◆第五話『妖精郷の道中』
「道中の隊列は先日の会議で話したとおりだ! 俺たちとベイマンズのチームが先導、その後ろからレッドファング、ファミーユ、アルビオン、ソレイユで頼む!」
現れるなり参加者の遠距離攻撃が放たれ、瞬く間に蒸発していく妖精や巨人たち。緑の塔66階の入口を出てから間もなく集団は妖精郷へと突入する。
大きな葉によって形成された足場。空や遠くがまったく見えないほどに茂った大樹や奇想天外な形をした植物たち。ふわふわと舞う泡のような燐光――。
辺りの景色がより幻想的なものとなった。
そこから先は巨人に代わり馬型魔物――ユニコーンが出現しはじめた。頭部から生やした角を突き出す格好で猛進してくる。ただその標的はもっとも近い前衛ではなく、少し後ろに位置どっているクララだ。
「うわわっ」
クララが慌てて《フレイムバースト》で迎撃を試みるが、ユニコーンに命中する直前で光の膜に弾かれ、消滅してしまう。
「クララくん、なるべく僕の背後に!」
レオが割り込み、ユニコーンの突進を盾で弾く。
さらに体勢を崩した瞬間を逃さず首もとへとすかさず剣を突き込んだ。
慟哭とともにユニコーンが消滅していく中、ロウの高らかな声が響き渡る。
「ユニコーンに魔法は効かない! また魔石所持者に向かう性質がある! 魔術師はとにかく回避を優先して進め!」
ベイマンズのチームは妖精郷の奥へともぐったことがあるからか、ユニコーンの対応にも慣れているようだった。いまもまた前方から出現していたが、ベイマンズとヴァンが積極的に処理している。
……負けてられないな。
そう思いながら、アッシュは前線へと駆けだした。ベイマンズたちを追い越し、突進してくるユニコーンへと対峙する。
敵の雄々しい角がこちらを貫かんと直前まで迫った、そのとき。わずかに体をそらし、接触を回避。ソードブレイカーを敵の横腹に刺し込んだ。
暴れ狂いながらも駆けつづける敵に体を思い切り引っ張られる。が、勢いに負けずたぐりよせるようにして敵の背にしがみついた。
敵の後頭部へとスティレットを差し込む。
腹をこするようにして倒れた敵が、弱々しい呻き声をあげて消滅していく。
天使とばかり戦っていたからか、それとも武器の質が格段に上がったからか、以前に比べてやけに脆く感じた。だが、安堵する暇はなく、新たなユニコーンがこちらへと突進してきていた。
すぐさま迎撃の構えをとった、瞬間。白色の《光の笠》がそばを通りすぎていき、敵の頭部を弾いた。ユニコーンがよろめいたのを機に、先の攻撃を放った主――ヴァンが一気に距離を詰めていく。
彼は肉迫するなり車輪を高速回転させたかのような猛烈な連撃で肉を抉り取り、瞬時に敵を沈黙させた。振り返ったヴァンが勝ち気な笑みを見せてくる。
「さすがアッシュの兄貴だぜ!」
「ヴァンもやるな!」
そうして互いの実力を認め合っていると、横合いから騒がしい声が参加してきた。
「お前らばっかにいい格好させるかよ! おるらあああああっ」
「ちょ、ボス! 張り切りすぎっす! あぶなっ、刃がっ、刃がっ!」
両手に1本ずつ持った小斧を豪快に振り回し、新たに出現したユニコーンを撃退していくベイマンズ。周囲の状況を無視して戦うそのさまはまさに戦闘狂そのもの。
彼らとともに戦うのがシーサーペント戦以来だからだろうか。なんだかとても懐かしい気がしてならなかった。
その後もベイマンズチームとともに先導を務め、妖精郷の奥を目指して進んでいく。
進めば進むほどアルビオンやレッドファングが撤退を決めたという理由がよくわかった。それほどまでに敵の数が多い。リッチキング戦前の出迎えよりもさらに熱い出迎えだ。
アッシュは計らずしてラピスと背中合わせになった。互いに迫りくるユニコーンへと一撃を加え、沈める。と、ユニコーンたちがすれ違う格好で崩れ落ち、消滅していった。
「思ってた以上に激しいな」
「けど、すぐに溶けていくわね」
「ま、戦力が戦力だからな」
近接組の相手はユニコーンばかりだが、妖精も数えきれないほど出現している。ただ、射程圏内に入った瞬間、後衛組によって撃ち落とされているのだ。
