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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【光輝なる軌跡】第二章

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◆第十五話『大人の色』

「あそこが一番の難所かと思ったら、やっぱ最後の柱廊は相変わらずだったな」


 アッシュは仲間とともに中央広場に帰還していた。


 赤の塔81階の攻略はなんとか2日で済んだものの、すでに空は星がくっきりと見えるほどに真っ暗。飲食店はどこもかしこも挑戦者の陽気な声で溢れ、普段どおりの賑わいを見せている。


「もうくたくただよ……」

「僕はいまだに腕がしびれてるよ」


 揃ってだらりと腕を垂らすクララとレオ。

 そんな2人を横目に見つつ、ルナが苦笑する。


「あれで81階だもんね。先が思いやられるよ」

「でも、収穫はあったじゃない」


 言って、ラピスがクララの腕に目を向けた。


 そこには新たにリングがはめられていた。

 装着された魔石は赤の9等級。

 先ほど倒した巨体の天使から入手したものだ。


 クララが「うんっ」と弾んだ声で応じながら腕を上げる。


「管理人のミルマが言ってたけど、《インフェルノ》って言うんだって」

「攻撃魔法だと思うけど……9等級だし、威力もすごそうね」

「うん、使うの楽しみっ」


 ぶんぶんと腕を上下に振り、興奮をあらわにするクララ。


 元アルビオンのマスターであるニゲル・グロリアが緑の9等級魔石、《アースクエイク》を使っていたが、凄まじい威力だったことはいまでも覚えている。


 あの魔法と相応の威力となれば塔の攻略に役立つことは間違いない。仲間としても《インフェルノ》のお披露目が楽しみでしかたなかった。


「それにしても、最後のクララくんの盾型のさばき方は見事だったね」

「しかもレオの回復もしつつだったしね」

「そうね。こう言ってはなんだけど……別人のようだったわ」


 レオから始まり、ルナとラピスが続いて口にする。

 全員がなにかあったのと言わんばかりだ。

 肝心のクララはというと――。


「じ、実は前からこれぐらいやれてたんだよ。うん、そうっ! これがあたし本来の実力っていうか。その……っ」


 目をそらしたり声が震えたりと明らかにうろたえていた。

 ……ここまで誤魔化すのが下手な人間を見るのは初めてだ。


「ま、クララも戦闘に慣れてきたんだろ。それよりどっかで飯でも食おうぜ。野営後だからさっきから腹がうるさくてさ」


 あからさまなそらし方だったが、レオたちも空気を読んでくれたようだ。顔を見合わせたのち、ふっと笑みをこぼしていた。


「そうだね。僕もたっぷりと腹を満たしたいよ」

「レオの場合、満たすのはお酒だけだろうけどね」

「飲んでもいいけど、ちょっとでもふざけたら今日こそ刺すから」

「そ、それじゃあ飲むなって言ってるようなものじゃないかっ」


 この世の終わりだ、とばかりに天を仰ぐレオ。

 そんな明るいのか暗いのかわからない会話が繰り広げられる中、クララがひとりほっと息をついていた。


 アッシュはそっとそばに近寄り、微笑みかける。


「ほら、行くぞ」

「う、うんっ」



     ◆◆◆◆◆


 日が変わろうかという頃。

 アッシュは廊下から聞こえた足音で目を覚ました。


 どうやら足音の主は居間に向かっているらしい。

 ただいくら待ってもログハウスを出た音は聞こえてこない。どうやら居間で留まっているようだ。


 アッシュは気になってベッドから出たのち、居間へと向かう。


 足音から確信していたが、やはりそこにいたのはクララだった。ソファに足を乗せる格好で深くもたれかかり、ガマル枕をぎゅうと抱きしめている。


 と、どうやら彼女もこちらに気づいたようだ。


「……アッシュくん」

「どうした、眠れないのか?」

「うん、なんでかわかんないけど」


 81階で大活躍したばかりだ。

 もしかしたら興奮したままなのかもしれない。


 話し相手になるのもいいが――。

 アッシュは2階の寝室のほうを見たのち、扉のほうを指差した。


「ちょっと外に出るか」



     ◆◆◆◆◆


「寒くないか?」

「うん、大丈夫だよ」


 ぶらぶらと歩いて中央広場まで出てきた。

 通りの端に置かれた木造ベンチに並んで座る。


 酒場も閉まっている時間とあって、とても静かだった。

