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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【妖精大祭】第一章

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◆第六話『掲示板の見張り番』

 中央広場の店が開きはじめる少し前。

 アッシュはベヌスの館と対峙する形で置かれた木造ベンチに座っていた。


 理由もなく座っているわけではない。

 オークションの相談をするため、ウルを待っているところだった。


 本来は昨日のうちに話すつもりだったが、《リセット》に関する話で色々とどたばたしていたこともあり、機会を逃してしまった。そのため、こうして朝を狙って会いにきたというわけだ。


 きぃと音をたててベヌスの館の扉が開けられた。

 幾人かのミルマが出ていったのち、最後にウルが出てきた。


 彼女は丁寧に扉を閉めたのち、顔をあげる。

 と、こちらに気づいたようでぱあっと顔を明るくした。


「アッシュさんっ」

「よっ」


 アッシュは手を挙げて応じながら立ち上がる。

 ウルが急ぎ足で通りを横断してくると、がばっと頭を下げてきた。両側で結われた髪の毛がちょこんと垂れる。


「昨日はお礼も言えずにごめんなさい」

「あいつらの矛先を正しただけだ。気にするな」

「それでもウルは嬉しかったのです。ありがとうございましたっ」


 言って、直視するのも眩しいほどの笑顔を向けてきた。……誰とは言わないが、同じミルマでもどうしてこうも違うのか。謎で謎でしかたなかった。


 ウルがきょろきょろと辺りを見回しはじめる。


「今日はお休みですか?」

「昼からの予定だ。それよりいまいいか? ちょっと相談したいことがあってさ」

「はい、大丈夫ですよ。あ、決して暇なわけではないですからね?」

「わかってるわかってる」


 いまや恒例となったやり取りだった。

 問い詰めるような顔から一転して、ウルが愛らしく首を傾げる。


「それでご相談とは?」

「ミルマ主導でオークションを開催してもらえないかと思ってさ」

「オークション、ですか。掲示板ではだめなのですか?」

「すでに変換済みの装備は売り出せないだろ」

「なるほど、そういうことですか」

「自分で運営できなくもないが……ミルマがしてくれたほうがみんなも安心して参加できるだろうからな。どうだ?」

「はい、ウルはいい案だと思います。ただ――」


 彼女が続きを口にしようとした、そのとき。

 横合いから張りのある声が飛んできた。


「なかなか面白いことを考えてるね」


 そこに立っていたのはとても小柄な女性挑戦者だった。


 その身長はクララよりもさらに低い。ふんわり丸みのある帽子を被り、覗く目はくりんとして愛嬌たっぷり。そんな外見とは不釣合いに背から顔を出すのは盾とメイス、と盾役の装備だった。


 たたたっ、と彼女はそばを通り過ぎ、顔をぶつける勢いでウルに詰め寄る。


「オーバーエンチャント品も売りに出されて挑戦者の質もぐんと引き上げられるだろうね。もちろん装備以外でも、たとえば属性石をセットで売るなんてのも面白そうだ。うん、いままで以上にジュリーが回って島が活気づくことは間違いない」


 まくしたてるような怒涛の言葉ののち、最後に一言。


「ノンも賛成だ。ってか絶対やるべきっ」

「わ、わかりました。ひとまずベヌス様にお話ししてみますので少々お待ち下さいっ」


 圧倒されたウルが狼狽気味に後退すると、一礼後にベヌスの館へと入っていった。いや、逃げていったというほうが正しいかもしれない。


 アッシュはその女性挑戦者の背に声をかける。


「……いつも掲示板に張りついてるよな」

「さすがに顔は覚えられてるか。ま、ノンもきみの名前は当然知ってるけどね」


 振り向いた彼女が帽子のツバを軽く上げ、からっとした笑みを浮かべる。


「ノンの名前はキノッツだ。よろしく、アッシュ・ブレイブ」

「ああ、よろしく」


 握手を交した手はやはり相応に小さかった。

 潰さないようにと気を遣ってしまったのは言うまでもない。


「いつか話してみたいとは思ってたから嬉しいよ」

「べつに俺と話したってなにもいいことはないぜ」

「なに言ってんの。いまや島で知らない者はいないほどの有名人だよ。それも最強チームのリーダー。ツテを作っておくのは悪いことじゃないだろ?」


 名声目当てで近づいたと宣言しているようなものだ。にもかかわらず、彼女にはまるで悪びれた様子がない。むしろ話して当然と言わんばかりに無垢な瞳を向けてきている。


「……ここまであけすけだと逆に清々しいな」

「きみはそのほうが好きそうだからね」

「よくわかってるな」


 ふふんと得意気に笑むと、キノッツがぴんと人差し指をたてた。なにやら自分に酔ったかのように心地良さそうに話しはじめる。


「で、オークションなんて開くぐらいだ。なにかいいものでも売るんだろう? たとえば~……レリックとか」


 前置きのわりに確信を持った目を向けてきた。

 とくに隠す必要のないことだ。

 アッシュは肩をすくめながら答える。


「そのつもりだ」

「へぇ、あっさり認めるんだ。ま、そのほうが噂になって価値が跳ね上がるか。なにしろリセットなんて話が出た直後だしね」

「あの話が出る前から決めてたんだけどな。完全に運が味方した形だ」

「それもきみの力のうちってことだね」


 このキノッツという挑戦者。

 おそらく戦闘能力はそれほど高くない。

 ただ、どこか底が知れないなにかを持っているような気がしてならなかった。


 そうして目の前の挑戦者を見定めようとしていたとき、ウルが通りに戻ってきた。


「お待たせしましたー! ベヌスさまから許可をいただけましたよ!」

「お、本当かっ」

「これは楽しみだね」


 アッシュはキノッツを顔を見合わせ、控えめに喜びを分かち合った。


「ありがとうな、ウル」

「いえ、わたしはただお伝えしただけですから。ひとまず10日後あたりを目安に試験的に開催することになりそうです。あちこちのお店に貼り紙をしてお知らせしますね」

「悪いな。なにか手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ」

「はい、そのときはよろしくお願いします」


 彼女にとってみれば仕事を押しけられたようなものだが、いやがるどころかやる気に満ちあふれているようだった。


「ではこのウル、早速準備に取りかかりたいと思いますので失礼します。アッシュさん、キノッツさん、またですっ」


 そうしてベヌスの館へと戻ろうとしたウルだが、慌てて足を止めて振り返った。こちらに近づき、両の掌を突きだしてミルマ特有の挨拶を求めてきた。いつものことなのでためらうことなく応じる。


「またな」

「はいですっ」


 ウルははにかむように笑うと、今度こそベヌスの館に戻っていった。


 ばたんと扉が閉まったのち、アッシュは強い視線を感じてキノッツのほうを向く。と、歪みのない無表情で出迎えられた。


「……なんだ」

「なにも」


 本当に感情が読み取れない。

 なんとも困る反応だ。


「それじゃノンも行こうかな。面白いことになりそうだし、いまから準備しないと。またね、アッシュ」

「ああ、また掲示板の前でな」

「……そこじゃないところでも会うかもね」


 そんな言葉とともにキノッツは不敵な笑みを残して去っていく。


 彼女の口振りからするに、ただすれ違うようなものではなく特定の場所を指しているようだったが……これまで委託販売所以外で遭遇したことはほぼない。


 アッシュはひとり首を傾げながら、彼女の小さな背を見送った。



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