巨人がみちみちと音を立てながら右腕を振りかぶった。鞭のようにしなった茨が空気を鋭く裂きながらこちら目がけて向かってくる。
アッシュは即座に叫ぶ。
「レオッ!」
「了解っ!」
レオが駆け出し、盾を前面に押しだす格好で茨の先端を弾き飛ばす。規模が規模だからか。鞭のような鋭い破裂音ではなく、打撃のごとく鈍い音が鳴った。
さらに足を止めたレオへと、茨の巨人が左腕で追撃を繰りだす。が、レオはぐらつきながらも、飛ばされることなくその場で耐え切っていた。
「さすが、大型だね……っ!」
「いけるかっ!?」
「大丈夫! ベルグリシよりきついけど、充分耐えられる範囲だよ!」
強がりではなく、本当に余裕があるようだ。
9等級防具の《セラフ》シリーズのおかげもあるかもしれない。だが、それ以上に堅実で細やかなレオの受けの技術が、大きく敵の攻撃を和らげているように感じた。改めて思うが、レオは最高の盾だ。
「よし、クララはそのままレオの回復を! ほかの奴らは攻撃を――」
そう指示を出そうとしたとき、妖精女王が立ち上がった。そのままふわりと飛び上がり、広間の壁をなぞる格好で優雅に浮遊しはじめる。
妖精女王のとおりすぎた空間には光り輝く鱗粉が残っていた。それらが舞い落ち、草花に接触した瞬間。うねりだした草花が人型と化し、こちらに向かってきた。
草花たちは総じて頭部に大きな蕾を持っている。ふいに1体が「ぶちゃっ」と不快感極まる音を発しながら、蕾を開いて紫色の吐瀉物を放ってきた。見るからにあやしい色を前にアッシュは半ば無意識に回避する。
「毒かっ!?」
「足場が溶けてなくなってるわっ」
後方からラピスの焦った声が飛んでくる。
言葉どおり彼女のそばに付着した毒液が足場の葉を溶かし、人がすっぽり入れるほどの穴を空けていた。
足場の葉の隙間から覗いた先、見える範囲で底にはなにもない。踏み外せばおそらく命はないだろう。このまま毒液を吐かれつづければ足場が穴だらけになり、戦闘どころではなくなる。
「あの液体を吐かせる前に急いで処理してくれ! 可能なら放たれた毒液の迎撃も頼む!」
指示を出すよりも早く、レオとクララを除く全員が排除に動きだしていた。さすがは手練ばかりの集団だ。多くの草花が動きだした瞬間に倒されていく。もれた敵から放たれた毒液も魔術師の魔法によって見事に撃ち落とされている。
いまのところ毒液の被害は最小限に抑えられている。だが、どれだけ倒してもすぐに妖精女王によって新たな花型魔物が生成されている状態だった。
敵を横薙ぎの一撃で排除し終えたヴァネッサが苛立ち混じりの声をもらす。
「……きりがないねっ」
「どうする、アッシュ!?」
ベイマンズから指示を催促される。
アッシュはいまも鱗粉をまき散らし、雑魚を増殖させている妖精女王を睨みながら叫ぶ。
「誰か撃ち落とせるか!?」
いち早く反応したルナによる赤属性の矢、続いてロウによる《フレイムバースト》が妖精女王へと向かうが、どちらもひらりと躱されてしまった。
「なんだ、あの回避はっ」
ロウが驚愕の声をもらす中、ほかの挑戦者からも幾つもの遠距離攻撃が放たれてる。が、やはりどれもあっさりと回避されてしまっていた。まるで当たる気配がない。
どうやら通常の攻撃で当てることは凄まじく困難なようだ。しかし、こちらには必中の矢を放てる弓がある。
「ルナッ!」
「任せてっ!」
すでにルナは赤弓を手放し、白弓へと持ち替えていた。流れるような動きでイヤリングを弾き、出現させた矢を放つ。これまで同様に向かってきた矢を回避せんとする妖精女王。だが、矢はその動きにあわせて軌道を変え、妖精女王へと命中――。
