◆第一話『残された2人組』
3日後に合同討伐を控えた、この日。
昼下がりのスカトリーゴにて。
アッシュはオークションの運営に携わった5人のミルマたちに食事をご馳走していた。
「本当にウルはクルナッツが好きね」
「はいっ、こりっとした触感とじゅわっとしたあまあま果汁がもうたまらなくおいしいですっ」
「食べ過ぎて、そのうちクルナッツそのものになったりして」
「それはそれで本望かもですっ」
やはりミルマの中でもウルはマスコット的存在のようだ。たくさんのクルナッツ料理を頬張るウルを中心に、和気藹藹とミルマたちが談笑している。
そんな彼女たちをそばから見守っていると、妙齢のミルマが窺うような目を向けてきた。
「でもよかったのですか? レリックを売ってまで資金を貯めていたのでしょう?」
「ま、いまは少しでも資金を貯めたいところだが……世話になった相手に使う金は無駄じゃないだろ」
たとえベヌスの指示だったとしても、実際に労力を使ってオークションを開催してくれたのは彼女たちだ。話を持ちかけた者として礼をするのは当然だろう。
ウルを除いたミルマたちがきょとんとしていた。
かと思うや、よそよそしく顔を見合わせはじめる。
「……さすが好色家なんて言われるだけあるわね」
「こういう感じ、ちょっとわたしまずいかも」
「でもウルが狙ってるんでしょ?」
どうなの、と言わんばかりの視線をミルマたちから受け、ウルが途端にあわてふためきはじめる。
「も、もうみなさん、なにを言ってるんですかっ。ウルはそんなんじゃ――」
「えー、違うの?」
「ち、違わなくは……もーっ」
からかわれたウルが赤面し、ミルマたちがくすくすと笑う。そんな朗らかな光景を前に微笑みつつ、アッシュは椅子に深くもたれかかった。
「考えなおしてはくれないだろうか!?」
ふと、背後のほうから声が聞こえてきた。
振り返った先、少し離れた通りに見慣れた後ろ姿を見つけた。
ひとりは《ソル》シリーズの軽鎧姿の挑戦者。
もうひとりは《フェアリー》ローブ姿の挑戦者。
アルビオンのシビラとリトリィだ。
彼女たちと向き合う形で、重鎧をまとったひとりの男が立っていた。何度か目にしたことがあるが、たしかシビラたちのチームメンバーだった気がする。
揉めているわけではなさそうだが、込み入った話でもしているのだろうか。なにやら空気が悪そうだ。
と、男が苦しげな顔で頭を下げると、足早に去っていった。その後ろ姿を見つめながら、シビラとリトリィが呆然と立ち尽くしている。
なにがあったのかはわからないが、ただ事ではなさそうだ。アッシュは席を立ち上がり、そばの塀を飛び越えて通りへと飛び出した。
突然のことに驚いたのか、ウルからまん丸とした目を向けられる。
「……アッシュさん?」
「っと悪い。すぐに戻るっ」
そう言い残して、スカトリーゴをあとにした。
シビラたちの近くまで辿りつき、その背へと声をかける。
「シビラ、どうかしたのか?」
「アッシュ? それが……」
振り向いたシビラが途端にばつの悪そうな顔を見せた。言いにくそうな彼女に代わり、そばに立っていたリトリィが口を開く。
「わたしたちが3人チームだったことはご存知だと思うのですが……先ほど、その3人目の方が抜けてしまったんです」
まさかの展開だったが、納得がいった。
先ほどの男が頭を下げていたのは、チーム脱退に際しての謝罪だったわけだ。
しかし、8等級階層まで到達しているチームだ。よほどの理由がなければ脱退など起きないと思われるが――。
「喧嘩でもしたのか?」
「そういうわけではない。関係も良好だった……はずだ」
「じゃあ、どうして抜けたんだ?」
「……男1人で肩身が狭いと言われてしまった」
最後の言葉だけひどく言いづらそうに口にされた。
リトリィが好奇心を瞳に宿しながら詰問するように訊いてくる。
「女性に囲まれると多くの男性はアッシュさんのように喜ぶと聞いていたのですが、そうではなかったのですか?」
「どうしてそこで俺が引き合いに出されるんだ」
「嬉しくはないのですか?」
「そりゃ、むさい男に囲まれるよりはな。でもまあ、肩身が狭いっていうか、ノリについていけないときはあるっちゃあるから、気持ちはわからなくもないな」
時折、疎外感を覚えるときはある。ただ、同じ人間とはいえ異性だ。感性がずれていることも理解しているので、その辺りはしかたないと割り切っている。
「けど、抜けてどうするんだろうな。ほかにチームないだろ」
「リセットするそうです。すでにチームも決まっている、と」
「そういうことだ……すまない、アッシュ。合同討伐の件、我々アルビオンから参加ひとり減ることになった」
「残念だがしかたない。ってか、その件よりシビラたちのことだ。いいのか? 2人で狩るのもなかなかきついだろ」
彼女たちが主戦場とするのは8等級階層。
つまり竜が蔓延る場所だ。些細な失敗でも致命傷に繋がりかねない。そしてそれが起こりうる確率はチームの人数が減れば減るほど大きくなる。
シビラとリトリィが困り顔で顔を見合わせた。
「狩れなくはないが……効率的には最悪だろう。階層を下げる手もあるが……」
「それならいっそリセットしたほうがいいかもしれませんね」
「だが、するにしても組む相手がいなければ意味が……」
リトリィの実力は知らないが、それでも8等級の挑戦者だ。加えて島でも指折りの実力者であるシビラ。この2人と釣り合う挑戦者はそうそういないと思われるが――。
なんの偶然か。
これ以上ないほど条件に当てはまる挑戦者たちがいた。
ただ、シビラたちが〝彼女たち〟と組むイメージがまったく湧かなかった。おそらく無理だろうな、という気持ち半分でアッシュはその言葉を口にする。
「あ~、アテがあるにはある。……会ってみるか?」





