◆第十四話『一人前の挑戦者』
自身の決意を知ってもらうため、クララは思い切り声を張り上げた。
なにも手持ちぶさただから手を挙げたわけではない。
そうすることで現状を打開できると思ったからだ。
「でも魔法はっ」
ラピスからそんな声が返ってきた。
魔法に過剰反応して突進してくる盾型がいるのだ。
無謀だと思われるのも無理はない。
だからこそ実際に倒して証明するしかなかった。
クララは4体の盾型をすべて視界に収められる場所――広間の入口側に向かった。盾型はいまもアッシュ、ラピスと交戦中で目まぐるしく動き回っている。
これらを同時に狙うのは難しいが、2体だけなら可能だ。
「アッシュくん、できるだけその場で固定お願い!」
こちらの要求に応じてアッシュが盾型2体の周囲を回りはじめた。多少の動きはあるものの、移動範囲がすぐさま縮まる。
盾型の攻撃はどれも鋭く、まともに当たれば致命傷になりかねない。にもかかわらず、あれほどの至近距離で敵の攻撃を避けつづけられるのはさすがとしか言いようがなかった。
クララはそばに《フロストレイ》を生成、待機させながら敵2体の足下に《フロストピラー》を発動した。
独特の重い衝撃音とともに迸る2本の青白い柱。呑み込まれた2体の敵がよろめいたところにすかさず《フロストレイ》を発射。頭部を吹き飛ばした。
アッシュが極限まで敵の動きを止めてくれたおかげで上手く当てることができた。ほっと息をつきたいところだが、すぐさま頭を切り替えなければならない。
魔法を使ったことで残りの――ラピスが相手をしていた盾型2体がこちらに勢いよく突進してきていた。ラピスが必死に追いかけて止めようとしてくれている。だが、いまからしようとしていることを考えれば、彼女が敵の近くにいては危険だ。
「ラピスさん、あたしは大丈夫!」
わずかな逡巡が見えたが、ラピスは信じて敵から離れてくれた。
動いている敵を点で捉えるのは難しい。
だったら――。
クララは再び《フロストレイ》を準備しつつ、盾型の進路上へと《フロストピラー》10発を隣接する形で生成した。
《フロストピラー》の最大同時発動数は23本とまだまだ設置できる。が、まだ戦闘が続くことを考え、魔力量に余裕を持たせた格好だ。
盾型の突進の勢いは凄まじく、いまもみるみるうちに距離が詰まっていた。このまま止められなければ押し潰されるだけでなく、盾が要する熱に焼かれてしまうだろう。そうなれば一撃で終わりだ。
視界の中、2体の盾型が設置した《フロストピラー》群の上に達していた。
クララは押し寄せる恐怖心にくずおれそうになりながらも必死に踏ん張り、《フロストピラー》を一気に発動した。地鳴りのような音とともに噴き上がったそれらは盾型を完全に覆い、包み込んだ。
うっすらと窺える敵の影。その頭部に当たる箇所へと待機させていた《フロストレイ》を放ち、射抜いた。たしかな感触のとおり、《フロストピラー》がふっとかき消えたとき、2体の盾型は前のめりになって倒れていた。
「――盾型の相手はクララに任せる! ラピスはデカブツの攻撃に参加してくれ!」
アッシュの指示が広間に響き渡る。
実践して見せたからか、今度はラピスも信用してくれたようだった。反論することなく、アッシュの指示に従って巨体の天使の背中へと攻撃をはじめた。広場にけたたましい金属音が響きはじめる。
自ら言い出したこととあって失敗したらどうしようという気持ちはあった。けれど、上手くいった。ただ、それで安堵できるほど状況に余裕はなかった。
クララは集中を切らさず、盾型の出現箇所に予め《フロストピラー》を設置。さらに《フロストレイ》も待機させる。ほぼ同時、4体の盾型が一斉に湧きなおした。
相変わらず驚くほど早い再出現だが、準備は完了している。脳が圧迫されるような感覚に包まれながらも、設置していた魔法で盾型を一気に倒しきった。
よしっ、と心の中で声をあげた瞬間。
「クララッ! 避けてッ!」
「……え」
聞こえてきたルナの叫び声。
気づけば、2本の矢がこちらに飛んできていた。
