◆第九話『根の中の根』
中はしっとりとしていた。
それに少し肌寒い。
根の這った土の壁。
わずかにぬかるんだ足場。
あまり心地の良い空気でないことはたしかだ。
幸いなのは松明が壁に埋め込む形で設置されていることだ。
おかげで視界の確保には困らなかった。
「ど、どんなレア種なんだろ……」
「さあな。こんなところだし、もぐらだったり、土の人形だったりじゃないか」
「とにかく気持ち悪くなければいいなぁ」
先頭にアッシュ、中間にクララ、最後尾にルナといった形で進んでいく。
下りの階段が続いていたが、やがて平坦な広間に出た。殺風景で置物もなにもない。これまで同様、部屋の壁には根が這っているが、奥の壁にだけ木肌が見える。
「ここで行き止まり?」
「みたいだね。もしかしたら外れかも」
クララとルナが部屋を見回しながら言った。
そのとき、地面がかすかに揺れた。
「か、顔! 奥の壁に顔が出てる!」
クララが動揺しながら指差した先、木肌の壁に3つの穴が空いていた。その配置はまさしく人の目、口と同じだ。
めりめりと足下から音が聞こえてくる。
見れば、いつの間にか足下で木の根がうねっていた。
木の顔のほうから放射状に伸びている。
「2人とも下がれっ!」
アッシュは忠告しながら一歩後退する。
直後、眼下の根から枝分かれした新たな根が飛び出てきた。
9階までに対峙した球根型の魔物と同形状だ。
キシシッ、とこそばゆい奇声をあげながら噛み付こうとしてくる。
アッシュはとっさに回避しながら斧を見舞う。
が、顔面に埋め込む形になり、完全に両断できなかった。
すぐさま引き抜き、薙ぐようにして根元を断つ。切り離された形になった球根が地面に落ち、やがてシュゥと溶けるように消滅していった。
ようやく1体を倒せたが、安堵する暇などなかった。
地面のあちこちから先ほどと同じ根の魔物が飛び出てくる。
「くそッ!」
おそらく奥の顔が本体だろう。
だが、こんなにも雑魚に襲われた状態では近づけない。
「ルナ、クララ! 奥の顔、狙えるかッ!?」
「飛び出てくるのが邪魔でダメかもっ!」
ちらりと後方を窺えば、クララたちのほうにも根の魔物が襲い掛かっていた。必死に迎撃している。損傷することはなさそうだが、奥の顔に攻撃をする余裕はなさそうだ。
「アッシュ、根っこを斬れるかい!?」
ルナの提案を受け、はっとなった。
対峙する魔物たちの攻撃をかいくぐりながら、足下の根へと斧を振り下ろした。
切断した瞬間、本体の顔が慟哭のような奇声をあげる。
さらに手当たり次第に根を斬って斬って斬りまくった。
ついに後方へ伸びる根が絶えたとき、両脇をクララたちの援護射撃が通過していった。敵本体の目や口、頬へと次々に命中する。
かなりの損傷を与えられたようだが、消滅するまでは至っていないらしい。
だが、根の魔物は出現していない。
いまなら敵本体へと接近できる。
「根っこが動き出す前に早くっ!」
「了解だ!」
ルナの声が響くよりも早く、アッシュは駆け出した。
もともと敵本体までそう遠くない。
一瞬にして距離を詰められたが、寸前で根の魔物が眼前に飛びだしてきた。
これの相手をしていたら、本体に攻撃する機会を逃すかもしれない。
そう思った瞬間、根の魔物が後方から飛んできた矢によって射抜かれた。ルナの矢だ。
根の魔物が奇声をあげて沈んでいく中、アッシュは今度こそ敵本体へと肉迫。斧を振り下ろし、豪快にその顔へと傷をつけた。低い唸り声をあげながら、敵の肉体が空気に溶け込むように薄れていく。
やがて部屋中に這っていた根もろとも消滅した。
ふぅと息を吐きながら振り返る。
「助かったぜ、ルナ。最後の援護がなければ怪しかった」
「もしものために構えてて正解だったよ」
互いの拳裏を合わせて健闘を称えあう。
「あたしはあたしはっ!?」
