◆第十話『ルミノックス』
翌日。
アッシュは朝一で中央広場へ向かっていた。
隣を歩くクララが「んーっ」と元気よく伸びをする。
「今日はなんだかいい気分。昨日一杯稼いじゃったからかな?」
「ん? あ、ああ。そうかもな」
気のない返事をしたからか、クララが訝るように見てくる。
「アッシュくん、なにか考え事?」
「いや、あいつ俺たちのチーム来たらいいのになって思ってただけだ」
「あいつって……ルナさんのこと?」
「ああ」
「それあたしも思ってた!」
クララは前に躍り出てくると、後ろ歩きで意気揚々と話しはじめた。
「ルナさん、優しいし強いし、それに男臭くないし」
「前の2つは良いとして最後のどんな理由だよ」
「それにルナさんなら、あたしがアッシュくんと対立したとき味方してくれそう」
それが理由か。
「でも、ほかの奴と組んでるんだよな」
「ほんと残念だよね……」
クララが落ち込んだように俯いた、そのとき。
少し離れたところに弓を背負った挑戦者を見つけた。
あの細身な体に銀髪は間違いない。
「噂をすればルナだ」
「え、どこどこ」
ルナのほうはこちらに気づいていないようだ。
なにやら3人の男に挟まれる形で、通りから外れて路地へと入っていく。
「……なんだかまずそうな雰囲気だね」
「行ってみるか」
ルナたちが入った路地の入口に向かった。
こっそり覗き込むと、ルナが先ほどの3人の男に囲まれていた。
頬に切り傷の入った男がルナに詰め寄り、怒声をあげる。
「おい、どういうつもりだ!」
「どういうつもりって、なんのことかな?」
「とぼけんじゃねぇぞ! あのレア種、俺たちに黙って狩りやがったろ!」
その内容に思うことがあったか。
クララが片頬を引きつらせながら訊いてくる。
「ア、アッシュくん。レア種ってもしかして……」
「たぶんそうだろうな」
昨日、討伐したレア種のことを言っているのだろう。
道理でルナの指示、状況判断ともに的確だったわけだ。
おそらくあそこの3人組と、あのレア種をいつも狩っていたのだろう。
「なにをしてるのかな?」
ふいに後ろから声をかけられた。
アッシュは足音から気配は感じていたので驚くことはなかったが、クララは違った。思い切りびくつき、おまけに悲鳴まであげそうになる。
アッシュは慌てて彼女の口を押さえてから振り返る。
「レオ、脅かすなよ」
後ろにいたのはレオだった。
狩りへ行く前だったのか。
立派な白銀の鎧を身に纏っていた。
剣を佩き、肩からは背負った盾が覗いている。
「ごめんごめん。でもお尻が2つも並んでたら誰だって気になるだろう?」
納得したくはないが、納得した。
クララも平静を取り戻したようなので口から手をどかして解放する。
レオがおどけた空気を取っ払い、鋭い目をルナたちのほうへ向けた。
「もしかして彼らと知り合いかい?」
「弓背負ってる奴とな。ほかの奴は知らん」
「それは良かった」
「……どういう意味だ?」
レオは悩む素振りを見せたあと、説明する。
「あの3人が所属してるギルド、《ルミノックス》って言ってね。レア種を横取りしたり、盗みを働いたり。ときには挑戦者を襲ったりなんてことも平気でするところなんだ。言うなればクソなギルドだね」
レオは笑顔のまま毒の入り混じった説明をする。
とりあえずそのギルドがとても嫌いなことは伝わってきた。
「だから知らないって。大体、ひとりで狩れるわけないだろ?」
ルナが呆れたように言い返していた。
頬傷の男が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「聞いたぜ。お前、昨日べつの奴らとチーム組んでたんだってな」
「だからって狩ったとは限らないんじゃないかな」
「こいつ、まだとぼける気かよ……っ!」
業を煮やしたようだ。
頬傷の男がいまにも手を振り上げようとする。
対するルナは避ける気すらないようだった。
クララから懇願するような目を向けられる中、アッシュは路地へと躍り出る。
「そこまでにしとけよ」
頬傷の男が振り上げた拳を止め、こちらを向いた。
「なんだ、お前?」
「ただの通りすがりだ」
「だったら関係ないだろ。俺たちはいまチームの話をしてんだよ。さっさとどっか行きやがれ」
頬傷の男が苛立ちを隠さずに言った。
そのそばではルナが目を見開いている。
どうしてここにいるのか、などと思っているのだろう。
「チームねぇ……」
「おい、言ってることがわかんねぇのか? さっさと行けって言ってんだよ」
「べつに俺が従う理由はないだろ。ましてや俺とお前はチームじゃないんだしな」
そう煽ると、ルナが必死に首を振っていた。
やめろと言いたげだ。
「てめぇ、ふざけてんのか? おい」
残りの2人とともに頬傷の男がこちらに向かって長剣を構えた。
どうやらやる気らしい。
ジュラル島に来るほどの実力者が3人。
簡単ではない戦いになりそうだ。
そう気を引き締めながら2本の短剣を抜いた。
直後、レオとクララが路地に姿を曝し、隣に並んだ。
「そっちは3人だし、こっちも3人でいいよね」
「なっ、レオ・グラント……!」
「あ、あたしもいるんだけど!」
クララも自己主張するが、どうやら男たちの目には入っていないらしい。
「どうしてお前がここに……」
「彼と僕は親友だからね」
レオが馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。
普段なら弾くところだが、いまは我慢だ。
どうやら相手はレオに怯えているようだし、上手くいけば戦わずに済むかもしれない。と、早くもその通りになった。頬傷の男が舌打ちし、武器を収める。
「おい、あとで覚えてろよ」
3人組はルナを脅したあと、路地の奥へと消えていった。
その後ろ姿が見えなくなったとき、レオが平然と言う。
「あらら、あっさり帰っちゃったね」
「助かったぜ、レオ」
「どういたしまして」
3人が相手でも負ける気はなかった。
だが、ジュラル島の特殊な装備がある中では相手がどんな攻撃を仕掛けてくるかわかったものではない。戦闘に発展しなかったのは素直に助かったと思うべきだろう。
アッシュは壁に寄りかかったままのルナへと声をかける。
「大丈夫か?」
「あはは……いやなところを見られちゃったな」
ルナはこちらを見ようともしない。
ただ乾いた笑みを浮かべるだけだ。
「なあ、あんな奴らがお前のチームなのか?」
「残念ながらね」
「……あいつらに安心して背中を預けられるのか?」
そう問いかけると、ルナは下唇を噛んだ。
両手にもぐっと拳を作っている。
「ごめん、アッシュ……もうボクには関わらないで」
そう言い残し、ルナは通りのほうへと足早に去っていった。
クララが服の裾をくいと引っ張ってくる。
「ね、アッシュくん。あれ絶対に本心じゃないよ」
そんなことはわかっている。
あんな苦しそうな顔を見れば一目瞭然だ。