中でもルナの撃破数が圧倒的に多かった。周囲の後衛からは思わず感嘆の声が漏れているようだった。同じチームのメンバーとして誇らしい限りだ。
やがて敵の襲撃がぴたりと止み、ひと際大きな葉の足場へと辿りついた。
「ここから先の光景はわたしも見たことがない」
そう口にしたのはシビラだ。
どうやらアルビオンですら辿りついていない場所らしい。
全員の足並みを揃えて踏み入ると、若々しい緑の蔦で形作られた巨大な門が待ち受けていた。その先に目を向ければ、華やかな花々で彩られた空間が飛び込んできた。
広さは試練の間をはるかに上回る。
リッチキングと戦った場所と同等程度ぐらいだろうか。
「なんて綺麗な場所……」
「それにとてもいい空気です」
揃って感嘆の声をもらすオルヴィとリトリィ。だが、同じように見惚れていることを知った瞬間、互いにはっとなって顔をそらしていた。どうやらいがみ合いはまだ続いているようだ。
ふいに蔦の門のあちこちから、細身の蕾がにゅるりと現れた。それらがまるで口のように動き、声を発しはじめる。
「ここから先は妖精王オベロンの庭だ」
「いいや、妖精女王ティターニアの庭だ」
「人間は立ち入っちゃならないよ」
「怒りを買って死んじゃうよ」
重なり気味でひどく高い声だったが、聞き取れないほどではなかった。
「これは間違いなさそうですね」
「ああ。この門をくぐれば戦闘開始だろう」
ウィグナーに続いて、ヴァネッサがそう見解を述べた。ほかの者も同意見のようで顔を一気に引き締めている。
アッシュは全員に聞こえるよう声を張り上げる。
「そんじゃ準備するとするか。戦闘部隊は門の前に! 待機部隊はドーリエのところに集まってくれ! 少し休んだらすぐに開始するぞ!」
待機部隊は15人。
ゆえに36人で戦闘に臨むことになる。
アッシュは背負ってきた9等級の白弓を下ろし、ルナへと手渡す。
「ルナ、これ」
「ありがと。ひとまず足下に置いて必要そうだったら使うことにするよ」
「それがいい」
そうしてルナとやり取りをしている最中、ドーリエの前にレオが向かったのが見えた。なにやら申し訳なさそうな顔で話しかけている。
「悪いね、ドーリエ嬢」
「一番硬い奴が務めるのは当然さ。ま、倒れたときは安心して寝ときな」
「そうならないように必死に頑張るよ。なにしろ僕は女性を守りたい古い人間だからね」
「あたしみたいなの相手によく言うね」
レオの真摯な言葉に困惑するドーリエ。
はたから見ていればなかなかにいい雰囲気だ。
しかし、そんな空気をよしとしない男がいた。
そそくさと近づいてきたヴァンが焦り気味に耳打ちしてくる。
「あ、兄貴……あの男、もしかして」
「心配するな。レオは誰にでもあんな感じだ」
べつに気休めで言ったわけではない。
凛々しい顔つきでこちらにレオが歩み寄ってくる。
「さあ、アッシュくん。気合入れていこう! っいた!」
さり気なく伸ばされた手を思い切り叩き落とした。
ちなみにいつもの2倍以上は強めだ。
レオが手をさすりながら恨みがましい目を向けてくる。
「こ、これから大事な戦闘が始まるっていうのに容赦ないね……っ」
「その大事な戦闘前にふざける奴が悪いだろ」
「ひどいよ、僕はいつだって真面目なのにっ。あ、いやいまのは大事な戦闘前じゃなければいいっていう、アッシュくんからの隠されたメッセージ……!?」
「んなわけないだろ。バカなこと言ってないでさっさと準備してくれ」
「うぅ、少しぐらい乗ってくれたっていいのに……」
残念そうに指定の場所へと向かっていくレオ。
そんな彼の背中を横目に見ながら肩をすくめて言う。
「な? あいつはあんな奴だ」
「……なんか安心したけど、なんか微妙な気分っすね」
たしかに男としては安心したくはない。
いや、安心してはならない。
その後、戦闘部隊と合流して緩んだ気持ちを引き締めんと短く息を吸い込んだ。
ついにやってきた、久々となる大型レア種との対戦。等級準拠ならばリッチキング以上の強さを持っていることは必至だ。
今度はいったいどれほど楽しませてくれるのか。
アッシュは湧きでる昂揚感をそのまま体に漲らせながら、ついに戦闘部隊とともに蔦の門をくぐり――。
妖精王オベロン、妖精女王ティターニアの庭へと踏み入った。





