◆第二話『前途多難』
「紹介の必要ないよな」
その日の夜。
酒場の「プルクーラ」にて。
アッシュはシビラたちにある挑戦者たちを約束どおり引き合わせていた。
ソレイユの幹部。
ヴァネッサとオルヴィ、ドーリエの3人だ。
2人となったシビラたちと人数的にもちょうど5人となる。現状考えられる中で、実力的に見てもこれ以上の組み合わせはない。が――。
顔を合わせてからしばらく無言の間が続いていた。
席についてからというもの空気はあまりよくない。互いに出方を窺うように威嚇しているような状況だ。
「……なるほどねぇ。たしかにあんたたちなら実力的には申し分ない。アッシュが薦めてきたのも納得だ」
静寂を破ったのはヴァネッサだった。
彼女は深く息を吐いたのち、話を継ぐ。
「ただ、チームになるってことはより深く関わるってことだ」
それは射抜くような鋭い目とともに告げられた。
シビラが苦い顔で応じる。
「……ニゲル・グロリアが起こした事件のことか」
「言っておくが、あんたたちに恨みはない。実際に加担していなかったことはアッシュから聞いているからね。ただ、うちのギルドに心情的によく思わない奴がいるんだよ。アルビオンって名前をね」
「事実、合同討伐もすんなりというわけではなかったからね」
ヴァネッサに補足する形で、静観していたドーリエがそう続けた。
シビラは耳をふさぐことなく真摯に受け止めている。責任感の強い彼女らしい対応だが……仲介役として、いや友人としてただ見ているわけにはいかなかった。
「アルビオンの名を背負ってる以上、そう思われるのはしかたないかもしれない。けど、いまはシビラを筆頭にまったくの別物になろうとしてる。いまのシビラたちを見てやってくれないか」
「……アッシュ」
シビラがほっとしたように顔を綻ばせていた。
そんな彼女をちらりと横目で見やったのち、アッシュは言う。
「それに、ヴァネッサたちが決めたことならソレイユのみんなも納得してくれるだろ。そんだけ信頼されてるってこと、俺は知ってるぜ」
「……ったく、簡単に言ってくれるね」
ヴァネッサが少しばかり照れつつ肩をすくめた。
ドーリエとオルヴィがどこか誇らしげに口を開く。
「けど、アッシュの言うとおりだね」
「ええ、わたくしたちソレイユにおいてマスターの決定は絶対ですから」
「その言い方じゃあ、あたしが独裁者みたいじゃないか」
言葉とは裏腹にヴァネッサの口元は緩んでいた。
彼女は呆れたように息を吐きつつ、椅子に深くもたれかかる。
「こっちもべつにそんな理由で拒むつもりはないよ。ただ、もし組んだとしてそういう問題があとから出ないとも限らない。ま、先に言っておいたほうがいいだろうって話だよ」
「わかっている。気遣い感謝する」
シビラが目を伏せ、ヴァネッサがふっと微笑をこぼした。
両者とも上位陣としてジュラル島で長い時間を過ごしている。そんな間柄とあってか、深く語らずとも互いを認め合っているのだろう。
「ただ問題はそれだけじゃあない。仮に組んだとしたら魔導師2人になる。バランスが偏るだろう」
「もちろんわたくしがメインで回復役を務めます」
「わ、わたしも回復がいいです!」
魔術師の2人。
オルヴィとリトリィが即座に回復役として名乗り出た。彼女たちは互いににらみ合ったのち、勢いよく立ち上がる。
「経験的にも、わたくしが適任でしょう」
「た、たしかにそちらのほうが老いていますが――」
「お、老いてっ!?」
「おばさんには負けませんっ!」
「おばっ!? 失礼なっ、わたくしはまだ26ですっ!」
弱々しい言葉に反して毒を吐くリトリィ。対してオルヴィはその端整な顔をひくつかせ、回復役とはとても思えない攻撃的な顔を見せていた。
言い争いを続ける彼女たちをよそに、ヴァネッサが次なる話題を出す。
「そして誰がリーダーを務めるのか、だ」
「シビラさんがいいです!」
「なにを言っているのですか。と~~ぜんっ、マスターに決まっています!」
血気盛んに推薦するリトリィとオルヴィ。
あまりにも2人の熱が高まっているからか、逆にほかの全員は冷静に話を進めていた。
「そっちは2人でこっちは3人。どっちが舵をとるべきかは明白だね」
「……人数の差で決めるのは公平ではないだろう。個の実力で決めるべきではないか」
「ここでやろうってのかい?」
ヴァネッサが眼光を鋭くし、シビラが右手を腰の剣帯に当てる。
なんとも穏やかではない空気だ。チームを組むなら勢力なんて括りは無視するべきだとは思うが、なかなかそうはいかないらしい。
アッシュは盛大にため息をつく。
「ここでやりあったらミルマに追い出されるぞ」
「……たしかに」
シビラが手を引き、ヴァネッサもまた威嚇を解いた。
だが、険悪な空気はまだ両者の間に残っている。
ヴァネッサが口の端を吊り上げ、挑戦的な笑みを浮かべる。
「なら、合同討伐でより優秀な戦果をあげたほうがリーダーとなるってのはどうだい?」
「……いいだろう。その勝負、受けて立つ」
そうして勇ましく即答するシビラ。
実際に喧嘩するよりよっぽど平和的であることは間違いない。
だが、選んだ舞台が舞台だ。
「おい、2人とも変な勝負を持ち込むなよ。てか、先にチームを組むかどうか決めてからに――」
「アッシュ、よろしく頼むよ」
「公平に頼むぞ、アッシュ」
いつの間にか勝手に審判役となっていた。
顔を見る限り、どうやら退く気はもうなさそうだ。
仲介役を買って出たのは自分だが、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
ただただ楽しみだった合同討伐企画のことを考えながら、アッシュは思う。
……大丈夫か、これ。





