◆第四話『いざ妖精郷へ』
そして迎えた合同討伐の当日。
陽が昇って間もないうちから集合場所である緑の塔前に参加者が続々と集まっていた。
「うわぁ、みんな強そう……」
参加者全員が60階突破者とあって着ている防具は《巨人》や《フェアリー》シリーズばかり。中央広場でもそうそう見ない光景を前に、クララが完全に気圧されていた。
「あたし、場違いな気がしてきたよ……」
最近はどんどん成長し、9等級挑戦者として相応しい実力をつけてきた彼女だが、こうした怯え癖は性分らしい。そんな彼女を見て、ラピスとルナが嘆息交じりに言う。
「場違いって……一番進んでるのはわたしたちなのよ」
「それも主催者だしね」
「で、でも……っ」
「ラピスとルナの言うとおりだ。堂々としてりゃいい」
言って、アッシュは自身の背に隠れようとしていたクララを前に押し出した。そのとき、「アッシュくん~っ!」とほぼ毎日聞いている声が聞こえてきた。
声のほうを見やると、手を振りながらこちらに向かってくるレオが映った。彼の後ろからは9人の挑戦者がぞろぞろとついてきている。
「お、ファミーユのお出ましだな」
レオとともに《ファミーユ》の面々が間近まで来た。全員と顔を合わすのはベルグリシ討伐以来とあって、なんだか懐かしい気分だ。
「みんな、今日は来てくれてありがとな」
「こちらこそ誘ってくださってありがとうございます。3大ギルドでもないのに、本当にわたしたちがいるのが不思議な気分ですが」
そう応じたのはファミーユの副ギルドマスター。
ウィグナー・フォンズだ。
彼の言葉を皮切りにほかのギルドメンバーたちが頷きはじめる。
「まったりギルドの象徴みたいなものだしね」
「規模的にも大きくはないしな……」
「マスターは変態だしねー」
「さ、最後のは関係なくないかな」
次々に挙がる自ギルドの自虐。
ついにはレオにまで飛び火していた。
「たしかにマスターの件に関しては同意だが――」
「ちょ、ちょっとアッシュくんまでっ」
「ファミーユも実際はかなりの精鋭だろ。気後れする必要はない」
マルセルという新人が入ってはいるが、彼を抜けば全員が6等級以上。ここまで平均到達階層が高いギルドはアルビオンぐらいだ。
人数の関係で3大ギルドばかりが目立っているが、《ファミーユ》もその地位に相応しい戦力を有しているのは間違いない。
クララが元気を出してとばかりに両手に拳を作る。
「うんうん、そのとおりだよ。自信持って大丈夫だと思いますっ」
「クララ、その言葉そっくりそのまま返すぞ」
「……あはは」
そうしてクララがばつが悪そうに笑ったとき、こちらに向かってくる3人組の男たちが見えた。
レッドファングの幹部。
ベイマンズとロウ、ヴァンだ。
「よっ、ベイマンズ。今日はよろしく頼むぜ」
「うちの奴ら、かなり張り切ってるからな。今日は俺たちレッドファングが最高の戦果を挙げてみせるぜ」
「そいつは頼もしいな。期待してるぜ」
アッシュは挨拶代わりに拳を突き合わせつつ、ベイマンズの隣に立つヴァンの腰をちらりと見やる。彼の剣帯には2本の短剣が刺さっていた。そのうちの1本は、先日オークションで売り出したばかりのレリックだ。
「どうだ、使い勝手は」
「属性障壁が最高っすね。あれのおかげで選択肢が増えて戦いやすくなりましたし」
「それはよかった。ロウに感謝しないとな」
「300万の借金っすけどね……」
ヴァンの入札は1100万ジュリーで止まっていたが、本当に限界だったようだ。
そしてロウが落札したのは1400万ジュリー。
差額そっくりそのまま借金となったらしい。
ロウが弁明するかのように苦笑いを浮かべる。
「べつに返さなくてもいいと言ったんだがな」
「いまでも頭上がらないんすよ。そんな大金もらっちまったら俺、ロウさんの前じゃ地面這いつくばるしかなくなるじゃないっすか」
「だそうだ」
呆れ混じりに肩を竦めて、そう締めくくるロウ。
脳筋ばかりのレッドファングにおいて、思慮深いロウの貢献度は非常に高い。影のマスターと言っても過言ではないかもしれない。