 動きがあるのは中央の噴水ぐらいだ。月明かりに照らされ、遠目からでもきらきらと輝いているのが見える。


「よかったな。特訓の成果が出て」

「……えっ、どうしてそのこと知ってるの!?」

「声がでかい」

「わっ」


 クララが慌てて口を塞いだ。

 ただ、依然として目のほうは驚愕と疑問を伝えてきていた。


「ヴァネッサから聞いたんだ。ソレイユの色んなチームの近くでクララがひとりで狩ってるみたいだって」

「あぁ、そっか……やっぱりそこから漏れちゃうんだ……」

「責めないでやってくれよ。ヴァネッサに報告した奴らはみんな、クララが頑張ってるってことを知らせたかったみたいだからさ」


 うん、とクララは頷いたのち、恥ずかしそうにぼそぼそと言う。


「ひとりだと……なにかあったときに怖くて」

「それでいい。防御面の関係上、魔導師は不意を突かれたらほぼ終わりだからな。にしてもついてくチームを変えてたのはなにか理由があるのか?」

「最初は5等級で……マキナさんたちの近くで狩らせてもらってたんだけど、慣れてきたから、今度は6等級でって感じで、色んな場所で狩ってたの」

「なるほどな」


 ほかチームのそばで狩っていたとすれば、そう多くの魔物を相手にしていたわけではないだろう。それでも少なくない数の魔物を魔法だけで対処していたことには変わらない。魔力量の管理も含め、ここ最近で一気に成長していたのも納得だ。


 クララが膝上に置いた両手でぎゅうと拳を作る。


「あたしってみんなと比べて戦闘経験も浅いし、敵に狙われたときの対応も全然だめだし……みんなの足を引っ張ってばかりだから……だから、早く一人前にならないとって思って」

「もちろん全員の頑張りがあった上での話だが、今回81階を突破できたのは間違いなくクララのおかげだ。自信を持っていい」


 アッシュは力強くそう伝えた。


 普段のように調子に乗って喜ぶかと思いきや、しおらしく口元に笑みを浮かべるクララ。ただ、なにを思ったのか、急に「……あれ?」と首を傾げていた。


「……じゃあもしかして、さっきも知ってて内緒にしてくれたってこと?」

「せっかくこっそり頑張ったんだ。受けられる称賛はもらっとかないとな」


 とはいえ、いきなりクララが成長していたのだ。

 全員がなんとなく把握していたのは間違いないだろう。


 クララは少しの間きょとんとしたのち、盛大にため息をもらして脱力していた。先ほどまでのしおらしい感じが一瞬にしてなくなっている。


「余計な世話だったか?」

「う、ううんっ。そんなことないよ。むしろ嬉しかったよ。でも……あたしってやっぱり見守られてるんだなぁって」

「ま、いいだろ。なんたって俺は兄らしいからな」


 最近は避けられていたこともあり風化しつつあった設定だ。しかし、クララを放っておけないという気持ちを表すには、これ以上の言葉はないと思った。


 だが、クララの反応は予想外のものだった。

 俯いたまま眉尻を下げ、下唇を噛んでいる。


「そのことで話があるんだけど……」


 言うやいなや、こちらに顔を向けてきた。

 一度深呼吸をしたのち、意を決したように口を開く。


「あたし、アッシュくんの妹をやめますっ」


 力強い宣言だった。

 あまりに唐突だったこともあり、思わず目を瞬いてしまう。


「…………いきなりだな」

「自分で言い出しておいてやめるなんて勝手だけど、でも……この気持ちに気づいちゃったから……っ」


 クララは体を正面に向けなおすと、苦しそうな顔で胸元に手を当てた。


 その表情で、その声で、その言葉でようやくわかった。

 彼女がなにを言おうとしているのかを――。


「あたし、アッシュくんが好きっ」


 決して大きな声ではなかった。わずかに震えてもいた。ただ、どれだけの強い気持ちが含まれているのかがありありと伝わってきた。


 クララは俯いたまま身を縮める。

 俯いているうえに横顔とあってその表情のすべては窺えない。わかるのは暗がりでもはっきりと見えるほど赤く染まった頬や耳ぐらいだ。


「最初はね、アッシュくんといたら落ちつくなって。家族がいたらこんな感じなのかなって、そんな気持ちだけだったんだ。でも、ほかの人がアッシュくんと仲良くしてるとこ見たらなんだか胸が痛くなっちゃって……」


 そのときのことを思い出しているのか。

 クララは胸に当てた両手をぐっと握りながら苦しそうな顔をする。


「ただ、それもお兄ちゃんをとられた嫉妬なのかなって思ってた。でも、友達に相談して……お、男の人として好きなのかって考えたときに、すごくどきどきして。でも、全然いやじゃなくて……むしろそうだったらいいなって気持ちのほうが強くて……」

