◆第二話『菓子の香りと休日大工』
「悪いな、レオ。手伝ってもらって」
「構わないよ。今日は僕も暇だったしね」
チームの活動を休みにした翌日の昼過ぎ。
アッシュはログハウスの庭でレオと木材を加工していた。
レオがノコギリで適当に切断した丸太を、アッシュはあたりをつけて削り、成形していく。ちなみに造っているのは、この庭専用のテーブルや椅子だ。
「アッシュ、これでいいの?」
少し離れたところでラピスも加工を手伝ってくれていた。
今回は釘や金具を使わずに接合する方法を選んだ。
彼女にはそのための凹凸をノミで造ってもらっている。
「ああ、初めてなのに上手いな」
「そ、そう……でも、もう少し綺麗にできたかも」
「やり過ぎてもグラつくし、それぐらいでいい」
幼い頃、父親と遊び感覚で小屋を建てたことがあった。互いに初めてで探り探りだったこともあり、ひどく不安定な仕上がりになったのをよく覚えている。危険なことこのうえないが、いまとなっては懐かしい思い出だ。
レオがふぅと息をつき、額の汗を腕で拭った。
「それにしてもよくミルマが許可してくれたね。人伝に聞いた話だけど、同じように家を建てたいって希望した人は却下されたって」
「すでに購入したログハウスの敷地内ってのが理由かもな。あと造ったものはすべてミルマ所有のものとするって契約を交したし」
「自分たちで造ったのに借りてることになるのは、なんだか釈然としないものがあるね」
「ま、特殊な島だししかたないんじゃないか。代わりと言っちゃなんだが、木材は全部タダでもらえたし、儲けっちゃ儲けだ」
常に危険と隣り合わせの場所だ。
おそらく所有者が死んだあとにスムーズに売りに出せるように、との考えからだろう。つまり生きていればなにも問題はない。
大まかな成形が終わり、アッシュはレオとともに凹凸をつける作業へと移った。ラピスが散らばった木材を横目に訊いてくる。
「ねえ、結構な量だけど、幾つ造るつもりなの?」
「一応4組の予定だ」
「えらく多いのね。テーブルの大きさ的に1組で6人以上は座れそうだけど」
「暇だったってのもあるが、せっかくこんだけ広い庭があるんだ。知り合いを呼ぶのもいいかもなって思ったんだ」
言いながら、アッシュは庭を見回した。
もう一軒ぐらいは余裕で建てられる、この広さ。以前からなにかに使えないかと考え、行きついた案だった。
「アッシュ、少し変わった気がする」
じっと見つめてきたラピスが、ふいにそうこぼした。
「そうか?」
「ええ。最初は塔を昇ることしか頭になかったでしょ」
「あ~……そこらへんはどうだろうな。元からこうだったってところもあるし、神様ってのにまんまとはめられてるところもあるし、なんとも言えないな」
足を止めて周りを見回せばたくさんの仲間がいる。
この安心感は旅してばかりの頃には得られなかったものだ。そうしたこともあり自分でも気づかぬうちに横の繋がりを意識してしまっているかもしれない。
と、なにやらレオがテーブルとその脚の接合部を確認しながら、爽やかな笑みを浮かべていた。
「そうだね、ひとつ言わせてもらえば……僕との運命的な出逢いがアッシュくんを変えたといっても過言ではないかもしれないね」
「いきなり尻を触ってくるなんて場面のどこが運命的だ」
「ほかにはないアプローチだよ」
その唯一のアプローチが悪手だったことにレオが気づく日がくるのはいったいいつになるのか。……彼を見ている限り永遠に来なさそうで不安でならない。
ログハウスの扉が開けられた。
出てきたのはエプロン姿のルナとクララだ。
「アッシュ、焼き菓子できたからちょっと休憩しない?」
ルナが両手で持った大きな皿を持ち上げる。
そこには小型の焼き菓子がたくさん盛られていた。
「できたておいしいよっ」
おそらく真っ先に食べたのだろう。
クララがもぐもぐと口を動かしながら満面の笑みで言った。
作業はべつに急ぐ必要のないものだ。
アッシュはラピス、レオと顔を見合わせたのち、応じる。
「少し休憩にするか」
◆◆◆◆◆
「お、美味いな」
「だね。これは甘いものをあまり食べない僕でもぱくっといけるよ」
「今回はクララがほとんど作ってくれたんだよ」
「なんか遊んでるみたいな感じで作れて楽しかったっ」
ルナが用意してくれた茶も置かれ、ログハウスの中は茶会の様相を呈していた。
焼き菓子はどれも指でつまめる程度に薄く小さい。おかげで食べ終える前に次々と口に放り込んでしまう。
「……おいしい」
ラピスも焼き菓子をかじりながらそうもらした。
だが、表情のほうは言葉に反してかげっている。
大方、ひとりだけ女性陣に混ざれなかったのが悔しいのだろう。
「天使との戦闘はせわしないからね。こういう時間は本当にほっとするよ」
カップを置いたレオがしみじみと口にした。
最近の狩りのことを思い出しながら、アッシュは焼き菓子をひとつ口に放り込む。
「いい感じで進めてたと思ったらまた詰まっちまったなー」
「ここで装飾品を狙いにいくのもひとつの手かもね」
「装飾品……大型レア種か」
意図的に狙うのであればそれ以外に考えられない。
「そういえばリッチキングってもう湧いてるのかな?」
ルナが思い出したようにそう言ったとき、クララが目を見開いた。頬張っていたたくさんの焼き菓子を茶で流し込み、慌てて口を開く。
「マキナさんたちからその話聞いたよ。つい最近、確認しにいったけどまだ湧いてなかったんだって」
「もう1年近く経つのに……いかに大型レア種の装備が貴重かわかるね」
いまでも小型や中型レア種の取り合いで起こるいざこざはよく耳にする。そんな中、さらに貴重な戦利品を落とす可能性がある、大型レア種の取り合いが起こったらどうなるのか。
あまり考えたくないが、おそらくただの喧嘩程度ですまないだろう。
いまはまだ装備が整っていないため、どこも安定して狩ることはできないが……いずれ近いうちにそうした未来がやってくる気がしてならなかった。
いずれにせよ、リッチキングが湧いていないとなれば道はひとつ。
「じゃあ、ほかの大型を狩るってのはどうだ?」
アッシュはにっと口の端を吊り上げながら提案する。
と、レオが驚愕交じりに怪訝な表情を向けてきた。
「……まさか妖精郷かい?」