「ああ、クララもよくやった」
「えへへ」
相変わらず褒められることに飢えているようだ。
これでもかと言うぐらい顔を綻ばせていた。
「さて、お楽しみのお宝拝見といくか」
全員でレア種が落とした戦利品を見やる。
すでにガマルが食い始めている中、残った宝石はない。
かのように見えたが、ひとつだけ残っていたようだ。
「見てみてっ、初めて見る強化石!」
「黄色か……」
もちろん効果を知っているはずもなく。
戦利品を前に首を傾げたとき、ルナから答えが告げられた。
「麻痺の強化石だよ」
◆◆◆◆◆
「相場は21万ジュリーか。誰かが買い占めたのかな。ちょっと値上がってるね」
目の前の掲示板を見ながらルナが言った。
緑の塔でのクエスト完了後、委託販売所へとやってきていた。
レア種の戦利品、麻痺の強化石の相場を確認しにきたのだ。
それにしても21万ジュリーとは……相当な額だ。
とはいえ、ジュラル島で裕福な暮らしをしたことがない身としては、あまり想像がつかなかった。
と、隣に立つクララがなにやら思いつめたような顔をしていた。
「どうしたんだ、いつもならお金お金って喜んでるのに」
「ひ、人を金の亡者みたいに言わないでよっ」
どうやら元気がないわけではないらしい。
クララは少し躊躇ったあとに話しはじめる。
「あのね、麻痺の強化石があったら、アッシュくんもっと楽になるんじゃないかって」
「そりゃ欲しいに決まってる。牽制用に使えたら、それだけで戦法が増えるしな。でも高すぎる」
最後の一言に尽きる。
「なんだ、欲しかったなら早く言ってよ」
ルナがどこかほっとしたような顔で話に入ってきた。
顎に手を当てながら、うーんと唸りはじめる。
「そうだね……おまけして18万ジュリー。それを3人で割って6万ジュリーかな。その分もらえればボクは構わないよ」
「えらく負けてくれるんだな」
「お邪魔させてもらったのはこっちだからね。それにバクダンキノコの件、黙ってたお詫びも。本当はタダで譲りたいところだけど……」
「それは悪い。こっちだって助かったからな」
「てことで、6万ジュリーで」
破格もいいところだ。
しかし大きな問題がある。
アッシュはクララと顔を見合わせる。
「でも、2人合わせても6万なんて大金ないよ……」
「そうなんだよな」
大半を装備や道具に使うので手一杯。
少し食費に使い込んでしまったことはあるが……。
たとえあの件がなくとも、とても払える額ではない。
クララとともに肩を落としていたとき、ルナがあっけらかんと笑った。
「安心していいよ。のんびり待つから」
「……いいのか?」
「死んで支払えないってことにならなければ問題なし」
「その心配はない」
「アッシュって、しぶとそうだもんね。じゃー、決まりってことで」
まさか密かに売りに出される可能性を考えていないわけではないだろう。
それでもこんな一方的に有利な形で譲ってくれるとは驚くほどお人好しだ。
アッシュは心から感謝しながらルナと握手を交わした。
「本当に助かる」
いますぐにでも埋め込んだほうが狩りの効率は上がるだろう。
だが、物が物なので支払える目処が立つまではお預けだ。
「とりあえず無事にクエストも終えたし、ここで解散だね」
「今日はありがとな、ルナ」
「こちらこそ。すごく楽しかったよ」
「あ、あたしも。それにいつも後衛ひとりだから、近くに人がいると安心できたし……」
「ボクのほうも頼れるヒーラーさんがいて心強かったよ」
その言葉を聞いた途端、クララが衝撃を受けたように硬直した。
かと思うや、興奮したように詰め寄ってくる。
「アッシュくん、やっぱりルナさん良い人だよ!」
よほど嬉しかったらしい。
アッシュはルナとともに苦笑しあったあと、改めて別れを告げた。
「またいつか機会があったら組もうぜ」
「そのときはぜひ」