したかに思われたが、直前に現れた光の膜に矢が弾かれた。だが、衝撃は抜けたようだ。妖精女王は仰け反ったのち、空中で頭をぷるぷると振っている。
その愛らしいしぐさに女性陣の幾人かが見惚れていた。だが、ルナは構うことなく次々に矢を放ち、妖精女王をその場に固定した。ここぞとばかりに遠距離職たちが総攻撃をしかける。
それらすべての攻撃が光の膜に防がれていたが、妖精女王はついに逃げだすようにして後退。妖精王の隣へと戻っていった。途中から鱗粉が止んでいたこともあり、雑魚の一掃はすんでいる。
「急げ! いまのうちに削るぞ!」
アッシュはほかの近接組ととももに茨の巨人へと駆けた。
視界の中、レオはなおもひとり茨の巨人の激しい攻撃を受けつづけている。ほかの全員が雑魚の排除に当たっていた間、赤剣の特殊攻撃――旋風を繰り出して応戦していたこともあり、標的はがっちりと固定されている。
これなら全力で攻撃しても標的が変わることはない。
そう瞬時に全員が察したようだ。
肉迫した近接組が足を、遠距離組が頭部や胴体へと全力で攻撃を開始。けたたましい衝撃音が響きはじめる。また大半の者が選んだ属性が赤とあってか、視界の多くで赤色が激しく明滅していた。
上位陣ばかりとあって動きひとつとっても無駄のないものが多い。だが、中でもやはり三大ギルドのマスター。ヴァネッサとシビラ、ベイマンズの3名だけは別格だ。茨の肌をがりがりと削っている。
負けてられないな、とアッシュは攻撃の手をさらに早めた。
直後、変化が訪れた。
茨の巨人が金切り声をあげ、強張ったように硬直したのだ。狂騒状態への移行かどうかはわからない。だが、こうした変化になにかを仕掛けてくるのがジュラル島の魔物だ。
「一旦後退! 様子を見るぞ!」
近接組が急いで茨の巨人から距離をとりはじめる中、妖精王が手前に倒した杖を勢いよく振り上げた。直後、茨の巨人前の足場から緑色の風が一気に噴出してきた。見上げるほどの高さに加え、横幅は広間すべてを覆っている。まさに風の壁だ。
向こう側で妖精王が杖をこちら側へ倒したのを機に、ゆっくりと迫りくる風の壁。全員が逃げ道がないことを瞬時に悟ったようだ。近場の葉の縁にしがみつきはじめる。
「みんな、穴に落ちるなよ!」
そう忠告してから間もなく風の壁に呑まれた。
風は上方へと持ち上げるようにして吹いていた。葉を掴んだ手にかかる負担が凄まじい。少しでも掴む手を緩めれば上方へと吹き飛ばされてしまう。
風がとおりすぎるまで実際には3拍程度。
やけに長く感じた時間が終わり、アッシュはすぐさま立ち上がって周囲の確認をする。
見たところ吹き飛ばされた挑戦者はひとりもいない。
髪がぼさぼさなうえ憔悴しきってはいたが、クララもなんとか耐え切ったようだった。
最奥側からしゃらんしゃらんと鈴の音のような綺麗な音が聞こえてきた。見れば、妖精王と妖精女王が杖の先端を合わせながら、互いの位置を入れ替えるようにしてくるくると回って踊っていた。
その踊りに呼応してか、硬直していた茨の巨人が再び動きだした。
攻撃を警戒してレオが最前線で身構える中、茨の巨人が攻撃する意思はないとばかりに両手となっていた先端を下向けた。直後、その先端が口のように開き、ボトンと音をたてて巨大な球形物をひとつずつ産み落とした。
どちらも大きさは巨人がすっぽり収まる程度。卵のようにも見えるが、上部には花弁に似たものがあり、形状は蕾と酷似している。
「なんだ、あれは……」