「相変わらずむさくるしいねえ」
「お、ソレイユも来たか」
その声がヴァネッサのものだとすぐにわかった。
声のほうを見やれば、ソレイユの女性陣を引き連れたヴァネッサが立っていた。互いに軽く手を挙げて応じる。ほかのギルドに比べてソレイユと関わる機会が多いこともあって、ほかのメンバーも親しく笑顔を向けてくれた。
「……香水のニオイまき散らす奴らに言われたくねえな。魔物相手に戦うこの島で色気づいたって意味ねえだろ」
先ほどのヴァネッサの第一声を聞いてか。
ベイマンズが喧嘩腰にそう言い放った。
直後――。
「魔物相手に色目使ってるわけないじゃん。バカじゃないの」
「だからって、あんたらに色目使ってるわけでもないし」
「まったく男という人はっ」
ソレイユのメンバーから次々に攻撃的な声が放たれた。まるで戦争中に降り注がれる矢のような激しさだ。そして最後の声はきっとオルヴィのもので間違いないだろう。
ベイマンズが不快だとばかりに舌打ちする。
「きぃきぃうるせえ奴らだ。なあ、ヴァン」
「そ、そっすね……」
詰まり気味な声で応じたヴァン。
彼の視線を辿った先、ドーリエが照れたように目をそらしていた。……どうやら禁断の愛は順調に育まれているようだ。
「……残りはシビラたちだが」
「すまない、少し遅くなった」
ちょうどシビラがアルビオンのメンバーを引き連れてやってきた。
やはりニゲルがマスターを務めていたときとは完全に別物だ。刺々しい空気を纏っているものは誰一人としていない。そんな空気を象徴するかのように「ふわぁ~」と大きなあくびをする声が聞こえてくる。
「いや、悪いね~。委託販売所が開く時間にあわせていつも動いてるからさ。思い切り寝坊しちゃったよ」
「キノッツさん、なかなか起きなくて……」
困惑するリトリィのそばで、キノッツが寝ぼけ眼をこすっていた。クララよりも小柄なこともあって、そのさまはまるで小さな子どもだ。
「べつに遅刻ってわけでもないから問題ない。それよりもしゃきっとしないとやられるぞ」
「オークションまでには目を覚ますよ」
普段から委託販売所の掲示板に張りつき、お宝に目がない彼女とあって冗談には聞こえなかった。
さすがのシビラもキノッツの扱いには苦労しているのか、困ったように目を伏せていた。
「シビラ、勝負のことは忘れてないだろうね」
そう口にしたのはヴァネッサだ。
挑戦的な笑みを浮かべた彼女に、シビラがきりりとした顔で対峙する。
「もちろんだ。勝ったほうがリーダーとなる」
「文句なしの勝負だ。いいね?」
「戦士として約束を破ることはないと誓おう」
静かながらまるで激しく剣を交えているかのような空気が両者の間には流れていた。彼女たちに加勢せんと当事者であるオルヴィとリトリィまでもが睨み合う。
そんな光景を前に、クララがつんつんと脇腹をこっそりつついてきた。
「ねね、アッシュくん。チームを組むかはまだ決まってないんじゃなかったの?」
「……単純に勝負の話が先行してる感じだな」
「なんだか先が思いやられるわね」
「あはは……まあ、戦闘が始まれば大丈夫じゃないかな」
ラピスが盛大にため息をつき、ルナが苦笑する。
ルナの言葉どおりであってほしいが、正直に言ってどうなるかはわからない。それほどまでにさまざまな性格の挑戦者たちが関わっている。
相手は大型のレア種だ。
討伐するには参加者の統率が不可欠だろう。
簡単にはいかないだろうが、やるしかない。
アッシュは主催者としてそう決意しつつ辺りを見回した。
「もうみんな集まってそうだな。一応、揃ったところから報告頼む」
「レッドファングはいつでもいけるぜ」
「ソレイユも問題ないよ」
「アルビオン、準備完了だ」
「ファミーユも全員揃ってます」
各ギルドのマスターから声があがった。
総勢51人の参加者たちが準備完了とばかりに勇ましい顔を向けてくる。そのさまはまさに壮観としか言いようがなかった。
アッシュは昂揚感を覚えながら声を張り上げる。
「そんじゃ行くとするか。みんな、順番に66階に上がってってくれ!」