「一時期、避けてたのはそのせいか」

「ご、ごめん……こういう気持ち、初めてで……どう接したらいいかわからなくなっちゃって」


 妹としてべったりになったかと思えば、いきなりよそよそしくなったりと行動が理解不能だったが、ようやく納得がいった。


 クララらしいと言えばらしいが……。

 アッシュは呆れ半分、安堵半分で思わず息をついてしまう。


 こちらが呆れたところを見てか、クララが焦りだした。


「べ、べつにね、いますぐどうにかなりたいって思ってるわけじゃないんだよっ。アッシュくんが塔の攻略を優先したいって思ってること知ってるから……でも、できればみんなと同じように……大人の女として……見てほしいなって」


 そうして尻すぼみに声を小さくしていき、最後には拗ねた子どものように口を尖らせていた。


 最近、一人前として認められたいという想いから仲間に内緒で特訓をしていた彼女だが、その動機も〝大人の女〟として見られたいという想いだったのかもしれない。自惚れかもしれないが……そう考えると嬉しくないわけがなかった。


 いまもなお強張ったままのクララの緊張が解けるように、とアッシュは優しく微笑みかける。


「焦らなくても誰だっていつかは大人になる」

「そうかもしれないけど、あたしはいまが……いいの」


 自分も子どもだったのだ。

 背伸びをしたい気持ちはよくわかる。

 アッシュは湧いてきた悪戯心のまま、にっと口の端を吊り上げる。


「じゃあ、もう安易な気持ちでベッドにもぐりこんでくるなよ?」

「あ、あれはっ……いま思うとすごく恥ずかしいことしたなって反省中……です。って、安易な気持ちって……っ」

「そういうことだ」


 クララが再び顔を真っ赤にし、「あぅあぅ」と声にもならない声を出していた。


 以前のクララなら辿りつけなかったかもしれないだが、背伸びをして大人の女になろうとしているいまのクララにはきっとわかったはずだ。〝友達に相談〟という話をしていたし、マキナ辺りが変な入れ知恵をしていることは間違いない。


「やっぱクララはクララだな」


 アッシュは笑いながら、くしゃっと荒めにクララの頭を撫でる。


 それを機に羞恥心が消えたのか、クララがはっとなった。慌ててこちらの手を掴んで頭から離し、頬を膨らませながら睨んでくる。


「さ、さっそく子ども扱いしたっ」

「無理して背伸びする必要はない」

「で、でもそれじゃいつまでたっても大人になれないじゃんっ」


 アッシュはすっくと立ち上がった。

 いまもなお抗議の目を向けてくる彼女をまじまじと見る。


「世間知らずだし食い意地張ってるし怖がりだし、あとよくこけて危なっかしいし、子どもも子どもだ」

「ひ、ひどい……」

「けど、そんなの全部どうでもよくなるぐらい、自然体で無邪気に笑ってるクララが俺は好きだ。なんたって一緒にいるとこっちまで気持ちが明るくなるからな」


 言い終えるなり、アッシュはにかっと笑った。


 少しの間、クララは呆けたままこちらを見上げていた。それから照れくさそうに目をそらしたかと思うや、また小さく口を尖らせた。


「ずるいよ。アッシュくんにそんなこと言われたら諦めるしかないじゃん……」

「ま、さっきも言ってるが、無理をするなってだけだ。実際、クララの場合は少しぐらいは背伸びしたほうがちょうどいいかもしれないしな」

「そ、それはそれでなんだか複雑なんだけどっ」


 アッシュは見慣れたふくれっ面にくすりと笑みをこぼしつつ、帰路のほうを向いた。


「明日は休みにしてるが、あんま遅くなると次の狩りに響くからな。そろそろ帰るぞ」

「あ、待ってよっ」


 そうして歩きだした途端――。

 クララが「えいっ」と腕に抱きついてきた。


「……妹はやめるんじゃなかったのか」

「やめるよ。ただ、いまこうしたいって思ったんだもん。これって自然体ってことでしょ?」

「そうかもしれないが」

「そして自然体のあたしは食い意地が張ってるらしいので、またどこか美味しいところに連れてってもらおうと考えていますっ」


 えへへ、と得意気に笑みをこぼすクララ。

 先ほどまでのひどく緊張した姿はどこへやら、すっかり普段の調子に戻っていた。いや、普段よりもずっと上機嫌といった様子だ。


「ほんとたくましい奴だな……」

「これでも9等級の挑戦者ですから」

「……わかった。今回の81階で頑張ったご褒美だ」

「やたっ」


 そうしてクララは小さく笑みを弾けさせる。

 やはり彼女の顔は気持ちを明るくさせてくれる。

 ただ――。


「……アッシュくん、大好きだよ」


 腕を抱く力をぎゅうと強めながら向けられた、クララのはにかんだ笑み。その頬にはこれまでになかった――大人の色がほんのりと混じっていた。





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もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
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