速度的にももう避けられない。
――死んじゃう。
そう思ったときだった。
横合いから飛んできた光の笠が1本の矢を撃ち落とした。さらに視界を遮るように割り込んできた人影がもう1本の矢を迎撃する。
「アッシュくん……!」
「飛んでくる矢はすべて俺が落とす! クララは盾型の処理だけを考えててくれ!」
「うんっ!」
不思議だった。
先ほどまでずっとつきまとっていた恐怖心がすっかり消え去っていた。
アッシュが近くにいる。
ただそれだけでひどく心が落ちついた。
力が湧いて、どんなことだってできそうな自信を持てた。
「ぐっ」
苦悶するレオの声が聞こえてきた。
見れば、巨体の天使の攻撃が加速していた。
ラピスの攻撃参加によって損耗した巨体の天使が本気を出したのだろうか。
いずれにせよレオの消耗が激しく、《サンクチュアリ》だけでは持ちそうにない。いまでは盾型の標的になるかどうかなんて関係ない。
クララはレオの状況を横目で確認しながら杖を持ち、《ヒール》をこまめにかけていく。
長期戦となっていることもあり、補助魔法の効果時間も気になった。
物理軽減の《プロテクション》。
魔法軽減の《マジックシールド》。
直観力を上昇させる《インテュイション》。
攻撃精度上昇の《アキュレイト》。
それらを順々に味方へとかけなおしていく。
「クララ、魔力は大丈夫か!?」
「少しきついけど、大丈夫だよっ」
管理というほど厳密なものではないが、感覚で把握していた。……苦労はしたが、ここ最近の秘密特訓の成果だ。
広間の床が上下に大きく揺れた。
巨体の天使がハンマーを地面に強く打ちつけたのだ。
特殊攻撃が発動し、出現した火球が放射状に襲ってくる。
レオはその場で耐え、ラピスは無事に回避していた。
アッシュとルナも回避はできるだろう。
ただ、その回避の時間を省ける手があった。
「アッシュくん、ルナさん、そのままで!」
クララはアッシュとルナに加え、自身の足下に《ストーンウォール》を生成。高さを稼ぐことで襲いくる放射状の火球をやり過ごした。
「いい判断だっ!」
そばの《ストーンウォール》から飛び下りながら、アッシュが笑みを向けてきた。
何気ない言葉だ。
ただ、それがどうしようもなく嬉しく感じた。
自分には技術が足りない。
立ち回りだってまだまだ未熟だ。
けれど誰よりも豊富な魔力がある。
努力して手に入れたものではないけれど……。
仲間の力になれるのなら。
大好きなアッシュの力になれるのなら。
そんな気持ちはどうだっていい。
いくらでもこの力を使うつもりだ。
みたび広間に地鳴りが響いた。
また特殊攻撃が放たれたのかと思ったが、違った。
ラピスが敵の翼を破壊したらしく、巨体の天使が地に落ちていた。さらに翼だけでなく、その背中の至るところに傷をつけている。すでに瀕死状態といった様子だ。
ちょうど盾型の天使を倒したところで魔力に余裕はある。クララは即座に3発の《フロストバースト》を放ち、叫ぶ。
「ラピスさん、避けてっ!」
声か影か。それとも気配か。
後ろを確認せずにラピスがすぐさま右方へと飛んだ。
虚空を猛然と突き進んだ3発の《フロストバースト》が、轟音とともに敵の背を叩き、弾いた。慌ててレオが退避する中、奥側の壁に顔面と胸部を打ちつけた敵が力なく倒れていく。やがて響いた、ずしんという重い音。
やはり巨体天使の討伐が鍵となっていたようだ。
転移門に揺らめく虹の膜が張られ、次なる道が開かれた。
いつもなら飛び跳ねて喜んでいたところだ。
けれど、たくさんの魔法を使ったせいか。
どっと疲れが押し寄せ、その場にへたり込んでしまった。
こんな調子では仲間に認めてもらえない。
そう思っていたのだが――。
「助かったぜ、クララ」
アッシュがにかっと笑いながら言ってきた。
仲間の全員も頷き、笑顔を向けてくれている。
まだまだ一人前に程遠いことはわかっている。
それでも仲間に認めてもらえたことがなにより誇らしく、そしてなにより嬉しかった。
「……うんっ!」





